2018年03月30日

取締役会を刷新する-米国の動向を参考として

江木 聡

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1――納得しなければ人は動かない

企業統治改革がなかなか進まない。改革を推進したい当局は、このたびコーポレートガバナンス・コード(以下、コード)を改定し、政策保有株や後継者計画について更に踏み込んだ内容を盛り込む。しかし、「あるべき論」を書き加えればそれで企業は動くのかという問題は依然として残っている。1  

企業のコードへの対応は、企業規模や株主構成等に応じて個々濃淡がある。とはいえ、全体として形式的遵守にとどまると指摘される背景には、経営の重要事項だけに、経営トップの姿勢があるのだろう。コードは経営トップに対する監督の強化を指向する。つまり、経営の規律付けである。実質的に会社の全権を掌握している日本の経営トップからすれば、コード遵守は自ら権力を制限し、場合によっては経営の自由度を失うことにもなる。多くの経営者が内心では「経営がこのようなコードで良くなるはずがない」と思っているのではないだろうか2
 
一連の企業統治改革の目的は企業価値の向上である。言い換えれば、企業が将来キャッシュフローの創出力を向上させることであり、これは経営者の利害とも一致する。規範遵守ではなく実利という点で、実際に企業統治をどのように捉えて取り組めばよいのか、正解やゴールはないものの、日本企業には、競合する海外企業の動向が一つの参考となるだろう。
 
米国のニューヨーク証券取引所によるコーポレートガバナンスの概括手引「コーポレートガバナンス・ガイド」(以下、NYSEガイド)の第1章は、冒頭、次のような投げ掛けで始まる3
 
「あなたの会社が競争優位を保つためには、どのような取締役会が必要か。」
 
企業統治を競争優位の観点から組織デザインするのか、最低限の対応で済ますのか。経営の根幹に関わる仕組みだけに、その違いは企業全体のパフォーマンスに影響すると思われる。本稿では、企業統治改革の検討において言及されることの少なかった米国の考え方や具体事例を参考に、日本企業への示唆を探ってみたい4
 
1 納得しない企業は「とりあえずコンプライ」を繰り返す懸念がある(拙稿「コーポレート・ガバナンス報告書のベストプラクティス-“とりあえずコンプライ”を “あとからエクスプレイン”する」参照)。http://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=53291?site=nli
2 エージェンシー理論を基礎に「経営者は放っておけば自己の効用を最大化するように行動する」と考える経営者性悪説に対し、その原因である「情報の非対称性」「利害の不一致」の解消を具体化したといえるコード原則は日本の経営者マインドに馴染みにくい。とはいえ、経営者の「良心」に依拠するだけでは不祥事を抑止できないことも最近の実例が示している。
3 https://www.nyse.com/cgguide
4 米国は株主資本主義が支配的であるとして、産業界が検討時の参照すべきモデルから除外を希望したといわれる。
 

2――米国の課題意識

2――米国の課題意識

企業統治について、米国の取締役会が検討すべきテーマとしてNYSEガイドがまず挙げるのは、「取締役会構成」である。日本と米国では、企業統治の変遷や現状は異なっていても、取締役会は企業統治の要であり、その「チーム作り」が重要であることに変わりはない。取締役会について、米国における最近の2つの課題意識を取り上げたい。
 
最初に、米国企業の一般的な取締役会を米S&P500企業の平均で概観する。取締役会は比較的小規模で平均11名ほどの取締役で構成されている5。そのうち9名は業務執行を行わない独立(社外)取締役が占め、非独立(社内)取締役は2名にとどまっている。2名のうち1名は最高経営責任者(CEO)であり、もう1名はCEOに準ずる業務執行ポストや創業者であることが多い。米国企業は経営の監督と執行の分離が進んでおり、取締役会が主として経営陣に対する監督を行うことがメンバーの構成にも反映されている6
 
さて、米国の取締役会で大半を占める独立取締役は、他社の元CEOあるいは現職のCEOであるケースが典型的である7。経営者の経験は、監督機能の発揮に資するため重視される。企業・経営陣からの独立性が重要であるため、競合企業やその関連事業に関与しない人物が前提となるが、その中で豊富な業界知識を持つ人物を見つけることは難しい。結果として、独立取締役はいわゆるゼネラリストが多くなる傾向にある。独立取締役は、ほとんどが非常勤である上に、就任した会社の事業や業界について必ずしも十分に知識がないため、能力を最大限発揮できないことも少なくないとの指摘もある8。米国の課題意識の一つは、取締役の独立性を問うあまり、取締役会の実効性を犠牲にしているのではないかという点である。
 
米国の取締役会は、経営者の指名・報酬、監査といった監督を主体とする一方で、事業環境の変化と投資家の要求に対応する必然として、戦略の議論において有意義な貢献がますます求められるようになっている9。取締役会によっては、例えばITの専門性や海外新興マーケットの経験が必須となるかもしれない。
 
その一方で、米S&P500企業の独立取締役は、平均年齢が63.1歳と高く、かつ就任期間も平均8.2年と長い。さらに、独立取締役の平均年齢は、ここ10年で61.0歳(2007年)から63.1歳へ着実に伸びている10。高齢化に伴い取締役会の「頭が固くなる(entrenched)」懸念もある。このような流れで、米国では「取締役会の刷新(board refreshment)」が企業統治のキーワードとなっているため11、投資家だけでなく取締役自身にも刷新は定期的に必要という意識が高まっている12。これがもう一つの課題意識である。
 
実際、多くの米国上場企業は、取締役に対し就任期間上限と定年年齢を設定している。これらは取締役会の刷新が意識される文脈では刷新を促すツールという見方もある13。しかし、期間の上限はP&Gで18年、GEで15年であり、定年もほとんどすべての米S&P500企業が72歳以上に設定しているなど、まさに上限の設定であり、取締役会を刷新する最低条件とはなっても、積極的に刷新を促す効果は限定的だろう。刷新に活用する仕組みは、主として年次の取締役会評価である14
 
5 “2017 Spencer Stuart U.S. Board Index ” Comparative Board Data
6 取引所自主規制とはいえSECにより実質的に強制されているニューヨーク証券取引所のNYSE listed Company ManualのSection 3が、上場会社の取締役会に対し過半数の独立取締役を要求し(303A.01)、指名委員会(303A.04)、報酬委員会 (303A.05)、監査委員会(303A.07)の各委員会について独立取締役のみで構成するよう要求している。http://wallstreet.cch.com/LCMTools/PlatformViewer.asp?selectednode=chp_1_4&manual=%2Flcm%2Fsections%2Flcm-sections%2F
この監査委員会の要件は、連邦法でも、粉飾不祥事を受けて2002年に制定されたサーベンス・オクスリー法が強制する。
https://www.gpo.gov/fdsys/pkg/PLAW-107publ204/html/PLAW-107publ204.htm
以上を最低限の水準として、更に投資家の取締役に対する独立性の奨励によって、現在の取締役会の構成に至っている。
7 注5に同じ。新任独立取締役の属性は、CEOクラスが36%で最も高く、これに次ぐ執行(マネジメント)トップ層が24%で続く。学者・非営利組織出身(官僚含む)は5%、弁護士に至っては2%に過ぎない。
8 リチャード D. パーソンズ、マーク A. フェイゲン「4つの視点でイノベーションの源泉を探る 最高の取締役会のつくり方」ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー2016年3月号
9 注3に同じ。
10 注5に同じ。尚、CEOの平均年齢は57.4歳。
11 “WHAT DIRECTORS THINK 2017 Spencer Stuart Survey” NYSE Governance Service
https://www.spencerstuart.com/-/media/pdf%20files/research%20and%20insight%20pdfs/what-directors-think-2017_22mar2017.pdf?la=en&hash=9243EB4ADB8E4A2A8539F6CA3CD626CDA23664E4
12 「定期的に取締役会を刷新することはどの程度重要か?」との質問に対し、極めて重要16%、重要51%を合わせて2/3の回答者(取締役)が重要であると回答(ある程度重要26%、あまり重要でない6%)。“WHAT DIRECTORS THINK 2014 Spencer Stuart Survey” NYSE Governance Service, Q7参照。
https://www.nyse.com/publicdocs/nyse/listing/What_Directors_Think_2014.pdf
13 注3に同じ。取締役の任期は通常、日本と同じ1年。
14 注3に同じ、「取締役会の刷新を促すツールとして何が有効と考えるか?」との質問に対し、回答は取締役会評価85%、年齢上限49%、任期上限25%。
 

3――取締役会評価の活用

3――取締役会評価の活用

取締役会評価は、取締役会の実効性を評価してその改善につなげる取組みである。米国の実務では、取締役会全体の実効性だけでなく、取締役個人の貢献度も評価の対象としている15。個人については、機能発揮が芳しくない、あるいは、その取締役個人のスキルセットがもはや会社のビジネス戦略にうまく適合していない、という見極めを行うことになる。米国では日本のように取締役会評価の結果を、概要とはいえ開示する規律はない。また、実態としては、ある取締役が会社に貢献していないという理由で独立取締役の「入れ替え」を行うことは、米国でもさすがに容易ではなさそうである16
 
日本では、取締役会評価はコードによって導入され、ここまで3年の経験を経てようやく、取締役会の実効性を表明するための手続から、実効性向上に向けた課題を抽出する手続に移行しつつある。コードは、「取締役会は、毎年、各取締役の自己評価なども参考にしつつ、取締役会全体の実効性について分析・評価を行い、その結果の概要を開示すべきである」(補充原則4-11③)として、直接には取締役会全体を評価対象としているが、個人の自己評価まで視野に入れている。
 
しかし、貢献度の低い取締役個人を抽出したからといって、社外取締役の人材難という日本の現実に照らせば、有効な「入れ替え」は米国以上に簡単ではないであろう。実際に、日本の取締役会評価は、既存の取締役会メンバーを前提として、取締役会の運営面の改善に焦点を当てた活用が主流となっている。その中でも、日立製作所のように、取締役会の構成や貢献まで評価しているケースも出てきている17。取締役会の実効性向上の起点が、メンバー構成にあることに議論の余地はない。世界でたたかう日本企業において、今後、評価の対象が現状の取締役会全体から取締役個人にまで拡がるようになれば、日本でも取締役会の刷新を後押しするだろう18
 
15 NYSE listed Company ManualのSection 3が、取締役会(303A.09)、指名委員会(303A.04)、報酬委員会 (303A.05)、監査委員会(303A.07)が自己評価を規定する。文言上、評価の対象として個人を明記はしていない(注6参照)。
16 米経営コンサルタント会社RHR internationalとNYSE Governance Serviceが約300人の取締役を対象に行ったアンケート調査による。59%の取締役自身が「米国の取締役会は全体として、(企業)価値に貢献していない取締役を入れ替えできていない」と回答している。https://www.nyse.com/publicdocs/nyse/listing/Making_a_Great_Board_RHR_White_Paper.pdf末尾“Other key takeaways” 第2パラグラフ参照。
17 http://www2.tse.or.jp/disc/65010/140120170524482338.pdf
18 第16回両コードのフォローアップ会議(2018年3月13日開催)においても、専門家から日本でも実効性向上のために取締役会評価では取締役個人の評価を行うべきとの発言があった。
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江木 聡

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