2018年03月29日

雇用の不安定化が続く日韓-非正規職の問題をどう解決すればいいだろうか-

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

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(2) 韓国における非正規労働者の定義
韓国においても非正規労働者の定義を巡って政府と労働組合、そして研究者の間に論争が続いている。IMF経済危機以降非正規労働者の概念や範囲を巡って議論が続くと、労使政委員会2は2002年7月「非正規特委3」を開き、雇用形態による分類基準に合意した。これによって非正規労働者の範囲には、雇用の持続性を基準にした限時的労働者(contingent worker)や期間制労働者、労働時間を基準にしたパートタイマー、そして労働提供方法を基準にした非典型労働者(派遣、用役、特殊雇用職、在宅労働者)が含まれることになった(図表3)。 

しかしながら「非正規特委」の基準によって非正規労働者に対する概念が統一されることになったものの、それ以降も政府や労働組合、そして研究者が発表する非正規労働者の割合は相変わらず大きな差をみせている。政府や労働組合とも統計庁の「経済活動人口調査」に基づいて集計をしているにもかかわらず、差が生じているのはなぜだろうか。
図表3 2002年労使政合意による非正規労働者の区分
その理由は、政府統計は、「経済活動人口調査」の付加調査から、(1)契約期間(無期か有期か)、(2)1日の勤務時間(フルタイムかパートか)、(3)契約関係(直接雇用か間接雇用かあるいは、個人事業主か)といった3つの基準に基づいて有期契約であり、短時間勤務をしており、3者4以上の雇用契約を結んでいる場合と、呼び出し労働、特殊労働、派遣労働、役務労働、家内労働を加えて非正規労働者と定義している(重複は除いている)。これに対して労働組合の統計では、政府統計で非正規労働者と区分される労働者に加えて、「経済活動人口調査」の本調査において、正規臨時・正規日雇いと区分されている労働者も非正規労働者に含んでいる。すなわち、政府統計が非正規労働者を除いたすべての正規雇用労働者を正規職として計算していることに比べて、労働組合は(4)賃金、労働条件、企業の福利厚生、公的社会保険制度が適用されているかどうか、(5)勤務場所に持続性があるかどうかによって、社会保険の適用がされず、勤務場所が頻繁に変わっている労働者(図表4の正規臨時職と正規日雇職)を非正規労働者として分類している。
図表4 正規臨時職と正規日雇職を非正規労働者とした分類した推計
図表5は、韓国の非正規労働者数と推移を2001年から2017年にかけてみたものである。ふたつの数字が並んでいるのは、政府発表の統計と労働組合側の発表とで非正規の割合が違うからである。2017年8月時点でみると、政府側は非正規労働者の割合を32.9%としているのに対して、労働組合側は42.4%としており、両者の差は段々縮まっているものの、まだ9.5ポイントの差が生じている。
図表5 韓国における非正規労働者割合の動向(政府と労働組合の定義に基づいて)
キム・ユソン(2008)は、1年以上働けると予想されていたり、すでに1年以上働いているが、いつ解雇されたり、雇い止めされるかもしれない雇用上の不安を抱えている労働者を「長期臨時労働者」と名付け、これらの労働者が韓国の非正規労働の主要部分をなしているとのべている。図表6を参考すると2017年8月における長期臨時労働者数は341.4万人に達しており、労働組合の推計からこの部分だけ正規雇用労働者に入れて再計算すると、非正規労働者の割合は42.4%から25.2%に約17.2ポイントも減少し、政府推計よりも低くなる。つまり、長期臨時労働者をどのように分けるかにより、非正規労働者の規模に差が発生する。
図表6 長期臨時労働者を非正規労働者として規定した推計結果(韓国、2017年8月)
非正規労働者の概念に対しては国際的に統一された基準はないものの、OECDは国家間の比較のために通常、雇用の限時性を基準とした「Temporary workers」を把握・比較している。韓国統計庁は、期間制労働者、派遣労働者、日雇い労働者、短期期待労働者が「Temporary workers」に該当すると判断し、毎年8月に関連データをOECDに提出している。図表7はOECD主要国のTemporary Workersの割合の推移を見たものであり、2014年時点における韓国のTemporary Workersの割合は21.6%でOECD諸国の中でも高い水準であった。一方、日本の場合は2005年以降継続的に減少している傾向である。
図表7 OECD主要国のTemporary Workersの割合
 
2 日本の政労使委員会にあたる。
3 非正規職勤労者対策特別委員会の略称。
4 ここでいう「3 者」とは企業、派遣会社、労働者を意味している。従って、3 者以上の雇用契約を結んでいる場合とは派遣業者などを経由して労働者を雇ったケースのことである。

3――非正規職保護法の施行背景と施行後の変化

3――非正規職保護法の施行背景と施行後の変化

(1) 韓国政府が非正規職保護法を施行
韓国における非正規労働者の増加は、IMF経済危機に端を発する。韓国政府はIMFから融資を受ける条件として、企業、金融、公共部門、労働市場という4部門における構造改革を受け入れざるをえなかった。特に労働市場においては整理解雇制の導入や勤労者派遣法の制定などの労働市場の柔軟化政策の導入が求められた。

しかしながら企業倒産や失業の増加などによって社会的不安が高まる中で、IMFの要求をそのまま実現するには限界があった。整理解雇制の法制化などを含む労働法の改正は1997年に行われたものの、労働界の反対によってその施行時期が2年後に延期された。

政労使の合意をえるために、韓国政府は、1998年に労働組合と経営者代表、そして政府代表が参加する協議機構「労使政委員会」を設け、「経済危機克服のための社会協約」を発表し、整理解雇制の早期実施や派遣労働を合法化することなどの90項目の合議事項と21項目の2次協議課題を提示したものの物別れにおわった。

このように韓国では、整理解雇制の施行が延期され、「経済危機克服のための社会協約」が締結されない中で、IMF経済危機は企業の雇用調整を加速させ、労働者に占める非正規労働者の割合が増加する。IMF経済危機以降、政府が企業をコントロールすることが以前より難しくなり、それが企業のリストラや非正規労働者の雇用を増加させるもう一つの要因として作用したといわれている。

非正規労働者の増加が急速にすすむなかで、韓国政府は、『期間制および短時間労働者保護等に関する法律((以下「期間制・短時間労働者法」))』、『改正派遣労働者の保護等に関する法律(以下、「派遣法」)』、『改正労働委員会法』などのいわゆる「非正規職保護法」を施行することで非正規職の正規職化をすすめ、非正規労働者の増加による労働市場の二極化や雇用の不安定性を緩和しようとこころみる。法律の目的は「雇用形態の多様化を認めて、期間制や短時間労働者の雇用期間を制限し、非正規職の乱用を抑制するとともに非正規職に対する不合理的な差別を是正する」ためであり、非正規労働者が同一事業所で2年を超過して勤務すると、無期契約労働者として見なされることになった。

韓国政府が、「非正規職保護法」を施行するための準備作業をし始めたのは2004年ごろからである。しかしながら、労働界は、この法津が施行されると、派遣労働が増加するだけで、差別解消の問題は解決されないという理由などを挙げて法律の成立に強く反対した。その結果、改正法案は国会に上程されたまま2年という年月が過ぎることになり、非正規職保護法に対して与野党が合意に至ったのは、盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権の4年目である2006年になってからである。つまり、非正規職保護法は2006年11月30日に国会の本会議を通過し、2007年7月に施行されることになった。

直接雇用義務化の期間は、与野党の合意の末、当初の3年から2年に短縮された。また、施行初期における適用対象としては、常時300人以上の従業員を使用する事業場や公的機関のみが含まれた。その後、適用対象は段階的に拡大され、2008年7月1日からは常時100人以上~300人未満の労働者を使用する企業が、2009年7月1日からは常時5人以上の労働者を使用するすべての事業や事業場が適用対象に入ることになった。但し、「同居の親族のみを使用する事業又は事業場と家事使用人5」は適用対象から除外される。
 
5 家政婦、お手伝いなど、家事一般に従事する労働者。
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生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
    独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

    ・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
    ・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
    ・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
    ・2021年~ 専修大学非常勤講師
    ・2021年~ 日本大学非常勤講師
    ・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
    ・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
    ・2024年~ 関東学院大学非常勤講師

    ・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
           東アジア経済経営学会理事
    ・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

    【加入団体等】
    ・日本経済学会
    ・日本労務学会
    ・社会政策学会
    ・日本労使関係研究協会
    ・東アジア経済経営学会
    ・現代韓国朝鮮学会
    ・韓国人事管理学会
    ・博士(慶應義塾大学、商学)

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