2018年03月23日

『SDGsウォッシュ』と言われないために~「SDGsの実装化」に向かう日本企業のグッド・プラクティス~

客員研究員 川村 雅彦

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【SDGsの169ターゲットレベルでの関連付け】
自社事業の環境・社会へのインパクトをバリューチェーンでSDGsマッピングすることにより、どこにどのような取組を集中させるべきかを知ることができる。既に述べたように、このマッピングにおいてはSDGsとの関連性を169のターゲットレベルで検証・分析すべきである。特にSDGs達成への貢献が大きく期待できる領域については、経営計画やCSR体系などにおいても整合性を検証する必要がある。ここではこのターゲットレベルでの関連性を丁寧に開示する事例を2件紹介する。
〔サラヤ〕
戦後、学校や企業への緑色の石けん液のディスペンサー設置事業から始まったサラヤは、今や「手洗い世界№.1」をめざし、「世界の衛生・環境・健康」への貢献を使命とする。それゆえ、本業そのものがSDGs目標の3(保健)、6(水・衛生)、15(陸上資源)に深く関わる。目標5(ジェンダー)でも、中心的戦略として途上国で女性を中心に食品衛生や感染対策のインストラクターを養成している。

このような使命感をもつサラヤは、サプライチェーン(上流・サラヤ・下流)における自社事業とSDGsとの関連付けを169ターゲット(3.1などの番号)のレベルで丁寧に説明している(図表10)。例えば、目標3(あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する)では、13ある具体的なターゲットのうち、「下流」においてターゲット3.2(2030年までに、新生児及び5歳未満児の予防可能な死亡を根絶する)などの6項目が関係付けられている。
図表10:サラヤにおけるターゲットレベルでのSDGs関連付け
〔東京海上ホールディングス〕
東京海上グループの「サステナビリティレポート2017」のトップメッセージ(5頁)では、企業のSDGsへの貢献に対する期待感に触れつつ、「CSRは経営理念の実践そのものであり、社会課題の解決に取り組むことがグループのサステナブルな成長につながる」と明記されている。中期経営計画「To Be a Good Company 2017」では、安全・安心、地球、人がCSR主要3テーマのキーワードである。

グループ取組とSDGsとの関係性~SDGsの目標達成にどのように貢献できるのか~』(同27頁)において、CSR主要3テーマの活動はSDGsの17目標と対応しており、その各活動と該当するSDGターゲット(1.5などの番号)との関連を丁寧に説明している(図表11)。今後は、SDGコンパスにあるように、優先的課題に目標を設定し、「持続可能な目標」を企業運営に組み込むとしている。
図表11:東京海上グループにおけるターゲットレベルでのSDGs関連付け
【SDGsを価値創造プロセスやマテリアリティに反映】
〔住友化学
マラリア対策の経験を踏まえ、トップの強いリーダーシップの下、SDGsの達成に向けて全事業を通じて全社員で取り組む姿勢。2016年から環境貢献製品・技術の「Sumika Sustainable Solutions(SSS)」と社員向けサイト「サステナブルツリー」を開始。「サステナビリティ データブック2017」(4頁)より

〔富士ゼロックス〕
2030年を目標年とする新CSR計画「SVP2030」では、SDGsの17目標・169ターゲットや経営資源などの分析から、新たに6分野(環境、健康、生活、働き方+サプライチェーン、ガバナンス)・15重点課題を設定し、価値創造プロセスにも反映させた。「Sustainability Report 2017」(9~16頁)より

〔リコー〕
新たな中期経営計画のスタートにあたり、リコーの経営理念を踏まえつつ、SDGsの17目標から8目標を絞り込むことにより、5つのマテリアリティ(生産性向上、知の創造、生活の質の向上、脱炭素社会、循環型社会)を設定した。「リコーグループ サステナビリティレポート2017」(19頁)より

〔セブン&アイHLDGS〕
5つの重点課題(高齢化・人口減少時代の社会インフラ、商品や店舗を通じた安全・安心、商品・原材料・エネルギーのムダ、女性・若者・高齢者の活躍、エシカルな社会)の説明で、「SDGsへの貢献」の欄を設け、SDGsアイコンを貼り付けた「セブン&アイHLDGS CSRレポート2017」(4、24頁)より

おわりに: 問われるのは 「SDGs達成への貢献」 に対する本気度

おわりに: 問われるのは 「SDGs達成への貢献」 に対する本気度

【「SDGsウオッシュ」を脱してサステナビリティ戦略へ】
「2018年はSDGs『実装元年』となろう」と言うのは、伊藤園の笹谷秀光氏である。元々は外務省の標語だが、昨年末の政府の「第一回ジャパンSDGsアワード5」の発表が契機となったとの見方である。他方、「2017年はSDGs元年」という声もある。昨年発行された企業の統合報告書やサステナビリティ・レポートではSDGsへの言及が大幅に増加し、取組も本格化してきたという見方である。いずれにせよ、昨年から多くの日本企業がSDGsを認識し、何らかの取組を始めたのは事実であり、先進的なグッド・プラクティスも増えてきた。

ただし、SDGsへの取組と言うと、既存の活動とSDGsの17目標との関連付け(アイコンの紐付け)と理解する企業が多いようだ。GRIやISO26000との対照表を作成する感覚であろう。17目標だけを見ていると、これまでのCSRやCSVとあまり違和感もなく、多くの領域が「実施済み」と感じるのかも知れない(目標1「貧困」と目標2「飢餓」を除く)。あるいは、これ以上何をすれば良いのかと戸惑っているのかも知れない。しかし、ここに留まっていると「SDGsウオッシュ」と言われかねない

確かに、SDGsはこれまでにない何か全く新しい考え方や行動を求めるものではない。しかし、地球社会は経済、社会、環境の面で大きな課題に直面している。SDGsはこの認識に立ち、2030年までの達成をめざして、地球社会のサステナビリティのために解決すべき優先課題を包括的に整理したものであり、「ありたい姿」の集大成である。そこで、企業にはサステナビリティを事業戦略の中核に据え、事業を通じてSDGsの達成に向けた意欲的な貢献が求められている。逆に言えば、企業がSDGsを活用することで、中長期的な価値創造戦略を再構築し、自社のサステナビリティにつなげることができるのである。
 
5 受賞団体一覧 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/sdgs/japan_sdgs_award_dai1/siryou1.pdf
 受賞団体の取組内容と受賞ポイント 
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/sdgs/japan_sdgs_award_dai1/siryou2.pdf
【既存の事業や活動のSDGs紐付けが目的ではない!】
大事なことは、自社の既存の事業や活動を前提にして、それらをSDGsの目標に紐付けることではない。SDGコンパスのステップ2にあるように、まずはバリューチェーンにおける自社事業の環境・社会への正・負のインパクトを将来にわたって予測・分析し、SDGsマッピングを行うことである(図表3)。そのうえで自社の取り組むべき戦略的優先課題を決定(確認)することである。さらに、SDGsと整合する独自の戦略的目標の設定も必要となる。これは既存の事業戦略だけでなく、CSR/CSVあるいはESGの戦略や体系の見直し・再定義となろう。具体的に整理すると、以下のようになる。
  • バリューチェーンのSDGsマッピングによるマテリアリティの再定義!
  • 2030年(以降)に向けた優先課題の中長期目標の設定とKPIの決定!
  • CSR/CSV計画ないしESG戦略・体系の見直し!
  • 中長期の事業戦略と価値創造プロセスへの反映!
  • 新規の個別事業や製品・サービスの開発!
  • 経営トップの主導による全役職員の意識改革!
【目標設定の「意欲度」が問われる】
あまり話題にならないが、SDGコンパスのステップ3に目標設定の「意欲度を設定する(Set level of ambition)」がある。そこでは、具体的かつ計測可能な期限付きの「持続可能性に向けた目標」を設定することで、SDGsへのコミットメントについて効果的な情報発信ができるとする。それでは何が推奨されているかというと、「控え目な目標」よりも「意欲的な目標」の設定である。その方がイノベーションや創造性を促進させ、SDGsに対する大きな達成度や貢献度が期待できるからである。
ここでアウトサイド・イン・アプローチの考え方が必要であり、各企業の意欲度は目標達成の時間軸の設定と連動する。時間軸を十分に確保すれば、発信するメッセージも強化できる。例えば、「2030年までに自社のエネルギー需要を100%再生可能エネルギーで賄う」という目標は、「2020年までに10%再生可能エネルギーで賄う」よりも意欲的である。ただし、時間軸が長くなると、その実現に向けた説明責任が曖昧になるため、短中期の目標やマイルストーンとも関係付けて設定すべきである。
世界最大の食品・飲料メーカーであるネスレは、2017年3月にSDGs達成への貢献として、2030年に向けた3つの「意欲的で大きな目標(2030 ambitions)」とともに、新たな2020年の41コミットメントを発表した。同じ時間軸でSDGsをCSVアプローチに統合したことを意味する。3つの目標とは、①5000万人の子どもたちがより健康な生活を送れるよう支援すること、②事業活動に直結する地域社会の3000万人の人々の生活改善に貢献すること、③事業活動における環境負荷ゼロを目指すこと。さらに、その事業活動が直接間接にインパクトを及ぼす3つの領域(個人と家族、コミュニティ、地球)を特定し、それらを通じた社会的コミットメントの実現をめざして着実に取組を進めている。
最後に、ネスレの「CSV報告書2017年(要約版)6」における、SDGsに対する基本姿勢を記す。

Driven by our company purpose –enhancing quality of life and contributing to a healthier future– our 2030 ambitions align with those of the United Nations 2030 Agenda for Sustainable Development.
 
6「Nestlé in society Creating Shared Value and meeting our commitments 2017,Nestlé 2017 Annual Review extract」(6頁)
参考文献

(1) 生田孝史「SDGs定着に向けた日本企業の取り組みと課題」富士通総研オピニオン 2018年3月
(2) GCNJ/IGES「未来につなげるSDGsとビジネス~日本における企業の取組み現場から~」 2018年3月
(3) KPMG International “How to report on the SDGs: What good looks like and why it matters” 2018年2月
(4) 笹谷秀光「2018年は『SDGs実装元年』、主役は『あなた』です」Alterna online 2017年12月27日
(5) PWC「Navigating the SDGs:SDGsビジネスガイド 国連のグローバル目標に関与するためには」 2017年5月
(6) YUIDEA CSR革新室「IIRCの価値創造プロセスにSDGsを組み込むには?」 web2017年11月8日
(7) IIRC「The Sustainable Development Goals, integrated thinking and the integrated report」 2017年9月
(8) POST2015プロジェクト『SDGs達成に向けた日本ヘの処方箋』環境省環境研究総合推進事業 2016年1月
(9) 拙稿「CSR一刀両断 SDGsへのコミットメントとは何か(その1)」Alterna CSR today 2018年2月14日
(10) 拙稿「CSR一刀両断 SDGsへのコミットメントとは何か(その2)」Alterna CSR today 2018年3月15日


(注)参考文献(6)(7)のように、統合思考と統合報告をリードしてきたIIRC(国際統合報告評議会)は、企業の価値創造プロセスにSDGsをどう反映させるかについて提案している。
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(2018年03月23日「基礎研レポート」)

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