2018年03月14日

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3|多様な働き方など多様性を尊重する視点
(1)二者択一ではない多様なニーズに応じた働きやすい場の提供が重要
前述した通り、社内のインフォーマルなコミュニケーションやコラボレーションの活性化を促進するオフィスづくりは、企業内ソーシャル・キャピタルを育むために不可欠だが、一方で個々の従業員の能力や創造性を最大限に引き出すためには、個々の多様なニーズを尊重し、それらに最大限対応できる働きやすい場の多様な選択肢を従業員に提供できることが望まれる。柔軟性(flexibility)や多様性(diversity)を備えたオフィスデザインは、従業員に働き方の自由度を与え、多様な働き方をサポートすることで、従業員のオフィス環境に対する満足度や士気を高め、生産性の向上やイノベーション創出につながり得る。

従業員同士が交流しやすいオープンなオフィス環境では、集中して取り組む業務の妨げになったり、透明性が優先されて必要なプライバシーを確保できないなどのデメリットが生じるかもしれない。また、同じ従業員でも、その時々に取り組んでいる業務の内容や気分によって、働く場に対して異なるニーズを持つことはあり得るだろう。さらに、従業員の嗜好や性格特性により、オープンなオフィス環境で絶えずコミュニケーションを取りながら業務を行うことを好む人もいれば、そうではなく、自席で黙々と業務に集中したいという人もいるだろう。

すなわち、在るべきオフィス空間では、従業員同士の交流を促すオープンなオフィス環境と集中できる静かなオフィス環境の二者択一ではなく、両極端にある両方の要素(オプション)を共存させてバランスを取らなければならない。また、この相反する2つの要素の間には、例えば少人数で密度の濃いミーティングをじっくり行える分散した小さな部屋など、多様なオプションが存在するだろう。集中できるスペースにも、個室、自席を自分の嗜好でカスタマイズすることが許容される固定席、画一的な固定席、だれでも自由に利用できる集中ブースや集中コーナーなど、多様な選択肢が考えられる(図表2)。一方社外には、メインオフィスと在宅勤務の間に、サテライトオフィスやシェアオフィスなどのオプションが存在しており、それらのサードプレイスオフィスを活用することも考えられよう。

オープンなオフィス環境と集中できるオフィス環境をスペースとしてどのようなバランスで取り入れるのか、その中間にある多様なオプションのどれをどのくらいのスペースで取り入れるのか、などの判断には、従業員の多様なニーズを最大限幅広く反映させることが望まれる。従業員から「会社では周りが騒がしく集中して作業ができないので、自宅に持ち帰って仕事をしなければならない」、「社内には打合せを手軽にできるような簡易なスペースがないので、社外のカフェで打合せをしなければならない」というような意見が出るオフィス環境は本末転倒であり、創造的な環境には程遠いと言わざるを得ない。

クリエイティブオフィスでは、様々な利用シーンを想定した働く場の多様でバランスの取れた選択肢が従業員に提供され、従業員はその時々に取り組んでいる業務の内容、性格特性やその時々の気分など精神的ニーズに応じて、その選択肢の中からオフィス空間を自由に使い分けられることが極めて重要だ。世界最大級の総合不動産サービス会社である米ジョーンズ ラング ラサール(JLL)は、働くスペースやツールの選択の自由が与えられていることを「Empowerment(エンパワーメント)」と呼び、働く場所や働き方により多くの選択肢が与えられている従業員の方が、より高い「Engagement(エンゲージメント:会社との結びつきや愛着)を示す、と指摘している12

オフィス空間に多様性を取り込むと、完全にオープンなオフィス空間や画一的な固定席のみを並べたオフィス空間など、どちらか一方にスペックを統一した均質なオフィス空間に比べ、施工や維持管理の面でコスト高となるものの、多くの従業員からの支持を得て業務の生産性は大幅に向上し、トータルでの経済性は画一的なオフィス空間より高くなるとみられる。
図表2 オフィス空間の多様なオプション例
 
12 JLL「ヒューマン・エクスペリエンスがもたらすワークプレイス」(2017年6月22日)より引用。
(2)フリーアドレスでも多様性の確保は不可欠
オフィス移転などを契機に、社内でデスクを固定しない「フリーアドレス」を導入する日本企業が増えている。日本の大手メーカーが最近新設した先進的な研究所でも、フリーアドレスを導入するケースが多く見られる。フリーアドレスは、従業員が毎日自分で好きな席を選べるものであり、従業員同士の交流を促す施策の1つだ。しかし、「せっかくフリーアドレスを導入しても、特定の席に同じ人が居座り、実質的に固定席と化すケースもある。相性の良い人同士が固まってしまい、交流が深まらない可能性もある」13など、フリーアドレスは、運用が難しく定着しないケースも多い。

フリーアドレスの導入において留意すべきポイントは、前述した通り、従業員間の交流促進一辺倒ではなく、分散した小さな部屋や集中ブースなど、1人で集中して業務に取り組めるスペースを併設するなど、多様でバランスの取れた働く場の選択肢を従業員に用意すべきであるということだ。

特に研究所における研究開発業務では、画期的な製品・サービスを開発するために、社内の叡智や知見を結集するためのコラボレーションの重要性が高まっている一方で、研究者・技術者は思索にふけったり、アイデアを熟成させたり、考えをまとめたり、論文や特許出願書類を作成したりするなど、1人でリラックスして、あるいは集中して取り組まなければならない知識集約度の高い業務が相対的に多い。このため、研究所では1人でリラックスでき、かつ作業や思考に集中できるスペースの確保がより重要になると思われる。研究所では、必ずしもフリーアドレスを採用せずに、集中できるスペースとして固定席を導入し、その一方で研究者・技術者同士の交流を促すコミュニケーションスペースなど共用スペースの充実を図る、といったオフィスづくりも一法だろう。

フリーアドレスでは、席数は入居者数より少なく設定するため省スペース化(スペースの有効利用)につながりやすい。しかし、フリーアドレスを導入する場合、単純なスペースの見直しなどコスト削減だけに終わらせてはならない。コスト削減ありきの施策は、従業員に後ろ向きのリストラを連想させ、士気の低下や反発を招きかねない。そうではなく、従業員の創造性を引き出すオフィスづくりを目指すべきだ。
 
13 日本経済新聞電子版2017年4月25 日「交流?集中?フリーアドレス、働き方改革で応用」より引用。
4|環境配慮など地域コミュニティと共生する視点
(1)CSR実践に向けた地域コミュニティとの共生
前述した通り、企業はCRE戦略を実践する上でCSRを踏まえなければならない。CSRを踏まえたCRE戦略では、各種のワークプレイスやファシリティが立地する地域社会との共生を図り、良き企業市民として地域活性化に貢献することが重要だ。

不動産は外部性を持つため、社会性に配慮した利活用が欠かせない。特に土地は地域に根ざした公共財的な性格を持ち、再生産することができない経営資源である。企業がそこに研究拠点や工場、営業店舗、本社などを構築し、土地を開発・使用する段階において、地域社会の自然環境や景観に何らかの影響を与えるため、事業を行う上で地域コミュニティの理解と協力が欠かせない。そこでCRE戦略が果たすべき役割としては、地域社会の信頼を勝ち得るために、自然環境や景観に配慮した適切な不動産管理が必要条件となる。

企業は、CREが地域社会の自然環境や景観に及ぼす「外部不経済」をしっかりと抑制・解消する一方で、そのような環境・景観に配慮した物的な不動産管理にとどまらず、交通・物流網や産業構造の転換・高度化、地域の雇用拡大など、CREが地域社会に生み出す「外部経済効果」を最大限に引き出すことに取り組むことが求められる。CREは、事業を通じた地域活性化や社会課題解決など「社会的価値(social value)の創出」を経済的リターンに対する「上位概念」ととらえる、「社会的ミッション起点のCSR経営」を実践するためのプラットフォームの役割を果たすべきである14

例えば、企業がある地域に研究拠点を構築した場合、その研究拠点が地域社会で創出し得る社会的価値としては、地域の大学・高等専門学校(高専)・公設試験研究機関(公設試)や行政関連機関との産学官連携や、地域の中堅・中小企業との企業間連携による共同研究開発の推進を通じた、社会変革につながる新技術・新事業の創出や地域人材の育成が挙げられる。さらに、研究開発施設や試作施設などのファシリティを産学官連携や企業間連携におけるオープンイノベーションの場として活用したり、場合によっては、そのためのファシリティの新増設を行うことも考えられよう。
 
14 拙稿「CSRとCRE戦略」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2015年3月31日を参照されたい。
(2)地球環境・景観に配慮する視点
持続可能な社会の構築に向けて、企業による環境問題への対応が強く求められる中、世界が直面する喫緊の課題である地球温暖化防止に向けた省エネ・温暖化ガス削減の取り組みは、引き続き重要だ。我が国のCO2排出量のうち、オフィスビル等の業務部門(他に商業施設等も含まれる)が2割超を占め、長期的に増加傾向にあるため、オフィスビルでの省エネ対策の重要性は一段と高まっている15

オフィスビルでの省エネ対策として、例えば、吹き抜けによる自然採光・自然換気などの施策を講じると、コスト削減に直接つながるとともに、室内環境改善により従業員の快適性・健康が向上し、また環境貢献への満足度が高まれば、業務の生産性・品質の向上や優秀な人材の確保につながるだろう。優秀な若手人材の中には環境意識・社会貢献意識の高い人材が増えていると思われ、このようなポジティブな効果が大いに見込めると思われる。前出のキユーピーが開設した仙川キユーポートでは、「六角形の建物の中央に大きな吹き抜けの中庭があり、これが自然採光と自然換気のための『風の通り道』でもある。省エネを追求することは、居室の快適性を極限まで検討することにほかならない」16

我が国でも、従来のオフィスビルに比べ光熱費の大幅な削減を図るグリーンビルディングが構築され、環境配慮の取り組みが積極的に進められている。空調や照明などの最新鋭の省エネ機器の導入や、それらを備えたオフィスの新設に加え、既存の機器の効率運転や省エネに向けた従業員の意識付け・働き方の変革など、運用面の抜本的な見直し・工夫も極めて重要だ。

ハイスペックを備えた最新鋭のオフィスビルは、最新鋭の省エネ性能を備えたグリーンビルディングであることが多い。また、最近我が国で新設された先進的な研究所は、4~7階の低層のものが多く見られる。低層の建物は近隣への圧迫感を軽減し、地域社会の景観に調和する効果がある。
 
15 業務部門のCO2排出量(2015年度2.65億トン)は、足下では2014年度以降減少に転じているものの、2005年度対比では11.1%増と部門で唯一増加している(業務部門以外の部門は産業部門、運輸部門、家庭部門等)。
16 東京都環境局地球環境エネルギー部計画課「グリーンビル事例〈仙川キユーポート(キユーピー株式会社)〉」『東京グリーンビルレポート2015』2015年7月より引用。
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社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営

経歴
  • 【職歴】
     1985年 株式会社野村総合研究所入社
     1995年 野村アセットマネジメント株式会社出向
     1998年 ニッセイ基礎研究所入社 産業調査部
     2001年 社会研究部門
     2013年7月より現職
     ・明治大学経営学部 特別招聘教授(2014年度~2016年度)
     
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・(財)産業研究所・企業経営研究会委員(2007年)
     ・麗澤大学企業倫理研究センター・企業不動産研究会委員(2007年)
     ・国土交通省・合理的なCRE戦略の推進に関する研究会(CRE研究会) ワーキンググループ委員(2007年)
     ・公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会CREマネジメント研究部会委員(2013年~)

    【受賞】
     ・日経金融新聞(現・日経ヴェリタス)及びInstitutional Investor誌 アナリストランキング 素材産業部門 第1位
      (1994年発表)
     ・第1回 日本ファシリティマネジメント大賞 奨励賞受賞(単行本『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』)

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【クリエイティブオフィスのすすめ-創造的オフィスづくりの共通点】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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