2018年03月05日

インドの生命保険業界及び主要会社の状況-2016年度の決算数値を踏まえての成長性・効率性・収益性・健全性等の動向-

中村 亮一

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(2)予定死亡率
予定死亡率については、基本的には、最新の標準生命表である「IALM(2006-08)Ult.」をベースにしている。

ただし、この生命表をそのまま使用しているわけではなく、商品毎、性別、年齢別、対象市場毎に異なる調整を行った死亡率を採用している。さらに、その水準や方式についても、各社毎に異なっている。
責任準備金計算基礎(予定死亡率)2016年度末―個人生命保険(有配当)契約の場合―
2016年度末において、個人生命保険(有配当)契約の責任準備金評価における予定死亡率について、ICICI Prudentialを除く民間の4社は見直しを行っている。
(参考)責任準備金計算基礎(予定死亡率)2015年度末―個人生命保険(有配当)契約の場合―
また、LICにおける商品毎の予定死亡率は、下記の図表の通りである。生存保障要素の高い商品等については、低めの割増率や年齢のセット・バックによる割引を行い、死亡保障性の高い商品では、相対的に高い割増率を採用している。

LICは、個人年金保険契約の年金受給後の予定死亡率について、2015年末にセットバック年齢を3歳から4歳に引き上げるという変更を行ったが、2016年末にはさらに5歳に引き上げるという変更を行った。
責任準備金計算基礎(予定死亡率)2016年度末―LICの場合(個人保険商品毎)―
以上のように、予定死亡率については、各社の経験データ等に基づいて、対象とする市場における経験発生率の状況等も勘案する中で、各社が合理的・妥当と考える水準に設定されてきている。
2|ソルベンシー比率(Solvency Ratio
6社のソルベンシー比率の推移は、次ページの図表の通りである。各社毎に絶対水準は大きく異なっているが、各社ともIRDAIが最低基準としている1.5(150%)の水準を上回っている。
大手各社のソルベンシー比率(Solvency Ratio)
なお、LICのソルベンシー比率は安定的に推移しており、若干上昇傾向にあるが、民間の5社は規模の拡大に合わせて、絶対水準は低下してきている。ただし、引き続き高水準を維持している。
3|剰余の分配(契約者配当)の状況
保険契約者に対する配当としては、保険金増額式配当(Reversionary Bonus)と消滅時配当(Terminal Bonus)がある。このうち、例えば、2016年度決算に基づいて、2017年度に割り当てられる、2016年度の保険金増額式配当率については、以下の図表の通りとなっている。

2015年度から2016年度にかけては、ICICI Prudential とSBI Lifeが配当率の一部引き下げを行っているが、他社は2015年度と同水準となっている。

なお、例えば、LICの養老保険や終身保険の場合、ここ6年間の配当率は同水準であり、安定的な配当が行われている形になっている。
契約者配当率―個人生命保険(有配当)契約の場合(保険金増額式配当率)―
(参考)EV(Embedded Value)の公表
EVについては、大手の生命保険会社が公表している。算出方式は、ICICI PrudentialとSBI LifeがIEV(Indian Embedded Value)という方式で、HDFC Standard等がMCEV(市場整合的EV)となっている。 ここで、IEV(Indian Embedded Value)というのは、インド・アクチュアリー会が作成しているアクチュアリー実務基準に基づいており、基本的には資産と負債の市場整合的な評価を行うMCEVと調和している方式である。

EVや新契約マージンは、会社の成長性や収益性を示す1つの指標となっている。これによれば、各社の2016年度の新契約マージンは10%~22%の範囲にあり、引き続き新契約における高い収益性を確保している。また、EVについては、2015年度の増加率が低下していたが、2016年度は各社とも大きく増加し、会社の価値を着実に高めてきている。
インド生命保険会社のEV(2017年3月末)

6―まとめ

6―まとめ

ここまで、2016年度決算に関するIRDAIのAnnual Report 及び各社のPublic Disclosures資料等に基づいて、インドの生命保険業界の全体の状況及び主要各社の成長性・効率性・収益性・健全性等の状況について報告してきた。

インドの生命保険市場は、大きな潜在力を有し、今後さらなる成長が期待できる市場であるが、市場の変化に対応して、これまで、各種の保険監督規制の改革等が行われてきている。こうした環境下で、生命保険会社は、商品開発とチャネルの改革、リスク管理体制の充実等の課題に取り組み、経営効率化を進めてきている。外資出資規制の改正や再保険会社の規制緩和等を通じて、外資系保険会社の進出が促進されることで、さらなる生命保険市場の充実が図られ、競争が激化していくことが想定されている。

こうした中での、外資系保険会社を中心とした最近の動向について、1年前のレポートでは、以下の3点について触れておいた。

1|外国資本による出資割合の引き上げ
2|合併・提携の動き
3|株式公開の動き

このうち、「1|外国資本による出資割合の引き上げ」については、2015年3月に、外国会社による直接投資の上限が26%から49%に引き上げられたことにより、その後多くの外国会社が出資割合の引き上げを行った。これにより20億ドルもの資金が流入している。グローバルな保険会社によるインド市場へのより一層の投資を通じて、保険会社の効率性と商品開発力の向上が図られ、インドの生命保険市場にポジティブに働いてくることが期待されている。

また、「2|合併・提携の動き」の中で触れたHDFC StandardとMax Lifeとの合併交渉については失敗に終わっている。ただし、競争激化が進んでいく中で、国全体をカバーする保険会社としての活動を展開していくためには、合併により、販売チャネル、商品及びコスト面でのシナジーを働かせ、より一層の規模の拡大及び事業運営の効率化を目指していくことが必要になってくる。今後とも、合併や提携の動きを検討していくことは避けられないものと考えられる。

ただし、単なる規模拡大のための合併や提携が新たな価値を生み出すとは限らないため、保険会社もいかに会社の価値を高めることができるかを考慮しながら、検討していく必要があることになる。

「3|株式公開の動き」については、以下の通りである。

ICICI Prudential は、2016年9月に IPO(新規株式公開)を行って、605億ルピーの資本調達を行った。これは、インドの保険会社で最初の上場ケースとなった。また、SBI Lifeは2017年10月に上場した。これらの2つの会社の株式価額は、それぞれのEVの3.4倍及び4.2倍となっており、かなり高い評価となっていた。

HDFC Standardも2016年4月にIPOによる株式公開を公表していたが、Max Lifeとの合併協議の開始により、その後保留された形になっていた。これが不成功に終わり、2017年11月に869.5億ルピーのIPOを行って、上場会社となっている。さらに、PNB MetLifeも4番目の上場会社となると想定されている。

IRDAIは、生命保険会社が株式市場を通じて資本を増強することを促してきており、今後もこうした動きが加速されていくことが想定されている。

株式公開を通じて、保険会社は追加資本を獲得することで、さらなる成長に向けたモーメンタムを得ることができることになる。一方で、ディスクロージャーの充実を通じた経営の透明性の確保等が期待されていくことになる。

以上、インドの生命保険市場においては、最近、外資系保険会社を中心にM&A(合併と買収)やIPO等を通じて、資本の増強を図り、積極的な事業展開を行っていく動きが見られ、今後もこうした動きを通じて、市場がさらにダイナミックに変化していくことが想定されている。成長性が高く、健全性を維持しつつ、一定の収益性が期待できる市場だからこそ、日本の保険会社も含めて、欧米の主要保険グループが、この市場に魅力を感じて注力してきている。

今後とも、その動向は極めて注目されることから、引き続き注視していくこととしたい。
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中村 亮一

研究・専門分野

(2018年03月05日「基礎研レポート」)

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