医療・ヘルスケア
2019年01月11日

遺伝子検査って何?どう役にたつの?-急激に下がった解析コスト ゲノムの全容解明が進行中-

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2|実施されている遺伝子検査の代表例
 (1)ヒトに感染症を引き起こす病原体の遺伝子検査
肝炎ウイルスや結核菌等、人に感染症を引き起こす細菌、ウイルスなどの核酸を検出・解析する検査です。感染の疑われる様々な臨床検体(血清やその他の体液、組織など)を用いて、病原体の存在の有無を特定し、病気を判別、確定します。
近年の医療現場における遺伝子検査としては、件数ベースでは、この形態が大宗を占めています。
 
(2)悪性腫瘍(がん組織)等、体細胞の変異を解析する遺伝子検査
がん、白血病等は生まれてから後天的に起こる遺伝子の変異で次世代に受け継がれることはありません。これを対象とする遺伝子検査は「どんな種類のガンか?」「この抗がん剤は効くか?」という、診断や治療方法の選択のために行われます。遺伝子検査は医療機関で行われ、説明も医師や医療従事者によってのみ行われます。

抗がん剤の効果予測は、がん治療で主流となりつつある分子標的薬による治療の効果を確かめるために行われるものです。分子標的薬は、腫瘍組織で活性化したり過剰に発現しているタンパク質などを狙い撃ちしてその機能を抑える薬剤ですが、その薬が有効である遺伝子変異なのかどうか、重い副作用が起きないか等を確かめます。
 
(3)発症した遺伝病を診断、確定する遺伝子検査
単一の遺伝子の変異により発症する単一遺伝子疾患である遺伝性疾患、家族性腫瘍の発症が疑われる場合に、診断、確定するために行われます。
 
(4)使用する薬に対する副作用、薬効等を調べる遺伝子検査
何らかの遺伝情報がある場合にある生体反応を起こすことが判明している薬を使用しようとする場合に実施する検査で、その人の当該薬に対する感受性を検査し、薬の効果や副作用を投薬前に予測します。それにより、危険な副作用を避け、効果の乏しい薬を使用することを回避できます。
 
(5)発病前に実施する、「単一遺伝子疾患の発症リスクを判定する遺伝子検査」
成人期発症の、単一の遺伝子の変異が原因とされる遺伝病(単一遺伝子疾患。神経変性疾患、家族性腫瘍など)を将来発症するリスクがあるかどうかを判定する遺伝子検査です。検査を受ける時点では患者でないため、通常の医療の対象とはならず、すべて自費診療です。
3|発病前に実施する、「多因子疾患の発症リスクを判定する遺伝子検査」については、現在 研究中 
がん、心血管病、糖尿病、認知症、アレルギー疾患など、多くの疾患は、複数の遺伝的要素と環境要因等の複雑な相互作用により発症すると考えられており、「多因子疾患」と呼ばれています。

「多因子疾患」の発症と関連する遺伝子(DNA上の位置)が特定された事例も出てきていますが、ゲノム・遺伝子のみで「多因子疾患」の発症リスクを診断することは困難です。
将来的には研究が進み、「多因子疾患」の発症リスク判定もできるようになると期待されていますが、現状では医療行為として「多因子疾患」の遺伝子検査を行うことはできないとされています。

6――遺伝子検査と保険適用

平成27年6月現在では、36種の遺伝性疾患や一部の悪性腫瘍の遺伝子検査が保険適用となっています1。健康保険の適用が認められている遺伝子検査を行う場合には保険診療となります。

保険適用になっていない疾患は、検査の実費が検査を受ける人の自己負担となります。
 
1 国立研究開発法人国立国際医療研究センター病院ホームページ情報より http://www.hosp.ncgm.go.jp/s038/faq/index.htm

7――新たに登場した遺伝子検査ビジネス(DTC遺伝子検査)

近年、郵便やインターネット等のやり取りで、消費者が血液や唾液等を業者に郵送し、業者がその中の遺伝子を解析し、生活習慣病等の罹患しやすさ、体質、能力等を判定・評価する、消費者向け遺伝子検査ビジネスが普及してきています。申し込みの取り次ぎを歯科医等が行っているケースもありますが、基本的には医療機関を介さず直接消費者と業者が契約しますのでダイレクト・トゥ・コンシューマー遺伝子検査(Direct to Consumer Genetic Testing=DTC遺伝子検査)との呼び名もあります。

医療現場での病気の診断や治療・投薬の方針決定を目的とする遺伝子検査とは異なり、統計データに基づき疾患罹患リスクや体質等に関する「確率の情報」を提供し、生活習慣の是正に役立たせることを目的としています。病気罹患リスクの評価は、生活習慣病等、多因子疾患のみを対象としています。単一遺伝子疾患は対象としていません。

「生活習慣の是正に役立つ」といった観点から、たとえば、糖質、脂肪、タンパク質それぞれに対する代謝のしやすさを調べ、その人の太りやすさの傾向を示して、ダイエットの考え方の示唆につなぐといった形で、結果が伝えられているようです。
医療上の診断のための検査ではないことに注意が必要です。

8――遺伝子検査からゲノム医療へ

遺伝子検査、ゲノム解析の進歩は、医療の「ゲノム医療化」をもたらします。

わが国では2014年に策定された「健康・医療戦略」で「ゲノム医療」に前向きな姿勢が打ち出され、以降、その実現に向けた取組みが続けられています。

「ゲノム医療」とは、ゲノム情報等をもとにして、その人の体質や病状等、個人ごとの違いを考慮して、最も有効な治療、予防等を行うことです。

前項までに見てきた中でも、単一の遺伝子が原因となる一部の難病、がん等において、「個人の遺伝子を調べて薬の効きやすさや副作用の起こりやすさを確かめ、その人に一番あった治療法を考案するオーダーメイド医療」、「がんをひきおこす遺伝子の働きを抑える遺伝子(がん抑制遺伝子)を患者の身体に組み込む遺伝子治療」等の形で、「ゲノム医療」が一部実現され始めています。

一方、多因子疾患(生活習慣病等)においては、ゲノム医療が進歩すれば、医師や保健師等が早期介入、指導を行うことを通じて発症の予防を行えるようになると期待されていますが、いまだ研究段階の域を出ていません。ただし、前述の通り、一部の類似的なサービスが消費者向け遺伝子検査ビジネス(DTC遺伝子検査)として提供されています。

ゲノムの研究がさらに進んだより将来的には、ゲノムの特定の場所を切断したり、切断したところに別の遺伝子を入れ込んだりして、ゲノムを人間の思い通りに改変するゲノム編集すら実現しそうです。
 
神の領域に踏み込むかのような医療の進歩。実現すれば、人の生き方まで変えてしまいそうですね。
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松岡 博司

研究・専門分野

(2019年01月11日「基礎研レター」)

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