2018年02月14日

生産緑地の貸借によって変わる都市農業と都市生活―都市農地の貸借円滑化法案の内容と効果

社会研究部 都市政策調査室長・ジェロントロジー推進室兼任 塩澤 誠一郎

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4――生産緑地の貸借が可能になることで期待できること

1|都市農地の減少を食い止める
生産緑地の貸借が可能になったことで、都市農業はどうなるだろうか。背景で説明したように、相続を心配しなくてもよくなることから、営農意欲のある農家は、買取り申出の契機を迎えても、生産緑地を継続するだろう。30年買取り申出で特定生産緑地指定を選択する農家も多いはずである。相続時の不安からあえて生産緑地に指定していない宅地化農地を追加指定24するケースも出てくるものと考えられる。これ以上の生産緑地の減少を食い止めることが可能になるだろう。
 
24 2017年6月の生産緑地法の一部改正施行に伴い、都市計画運用指針が改正され、過去に転用の届出が出されている宅地化農地について、市区町村が指定基準等を改定することで生産緑地に再指定することが可能との方向性を示している
2|営農意欲の高い農家と新規就農希望者による都市農業の振興
営農意欲の高い農家は、認定事業計画に基づく貸付けによって周辺の生産緑地を借りて生産規模を拡大し、より生産性の高い都市農業を営むことになるはずである。法人化して経営効率化をはかることも可能であろう。貸す側の農家も、普段から付き合いのある同業者にまずは貸すことを考えるはずである。最初に紹介したアンケート調査結果(図表1)で、貸すことをためらう理由に、「知らない相手には貸したくないため」が3割以上を占めているように、やはり貸借には信頼関係が重要になる。

生産緑地の貸借によって、意欲ある若い新規就農希望者を都市農業の担い手として受け入れることができる。これは都市農業の振興にとって非常に大きいことだと言える。新規就農希望者の中には、これまで生活してきた土地勘のある都市部で就農したいと考える者も少なくないだろう。規模が小さくても消費地に近いという最大の利点を生かして、農業経営にチャレンジすることは若い新規就農希望者にこそ期待できよう。新規就農者を得ることは、都市農業の担い手を得ることと同時に、地域の担い手を得ることである。都市農業の活性化と共に、地域の活力維持にも期待が持てよう。新規就農希望者と生産緑地所有者をマッチングさせる機能が重要になる。
3|企業による農園サービスの多様な展開
今後は、企業が農家から直接生産緑地を借りて、都市住民に農園サービスを提供する事業が増えるだろう。生産緑地法の一部改正によって、生産緑地地区内で農家レストランの設置が可能となったことから、独自のアイデア、ノウハウを投じて、都市住民の多様なニーズに応じたきめ細かいサービスの提供が期待できよう。週末の午前中に自分が収穫した野菜を使った料理を、農園併設のレストランで食べて昼下がりを過ごすといったことが、生活に身近な場所でできるようになる。

農村地域で農家体験をする旅行企画があるが、同様なことを都市部の生産緑地で提供することも可能ではないか。日本人の興味を引くかどうか不明だが、最近いわゆる有名な観光地でない場所でも外国人観光客を目にすることを思えば、インバウンドビジネスとして成立するかもしれない。
4|まちづくりとの連携
都市部での農福連携の推進にも貢献するはずだ。社会福祉法人やNPOなどが生産緑地を借りて、都市部で障がい者等の自立支援の場、就労機会を提供するようになるだろう。福祉ばかりでなく、農地というフィールド、機能を使って子育て支援、食育、環境学習など、地域に必要とされるプログラムを提供することもできよう。生産緑地が地域のまちづくりと結びつく。

特定都市農地貸付けを利用して、生産緑地を活用した市民農園が増加し、都市住民にとってより身近な場所で農作業を体験する機会が増えるであろう。農業体験農園型の市民農園が増えれば、地域コミュニティの醸成も期待できる。
 

5――都市住民こそ注目すべき

5――都市住民こそ注目すべき

以上のように、生産緑地の貸借が可能になることで期待できることは、都市住民にとって有益なことが多いと思えないだろうか。そのような意味から、最後に改めて法案の目的を紹介したい。

法案第1条目的には、「この法律は、都市農地の貸借の円滑化のための措置を講ずることにより、都市農地の有効な活用を図り、もって都市農業の健全な発展に寄与するとともに、都市農業の有する機能の発揮を通じて都市住民の生活の向上に資することを目的とする」とある。

生産緑地の貸借が、都市農業の発展に寄与するだけでなく、都市住民の生活の向上に資するとしている点に注目したい。

都市農業振興基本法では、都市農業が農産物の供給以外にも多様な機能を果たしており、それら機能が将来にわたって適切かつ十分に発揮されるよう都市農地の有効な活用、適正な保全が行われなければならないとしている。

基本法に基づき策定された都市農業振興基本計画には、「今後、都市農地を保全し、都市農業の振興を図っていくためには、(中略)都市農地の賃貸借の活性化を図ることを検討していく必要がある」とし、市民農園とする場合も含めて「農地の貸借等を促進するための制度的な措置を講ずる必要がある」としている。25

今回の法案を都市住民の立場からみると、都市農業が持つ多様な機能の発揮は、都市住民の生活に資するものであり、そのため生産緑地を保全・活用しなければならず、生産緑地の保全・活用には貸借の円滑化が必要であると解釈できる。

このように、生産緑地の貸借が進めば、都市住民にとってよい効果があるとしている点で、都市住民にこそ法案とその効果に注目してほしいのである。
 
25 「第1 都市農業の振興に関する施策についての基本的な方針」における、「5.施策検討に当たっての留意点、」の、「(2)都市農業の振興及び土地利用計画に関する制度」中の記述。


謝辞|本レポート執筆に当たり、一般社団法人 東京都農業会議の松澤龍人業務部長、株式会社農天気の小野 淳代表取締役に協力を賜った。深謝申し上げたい。
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社会研究部   都市政策調査室長・ジェロントロジー推進室兼任

塩澤 誠一郎 (しおざわ せいいちろう)

研究・専門分野
都市・地域計画、土地・住宅政策、文化施設開発

経歴
  • 【職歴】
     1994年 (株)住宅・都市問題研究所入社
     2004年 ニッセイ基礎研究所
     2020年より現職
     ・技術士(建設部門、都市及び地方計画)

    【加入団体等】
     ・我孫子市都市計画審議会委員
     ・日本建築学会
     ・日本都市計画学会

(2018年02月14日「基礎研レポート」)

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