2018年01月16日

保育士の賃金を考える~賃金カーブの改善と保育の質の確保を~

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子

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3|地方による違い
地方によっても保育士不足の状況は異なる。待機児童の多い首都圏などでは、保育士を確保するために、保育所等を運営する事業者が地方の専門学校を訪問したり、就職相談会に出展したりして地方出身者を雇い入れる場合もあるが、通常は自宅から通える場所で働くため、保育士不足の状況は地方ごとに異なる。図表8は、賃金構造基本統計調査の都道府県ごとの全職種と保育士の月給を用いて、差が大きい順に並べたものである。最も差が大きい東京都では、全職種40万3,000円、保育士24万1,000円と約16万円もの違いがあるが、佐賀県では全職種27万3,000円に対し、保育士はわずかに東京を上回る24万2,000円。差額は約3万円であった。そのような地域では、「保育士は他の仕事に比べて給料が低いから働かない」という保育士資格者は、相対的に少ないと考えられる。
図表8 各都道府県の全職種と保育士の平均月給
次に、都道府県別の保育士の有効求人倍率を、2017年10月の職業安定業務統計に基づいてみると、全国平均は2.8倍だが、東京では6倍、群馬では1.1倍と開きがあることが分かる。保育士不足の程度は、地域によって大きく異なっている(図表9)。
図表9 各都道府県の保育士の有効求人倍率

5――結びにかえて~保育士確保と質的向上に向けた処遇改善策~

5――結びにかえて~保育士確保と質的向上に向けた処遇改善策~

1|賃金改善と保育の質の確保
これまで見てきたように、保育士の賃金は、全職種と条件をそろえた上で比較すると、月給で約8万円、年収で約118万円低い。ただし勤続年数ごとの賃金カーブをみると、新人時代は全職種に比べて月額5万円弱の差だったが、勤続年数が長くなるほど差が拡大している。これが、保育士の離職を招く根本的な要因だと考えられる。

ここで、保育士の賃金を上げるには、保護者から徴収する保育料を上げるか、公費負担を増やすかの二通りがある。しかし、政府は既に3~5歳の幼児教育無償化の方針を決めており、受益者負担の拡大ではなく、公費負担を拡大する方向に舵を切っている。本来、保育士の賃金をどのような方法で相応な水準に引き上げるかについては、市場化と公費投入のあり方などを踏まえた抜本的な検討が必要となるため、別途、現場の状況を含めて分析した上で論じることとしたい。以下では、公費増額による処遇改善策と、考えられる主な課題について述べ、結びとしたい。

前述の試算の通り、第一に、保育士の初任給を全職種に相応した水準に底上げする必要がある。第二に、初任給以上に大きな課題として、保育士の経験や技能に応じて昇給幅を引き上げ、全職種との賃金カーブの差を解消していくことが重要である。長く働けば働くほど、他の仕事との給与差が拡大していくのでは、長く働こうという意欲が失われる。現場で働く保育士が、自身の将来のキャリアを見通し、長期的な目標を持って働き続けられるように、キャリアパスと昇給の道筋を整備すべきであろう。

この点に関し、厚生労働省は2017年度から、技能や経験に応じた処遇改善を実施している。経験年数3年以上の保育士に対して月額5,000円を加算したほか、経験年数7年以上で、食育・アレルギー、障害児保育、マネジメント等8分野の中から4分野以上の研修を修了し、新たに設けた役職「副主任保育士」や「専門リーダー」に就いた人には月額4万円を加算した。これとは別に、全保育士に2%(月6,000円程度)の処遇改善も行っており、一定の改善が見込まれる。これらの対策により、実際に保育士の賃金水準がどう変わったかについては、まだ調査結果が出ていないが、今後のモニタリングに期待したい。さらに冒頭で述べたように、政府は2019年4月から1%(月3,000円相当)の賃金引き上げを決定した。今後、これらに上乗せして処遇改善を行うには、これまでの対策の成果を見極め、どの部分に上乗せするのが最も効果的かを慎重に検討する必要があるだろう。ただし、単純に保育士の給料を上げれば、福祉・教育の他の職種から人手を奪う可能性があるため、公費投入のあり方を含め、福祉・教育の分野でどう整合性を図っていくかが課題となる。

また、財源は限られているため、全国一律に引き上げを行うのではなく、全職種との賃金差が大きい地域や、保育士の有効求人倍率が高い都道府県に集中的に加算するなど、地域に応じた対応の方が効果的と考えられる。ただし、一部の地域で賃金が上昇すると、周辺で就業する保育士を地域間で奪い合う可能性があるため、実施には十分な配慮や経過措置が必要となるだろう。過疎化によって子どもの数が減り、保育所が定員割れしたり、一部の保育所が閉鎖されたりしている農村部等でも公費を投入して賃金を引き上げるべきなのかは、自治体経営や施設規模、配置のあり方などの観点を含めて、個別に慎重な判断が求められるだろう。事業者側も、保育の質の確保に一層、取り組むことが求められる。保育士らへの教育の機会を増やして専門性を高めたり、保育事故を防いだりし、公費負担の増加に見合った知識や技能を習得させることが重要な課題だろう。
図表10 保育所等の年間休日日数 2|働き方の改善
上記の2で述べたように、保育士の有資格者が保育士として働かない理由には、働き方の問題もある。独立行政法人「福祉医療機構」(WAM)が保育所と認定こども園計1,615か所に行った調査13によると、有給休暇を除く年間休日日数は「101日以上106日未満」が20.9%で最多だった(図表10)。これに対して、2016年就労条件総合調査によると、全産業の平均休日日数は113.8日で、保育所と認定こども園のうち約7割が、全産業平均を下回っている。図表1でみた「休暇が少ない・休暇がとりにくい」という保育士有資格者の不満を裏付けた格好である。現場では、人手不足のために休日が取れず、休日日数が少ないために新たな保育士も採用できないという悪循環に陥っている。
働き方を改善するために考えられる手段の一つが、ICTの活用である。前述のWAMの調査によると、会計にICTを導入していた保育所等は67.1%だったが、他の事務では低迷している(図表11)。厚生労働省によると、保育士の1日の業務のうち、「会議・記録・報告」にかかる時間は1時間弱に上っており14、ICTをより積極的に活用することが保育士の負担軽減や残業時間の短縮につながるだろう。

今後、賃金改善や昇給制度の充実により保育士のキャリアパスが明確になったり、ICT活用により生産性が向上したりすれば、離職率が低下すると期待できる。その結果、職場に余裕が生まれ、経験者が若手を指導したり、互いにサポートし合ったりすることにつながる。図表1でみた不満のうち「責任の重さ・事故への不安」「休暇が少ない・休暇がとりにくい」などの問題に対しても、一定の改善が期待できるだろう。

政府はこれまでにも保育士の待遇改善策を実施しており、2012年度から2017年度までの賃金水準の引き上げ率は計10%以上となる。待機児童解消のために、今後も保育士の賃金に税金を投入するならば、より詳細に現状を評価し、どのように加算すれば最も効果的か、慎重に中身を詰める必要がある。また処遇や職場環境の改善に取り組んだ事業所は、その取り組みをアピールし、自ら離職率や平均残業時間などを公表することによって働きやすさを「見える化」することが、人材確保につながるのではないだろうか。
 
13 WAM「『保育人材』に関するアンケート調査の結果について」(2017年5月23日) より。
14 第3回「保育士等確保対策検討会」(2015年12月4日)資料より。

参考文献
・綾高徳(2014)「介護職員の労働生産性に関する一考察」
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生活研究部   准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任

坊 美生子 (ぼう みおこ)

研究・専門分野
中高年女性の雇用と暮らし、高齢者の移動サービス、ジェロントロジー

(2018年01月16日「基礎研レポート」)

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