2017年12月20日

「治る」介護、介護保険の「卒業」は可能か-改正法に盛り込まれた「自立支援介護」を考える

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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4――自立支援介護に注目が集まった背景

表1:和光市の取り組みを紹介する書籍に書かれた和光方式の特色 1|「和光方式=予防」のイメージ
では、これだけの論点や課題を抱えた自立支援介護が十分に検証されないまま、なぜ政府の制度になったのだろうか。

まず、「和光方式=予防」という理解が広がった経緯を見る。和光方式を網羅的に紹介する著書としては、東内氏が監修者になる形で2015年に発刊された『埼玉・和光市の高齢者が介護保険を“卒業"できる理由』(メディカ出版社)が挙げられる。ここでは冒頭、表1の7点を和光方式の特色として列挙しており、和光方式の全体像を解説している。
表2:和光市の取り組みを紹介する書籍に書かれた和光方式の「卒業」の事例 その一方、本のタイトルにある通り、要介護認定が外れたケースを介護保険の「卒業」と表記した上で、表2の事例を用いつつ、「和光市では自立を後押しする介護サービスの提供によって、要支援者の約40%が毎年、介護保険を卒業していく」と強調している16。政府の自立支援介護が、こうした「卒業」を重視する流れの上にあり、「横展開」を目指しているのは既述した通りである。

メディアの報じ方を見ても、こうした切口で和光方式を取り上げてきた。主要新聞のデータベースを使い、介護予防を通じて要介護認定を外れることを介護保険の「卒業」と紹介した初めての記事を検索すると、『朝日新聞』は国の制度化が決まる2017年6月17日まで登場しないが、『日本経済新聞』は2009年6月17日、『読売新聞』は2013年12月7日までさかのぼることができる。

その他の媒体でも「介護からの“卒業式”」と題したNHKクローズアップ現代の番組が2014年5月12日に放映され、『週刊朝日』2015年11月13日号には「4割以上が介護保険“卒業”」という見出しで和光方式を紹介している。

2ページで述べた制度化プロセスを見ても、2014年から経済財政諮問会議で和光方式が話題になっており、「和光方式=予防」というイメージは2013~2015年頃からイメージが固まったと言える。
 

16 なお、11月25日のイベントで東内氏は「最近は『卒業』という言葉を使っていない」と述べた。
2|国の事情
しかし、メディアの報道やイメージだけで国の政策として位置付けられることはない。ここには国、自治体など政策当局者の判断が影響していると考えられる。

まず、国の事情についてみると、給付抑制や負担増の議論を避けるため、自立支援介護が期待されている面がある。冒頭に触れた通り、介護費は制度創設時の3倍程度に増加し、財政の健全性や持続可能性を高める上で、筆者としては、(1)軽度者向けの給付抑制、(2)40歳以上65歳未満を対象とした第2号被保険者の年齢引き下げ、(3)高額所得高齢者の保険料引き上げ、(4)財源を確保した上で、給付費の50%を投入している税金の増加―などの対策は避けられないと考えている。

しかし、政府・与党には負担と給付の関係を真正面から考える議論を避ける傾向が強く、むしろ10月の総選挙公約でも「50万人の介護受け皿整備」「介護職員の更なる処遇改善」(自民党)、「低所得高齢者の介護保険料の負担軽減」「介護従事者の賃金引き上げなど処遇改善」(公明党)という政策を掲げていた。こうした中、国民の反発が少ない自立支援介護が給付抑制の手段として注目されていると言える。
3|自治体の事情
自治体の事情も影響している。自治体は現在、日常的な生活圏域で最期まで暮らすことを支援する地域包括ケアの推進が求められており、何か新しい政策に取り組まなければならない雰囲気がある。そこで、行政主導で進められている和光方式の一部分だけに注目している可能性がある。

言い換えると、予防強化による「卒業」というイメージ先行で自治体が和光方式に飛び付いている、あるいは飛び付きやすくなっている構図が生まれているのではないか。これは制度創設時に「地方分権の先駆け」と位置付けられることで、地域の事情・特性に応じて独自の政策を自ら立案・推進するように推奨された介護保険制度の本来の姿からかけ離れているのではないだろうか。
 

5――おわりに

5――おわりに

中国を初めて統一した秦の始皇帝は不老不死を求め、その薬として水銀まで飲んだという説がある。平均寿命が上がった今もなお、始皇帝の願望は実現できていないが、要介護度の維持・改善を図る自立支援介護は給付抑制の目的だけでなく、不老不死という人類の望みを反映しているのかもしれない。

しかし、人は必ず老い、衰弱し、死んでいく。2025年には65歳以上人口が人口の3分の1を占める中で、認知症を含めて高齢化に伴う要介護状態は誰にでも起きる問題になる。介護保険制度は本来、こうしたリスクが国民にとって日常的になったため、その時に備えて保険料を出し合う目的で創設されたのである。

この状況では自立支援介護を通じて「治る」介護、介護保険の「卒業」を目指したとしても、限界がある。確かにリハビリテーションや介護予防の重要性を全て否定するわけではないが、全ての高齢者に当てはまるわけではないことを認識しなければならない。

さらに、要介護度の維持・改善を促す自立支援介護は本レポートで述べた通り、様々な課題を持っている。むしろ、自立支援介護の制度化が進んだプロセスや背景を探ると、負担増や給付抑制などの議論を避ける政治や、一部分を模倣しようとしている自治体の姿が浮き彫りになる。

今後の高齢者介護をどうするか、そのための仕組みをどう地域で作るのか、あるいは費用の負担を社会全体でどう支えていくのか。自己選択や地方分権などを掲げた介護保険の原則をベースにしつつ、国レベルで負担と給付の在り方を考えるとともに、地域の事情・特性に応じたケア体制を構築する方が重要なのではないだろうか。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2017年12月20日「基礎研レポート」)

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