2017年12月15日

東南アジア・インドの経済見通し~堅調な消費と投資の復調で安定成長へ

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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2-4.フィリピン
フィリピン経済は、16年の大統領選挙の関連特需からの反動減や政権移行に伴う予算執行の遅れにより、成長率が17年初まで伸び悩んだものの、7-9月期は前年同期比6.9%増と2期連続で加速した(図表12)。景気回復の主因は、予算執行が改善した公共支出の拡大と好調な財・サービス輸出だ。財・サービス輸出は半導体需要の拡大と米国の景気回復によって電子部品輸出やビジネス・プロセス・アウトソーシグ(BPO)を中心に二桁成長が続いている。一方、GDPの約7割を占める個人消費は昨年こそ前年比7.0%増で景気の牽引役となっていたが、7-9月期は2011年以来の4%台まで減速している。また総固定資本形成は昨年が前年比34.5%増と高水準だったものの、7-9月期は8%台まで減速している。こうした内需鈍化の動きは続いており、内需主導の経済成長には変化が見られる。

先行きのフィリピン経済はドゥテルテ政権が掲げるインフラ整備計画「ビルド・ビルド・ビルド」の本格化に通じた内需の拡大で高成長を維持すると予想する。税制改革法案第1弾は来年1月の施行が視野に入っており、個人所得税を減税する一方で物品税を増税することによってインフラ整備計画に必要な財源を確保する環境が整ってきている。今後インフラ投資計画の着手1によってインフラ整備が進展して公共投資が拡大するとともに、建設業や小売業を中心に中期的な雇用創出も見込まれる。18 年度予算の資本支出は前年度比26.9%増と、前年度の同23.7%増から上昇している。

民間消費は今後の物価上昇が家計の実質所得を目減りさせるものの、輸出拡大やインフラ整備計画を背景に雇用・所得環境の改善が続くこと、また海外出稼ぎ労働者の送金の増加が続くことから堅調な伸びを維持するだろう。民間投資は公共投資の呼び水効果と旺盛な消費需要、輸出の拡大を受けて堅調な伸びを維持するだろう。

外需は、財・サービス輸出が海外経済の回復やペソ安を受けて増加傾向を維持する一方、建設資材や機械の輸入が増加して輸入の伸びは輸出を上回るものと見込まれる。結果、純輸出の寄与度は再びマイナス幅が拡大すると予想する。

金融政策は2014年9月に政策金利が引き上げられて以降、据え置かれている。物価は足元の内需の減速や通貨ペソの持ち直しによって当面は中銀目標(3±1%)の範囲内で推移するだろうが、その後は資源高や物品税増税、インフラ整備加速による内需拡大などから緩やかに上昇しよう。中央銀行は緩和的な金融政策を当面維持し、来年後半に調整的な利上げに踏み切ると予想する。

実質GDP成長率は17年が6.7%と、大統領選挙関連の特需で押し上げられた16年の6.9%から低下するものの、18年が6.7%と内需主導の力強い成長を維持すると予想する。
(図表12)フィリピン 実質GDP成長率(需要側)/(図表13)
 
1 ドゥテルテ政権の経済政策の主軸である「ビルド・ビルド・ビルド」では、首都圏を横断する南北通金銭、首都圏の地下鉄、ミンダナオ地方の鉄道などの大型案件を含み、インフレ関連支出を17年の5.3%から22年までに同7.4%へ拡大することを掲げている。
2-5.ベトナム
ベトナム経済は16年の成長率が前年比6.2%増となり、当初の政府目標6.7%を下回るなど軟調に推移していたが、今春に回復ペースが加速している(図表14)。1-9月期の成長率は前年比6.4%増まで上昇し、今年の成長率目標6.7%の達成が視野に入った。景気の牽引役は二桁成長まで加速した製造業であり、海外経済の回復を背景に電子製品やアパレルなどの輸出が拡大した(図表15)。また同国は外資系製造業の進出が多く、この対内直接投資が良好な雇用・所得環境をもたらしており、サービス業は卸売・小売や情報通信業を中心に堅調な伸びを続けている。さらに建設業は農業開発や交通インフラなどの投資拡大を受けて経済全体を大きく上回る成長が続いているほか、農林水産業も干ばつや塩害などで落ち込んだ前年から回復している。一方、鉱業は原油価格下落を受けて生産コストが割高な国内の油田が減産を続けており、低迷している。

先行きのベトナム経済は17年の成長率は前年を上回るものの、18年以降は成長ペースが若干ダウンするだろう。まず1-10月累計の対内直接投資の認可額は前年比52.0%と高水準を記録しており、発電所建設などのインフラ関連を中心に産業全体の生産が押し上げられそうだ。もっとも製造業については前年同期の水準が高かったために対内直接投資が減少しており、18年に入るとITサイクルのピークアウトやASEAN域内関税の撤廃による自動車の輸入増加2などから製造業生産は伸び悩みそうだ。もっともベトナムは大筋合意に至ったTPP11や18年発効を目指す欧州との自由貿易協定(EVFTA)など自由貿易化には積極的であり、中長期的にアパレルなど軽工業分野の外国投資は流入するものと見込まれ、製造業生産は底堅い伸びを維持するだろう。

一方、サービス業は製造業の生産能力拡張や賃金上昇(18年の最低賃金は約6.5%増)を背景に雇用・所得環境の改善が続くだろう。外国人観光客数の増加や買い控えていた自動車販売の増加などは消費需要を押し上げ要因となりそうだ。もっとも先行きの物価上昇は家計の実質所得を目減りさせることはサービス業の押下げ要因となるだろう。農林水産業は前年の落ち込みからの回復局面が終わり、安定成長へシフトしよう。

金融政策は中央銀行が7月に14年2月以来となる0.25%の利下げを実施して以降、据え置かれている。足元のCPI上昇率は中銀目標(年平均4%以下)を下回って安定しているが、来年後半には資源価格の上昇や食品価格低迷の影響が和らぐほか、貿易収支が再び赤字化して通貨安が進むことも輸入インフレ圧力となり、物価の上昇傾向が強まるだろう。来年末の利上げを予想する。

実質GDP成長率は、17年が6.7%と政府目標を達成して16年の6.2%から上昇するが、輸出の増勢鈍化によって18年が6.5%(政府目標6.5~6.7%で検討中)と小幅に低下すると予想する。
(図表14)ベトナム実質GDP成長率(供給側)/(図表15)ベトナム輸出の伸び率(品目別)
 
2 ベトナム政府は17年10月、輸入車の増加に備えて18年1月からの自動車の生産、輸入、保証、修理の条件を規定した政令を公布した。輸入車に対する性能検査や品質保証の義務付けなど非関税障壁を設けることで地場自動車産業への影響を軽減しようとしている。
2-6.インド
インド経済は16年11月に政府が突然として高額紙幣の廃止を実施して以降、成長ペースは大きく低下している。年明け以降、高額紙幣の廃止による現金不足のショックは徐々に和らいできたものの、7月の物品サービス税(GST)導入に伴う混乱が生じて4-6月期の成長率は5%台まで落ち込み、過去3年間の最低水準を記録した(図表16)。7-9月期はその影響が和らいで6%台まで回復したものの、引き続きGST導入に伴う混乱の悪影響が残り、高額紙幣廃止前の7%台後半の成長率まで回復できていない。7-9月期は、GST導入を背景とする企業による節税目的の在庫削減の影響が残ったほか、制度変更に伴う輸出手続きの混乱が生じて輸出の回復が遅れた。また民間消費はGST導入後にサービスなど増税された商品の販売が落ち込んだほか、農産品価格が低迷して労働人口の約半数を占める農村部の所得環境が悪化したことが民間消費の回復の遅れに繋がった。

先行きのインド経済は、高額紙幣廃止とGST導入の影響で下振れた景気が持ち直しに向かうと予想する。まず投資はインド政府が10月に公表した9兆円の景気刺激策を受けて回復傾向が続きそうだ。政府の景気刺激策では、今後5年間で6.9兆ルピーの道路建設や2年間で2.1兆ルピーの国営銀行に対する資本注入策などが盛り込まれており、公共事業の着実な進展や深刻化した不良債権問題の改善が期待できる。また設備投資は当面は不良債権問題を背景に軟調に推移するだろうが、中長期的にはGSTや破産倒産法、高額紙幣の廃止などモディ政権が進めてきた大型改革の効果が表れることから上向くものと見込まれる。

民間消費は今後の景気回復に伴う物価上昇が家計の実質所得を目減りさせるものの、小麦や豆類などの農家からの最低支持価格(MSP)の引上げや州政府による農業ローン免除を受けて農業従事者の所得環境が改善すること、また建設部門を中心に雇用が拡大することから堅調に推移しよう。

輸出は短期的には伸び悩むものの、GST導入の影響が和らぐなかで増勢を強めるだろう。一方、内需の堅調な拡大によって輸入も拡大するため、純輸出は成長率に対してマイナスに働くだろう。 

リスクは選挙を視野に膨張する財政赤字だ。最近では景気刺激策や農業ローンの返済免除など、政府は選挙対策として支出の拡大姿勢を強めており、2017年度は財政赤字(GDP比)3.2%という政府目標を上回る可能性は高い。2019年にはモディ政権2期目がかかる総選挙を控えており、政府支出の拡大に歯止めがかかるとは考えにくい。今後の景気回復による税収増が歳出の増加に見合わなければ、巨額の財政赤字が更に膨張し、インドからの資金流出に繋がる恐れがある。

金融政策は8月に政策金利を引き下げるなど緩和的な姿勢を維持してきたものの(図表17)、先行きは景気回復を背景に物価上昇を続けること、欧米の金融政策正常化によって金融緩和に踏み切りにくくなることから政策金利を当面据え置き、来年後半には調整的な利上げに踏み切るものと予想する。

実質GDP成長率は、17年が6.2%と高額紙幣廃止とGST導入に伴う混乱によって16年の7.9%から低下するものの、18年が7.4%と巡航速度の成長ペースに戻ると予想する。
(図表16)インドの実質GDP成長率(需要側)/(図表17)インドのインフレ率、政策金利
 
 

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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

(2017年12月15日「Weekly エコノミスト・レター」)

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