2017年12月15日

東南アジア・インドの経済見通し~堅調な消費と投資の復調で安定成長へ

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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1.東南アジア・インド経済の概況と見通し

(経済概況:輸出の好調が継続して景気回復)
東南アジア5カ国およびインド経済は、輸出の好調を受けて景気回復が続いている(図表1)。世界経済の回復を受けて昨年後半から電子製品や一次産品の需要が増加し、各国の輸出は好調に推移している。こうした輸出拡大やコモディティ価格上昇に伴う企業収益の改善を通じて企業の設備投資意欲が向上すると共に、政府のインフラ整備計画が着実に進展したことから総固定資本形成が漸く回復し始めている。また雇用・所得環境が改善する国が多い一方でインフレ率は安定して推移しており、民間消費は堅調な伸びを維持している。このほか、低インフレを背景に各国が緩和的な金融政策を維持していることも景気回復をサポートしている。

11月の製造業購買担当者指数(PMI)はタイ(50.0ポイント)を除く5カ国が50を上回り、景気の拡大傾向は続いており、7-9月の水準と比較しても上向いている国が多い(図表2)。国別に見ると、マレーシア、インドネシア、タイの回復が続き、今年に入って軟調に推移していたインドとフィリピンが足元で持ち直し、そして今年好調に推移していたベトナムが伸び悩む傾向が見られる。
(図表1)実質GDP成長率/(図表2)製造業購買担当者指数(PMI)
(図表3)CPI上昇率 (物価:年内は安定推移、18年から緩やかに上昇)
消費者物価上昇率(以下、インフレ率)は年央に鈍化した後、景気が回復したにもかかわらず、安定して推移している。昨年から続いたガソリン価格や電気・ガス料金などのエネルギー価格の値上げの影響が和らいだこと、農業生産の回復を背景に食品価格が低迷していること、そして年初からの新興国通貨高(ドル安)が輸入物価を押し下げていることが影響している。

昨年大きく上昇した原油価格(WTI先物価格)は今年に入って1バレル50前後で横ばいで推移していたが、年後半ばから上向いて直近では50ドル台後半まで上昇している。先行きについても、原油価格が19年末にかけて60ドルまで緩やかに上昇すると見込んでおり(当研究所予測)、再びエネルギー価格の上昇が物価を押し上げることになるだろう。

コアインフレ率は内需に過熱感は見られじ、安定している。しかし、来年も輸出拡大を背景に企業収益の改善が続いて、設備投資の拡大や労働市場の改善へと結びついていくなかでコアインフレ率も緩やかに上昇しよう。

アジア新興国通貨は、世界経済の回復を背景に国際金融市場では年初からリスクオンの相場展開が続く中で上昇傾向が続いてきたが、今後は内需拡大による純輸出の悪化や欧米の金融政策正常化に伴う金利差拡大から緩やかな新興国通貨安に転じると予想する。当研究所では、米連邦準備理事会(FRB)は18年が年3回、19年が年2回の利上げ、また欧州中央銀行(ECB)は19年末にかけて資産買入れを停止して利上げを開始すると予想している。こうしたなか資金の流れが新興国から欧米に向かう展開が見込まれ、東南アジアおよびインドの通貨は軟調に推移するだろう。

以上の結果、先行きのインフレ率は来年初までは新興国通貨高の影響で横ばいで推移するが、その後は内需拡大やエネルギー価格の上昇といった押し上げ要因が加わり、インフレ率は上昇すると予想する(図表3)。
(図表4)政策金利の推移 (金融政策:年内は中立維持、18年に調整的な利上げへ)
東南アジア5カ国およびインドの金融政策は、低インフレ環境が続いたことから緩和的な金融政策を維持している(図表4)。

国内経済が勢いに欠ける国ではインフレ圧力が後退したほか、ドル安を背景に自国通貨が安定して通貨防衛の必要性が薄れていたこともあり、年後半には追加の金融緩和に踏み切る動きが見られた。ベトナムが7月、インドが8月、インドネシアが8月と9月に、それぞれ政策金利を0.25%引き下げた。

先行きは、短期的には物価が安定的に推移する一方、欧米の金融政策正常化が進むなかで新興国からの資本流出圧力が高まるリスクを警戒し、各国中銀は金融政策を当面据え置くだろう。しかし、中国経済の減速が表面化して通貨が不安定化しやすくなるなか、内需拡大などから各国の物価が上昇基調に入ると引き締め方向で調整(概ね年1回の利上げを想定)するだろう。
(図表5)実質GDP成長率 (経済見通し:堅調な消費と投資の復調で安定成長へ)
東南アジア5カ国およびインド経済の先行きは、足元で高水準の輸出の増勢が落ち着くなかで景気の拡大ペースこそ落ちるものの、回復が遅れていた投資の持ち直しが続くほか、消費も堅調を維持することから安定した成長が続くと予想する(図表5)。

18年は中国経済が減速に向かうものの、先進国経済が潜在成長率を上回る成長を維持することから世界経済の回復は続く予想する(当研究所予測)。また来年前半にはスマートフォン需要が鈍化してITサイクルがピークアウト、電気電子製品を中心とする輸出の増勢は鈍化するだろう。もっともIoTやAI、車載電子などの構造的な半導体需要は中期的に増加すると見込まれるほか、アジア地域で進む中国からの生産拠点の移転や外国人観光客の増加も財・サービス輸出を押し上げるため、輸出の伸び率は底堅く推移しよう。結果、輸出が鈍化する一方で内需拡大によって輸入の伸びが上昇することから純輸出の成長率寄与度は減少すると予想する。

内需は堅調な拡大が見込まれる。まず民間投資は、公共投資を呼び水に建設投資が引き続き堅調に拡大するだろう。また輸出拡大や資源価格の上昇などから企業業績が改善、低迷していた稼働率は上向きつつあり、設備投資の回復も続くと予想する。もっとも産業構造改革の遅れや不良債権問題の悪化など問題を抱えている国もあり、投資の回復ペースは国によって差が生じるだろう。また民間消費は今後の物価上昇が家計の実質所得を目減りさせるものの、企業収益の改善によって継続的な賃金上昇と良好な雇用環境が維持されて中間所得層が増加することから堅調を維持すると予想する。公共部門は、税制改革や原油価格上昇などによる歳入増を背景に大型インフラ整備計画が加速して公共投資が堅調な拡大を続ける一方、財政健全化に向けて経常支出を抑制気味にして政府消費が伸び悩むと予想する。
 
先行きの下方リスクについては、資金流出リスクと地政学的リスクが考えられる。

欧米が金融政策の正常化を進めると共に、中国が住宅バブル抑制などから金融を引き締め方向に調整するなか、韓国が先行きも堅調な景気が続く見通しであることから11月に政策金利を引き上げた。韓国は足元のインフレ率が物価目標を下回って推移していることを踏まえると、今回の利上げは早めの判断だったと言える。世界経済の回復が続くなか、東南アジア5カ国とインドにおいても今後インフレ圧力の高まりや米国に追随する形で利上げする国が増えると見込まれる。景気回復の遅れを材料に緩和的な金融政策を維持し続けると、国際金融市場で通貨売りのターゲットにされる可能性を高めるだけに、引き続き資金流出リスクに対して注意が必要だ。

地政学的リスクについては、まず前回の見通し作成時点から北朝鮮リスクが高止まりしている。東南アジアとインド各国においても、米朝の軍事衝突となれば被害が避けられない韓国や日本との貿易取引に悪影響が出る可能性が高い。またトランプ米大統領が12月6日にエルサレムを「イスラエルの首都」と正式認定したことにより、中東地域の地政学的リスクが増大した。中東地域は地理的に近いインドは勿論、自動車を輸出するタイ、出稼ぎ労働者の多いフィリピン、ベトナム、インドネシアにとっても外貨を得る地域であるだけに警戒が必要である。
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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

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