2017年12月12日

アメリカ洪水保険の浸透-加入率の向上には何が必要か?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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4――洪水保険の制度改革

度重なる大型ハリケーンの襲来により、NFIPの収支は厳しくなっている。この中で、財政の立て直しに向けた制度改革が進められてきた。しかし、制度普及と財政健全化の両立は、容易ではない。

1保険料の引き上げができるようにした
NFIPは、数年ごとに見直しが行われてきた。これは、減災のための措置や、保険の普及状況を見ながら、制度の変更を行うためであった。

既に見たように、2000年代前半までは、安定した財政運営であった。しかし、2005年以降、NFIPの財政は逼迫した。このため、制度の見直しが検討され、2012年に保険料を実際の洪水危険度を反映して引き上げられるようにした。
2|国庫借入の上限額が引き上げられてきた
併せて、国庫からの借入れ上限も引き上げられてきた。2005年に、15億ドルから185億ドルまで引き上げられた。その後も、上限額は引き上げられ、2013年には304.25億ドルとされた。2017年に、借入れは、上限額に達している。なお、現在のNFIPは、2017年12月8日に満了し、何も手当てをしなければ、上限額は15億ドルに下がる見込みであった。見直し法案は、連邦議会の下院を11月に通過。しかし、上院では、保険料水準(被災しやすい地域の保険料率を引き上げるべきか)、民間保険会社への市場開放(民間保険会社は収益の上がる契約を選んで、取り扱うのではないか)など、諸点の審議が進まなかった。現行のNFIPは、12月22日まで満了時期が延長され、審議が続いている6
 
6 NFIPは、2010年5月~7月にかけて失効したことがある。このときは、住宅販売が減少するなどの影響が生じた。
3加入者拡大のために、保険料の引き上げに制限が設けられた
加入率が低迷したことなどを受けて、過去の支払給付による債務の償却のために、保険料が上昇することに制限を設けた。保険料の引き上げによる保険財政の健全化と、手頃な保険料による加入者の拡大という、相反する目標の実現のために、適正な保険料水準の模索が進められている。
4再保険の活用によるリスク管理が始まった
保険のリスク担保力の強化の面で、2017年1月1日から再保険を開始している。これは、NFIPとして、初めて取り扱う本格的な再保険である。今後は、複数年の再保険契約の締結に向けて検討を進めていくことが表明されている。
図表5. 再保険のスキームの概略

5――洪水保険制度の課題

5――洪水保険制度の課題

NFIPは、契約数が増えているものの、アメリカ全体の世帯加入率は、4.3%にとどまっている。世帯加入率が高い州は、洪水被害が発生しやすいミシシッピ川沿岸地域や、海岸沿いの地域(ハワイ州を含む)などとなっている。ただし、最も高いルイジアナ州でも、加入率は20%台半ばに過ぎない。日本の地震保険の世帯加入率(全国平均で29.5%(2015年度))と比べると、低い水準にとどまっている。
図表6. 世帯加入率が高い州   [5%以上]

6――おわりに (私見)

6――おわりに (私見)

今後、地球温暖化が進むと、洪水被害が増加するとの予想がある7。現在よりも勢力の強い、スーパーハリケーン、スーパー台風の襲来による自然災害の発生も懸念されている。ダムや堤防等の構造物による治水を高める努力は必要だが、それでも、損害を完全に封じ込めることは難しい。自然災害の発生時に、一定規模の損害が生じることは、リスクとして想定しておく必要があるだろう。

自然災害の損害を財務的に担保するために、公的な保険制度が果たす役割は大きくなる。再保険の導入などにより、長期間のリスク移転、グローバルなリスク分散のための、制度改革が必要となろう。

一方で、保険制度は、加入者が増えていかなければ、そのメリットを享受する人が限られてしまう。NFIPの現在の世帯加入率を見ると、大規模な洪水災害が生じた場合に、被災者の生活を再生させるだけの加入規模には、達していないものとみられる。今後、防災・減災に向けた取り組みを、社会全体で広げる一方、防ぎきれない損害を保険制度でカバーすることについても、周知を進め、加入率の引き上げを図ることが求められよう。このことは、日本の地震保険にも、あてはまるものと思われる。

引き続き、日本の地震保険、アメリカのNFIPの動向に、注意していくことが必要と考えられる。
 
7 「アメリカにおける河川洪水による年間損害額は、現在およそ20億ドルである。排出シナリオや経済成長率にもよるが2100年までに年間損害額は70億ドル~190億ドルへ増加することが予測されている (参考IPCC AR5 WGII Chp26 p.1457)」(「IPCC 第5次評価報告書の概要 -第2作業部会(影響、適応、及び脆弱性)-」(環境省, 2014年, p31)より抜粋)
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2017年12月12日「保険・年金フォーカス」)

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