2017年12月12日

アメリカ洪水保険の浸透-加入率の向上には何が必要か?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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1――はじめに

日本では、代表的な自然災害として、地震が挙げられる。日本の国土は、環太平洋造山帯に属しており、1995年の阪神淡路大震災や、2011年の東日本大震災をはじめとして、地震が多発している。震災発生時に向けたさまざまな対策とともに、地震による損害を填補(てんぽ)するために、火災保険に付帯する形で、地震保険が損保会社で取り扱われている。地震保険には、民間では対応できないような巨大地震でも、保険金を確実に支払えるよう、政府による地震再保険制度が導入されている。これは、公的支援のもとで、自然災害に備える仕組みと言える。

一方、アメリカでは、洪水が最も大きい自然災害とされる。ルイジアナ、ミシシッピ、フロリダなどの南部諸州では、秋口に、ハリケーン1の襲来が見られることが多い。ハリケーンが上陸して北上すると、ミシシッピ川の沿岸地域に、甚大な洪水被害をもたらしかねない。アメリカでは、洪水による損害に対応するために、公的な洪水保険制度が導入されている。洪水保険は、約半世紀に渡り、徐々に加入者の数を増やしてきた。ただし、2005年のハリケーン・カトリーナによる洪水被害では、巨額の保険損失が生じる結果となった。この損失は、国庫借入れとして、いまも残存しており、毎年少しずつ保険料で償却している。本稿では、アメリカの洪水保険制度の実態を、紹介することとしたい。
 
1 暴風雨を伴う強い熱帯低気圧で、最大風速が毎秒33メートル以上のものをいう。
 

2――アメリカ洪水保険制度の概要

2――アメリカ洪水保険制度の概要

まず、洪水保険制度について、創設の経緯や、仕組みについて概観しよう。

1ミシシッピ川の沿岸の被害をきっかけに、洪水保険制度の検討が始まった
アメリカでは、北部のミネソタ州を源流として、メキシコ湾に注ぐ、ミシシッピ川が中央部を貫いている。この川はミズーリ川やオハイオ川など、多くの支流を抱え、広範な地域の水系をなしている。

大西洋西部のカリブ海やメキシコ湾では、秋口に、ハリケーンが発生することが一般的となっている。ハリケーンの中には、北上して、アメリカ南部諸州に上陸するケースも見られる。その結果、ミシシッピ川沿岸で、甚大な洪水被害にみまわれることもある。

ミシシッピ川については、ダム開発が進むとともに、堤防を整備するなど構造物による対応が図られてきたが、洪水の発生は防ぎきれていない。1950年代に発生した洪水被害による損失を受けて、保険制度創設の検討が始まった。検討を重ねた結果、1968年に国営の洪水保険制度(National Flood Insurance Program, NFIP)が導入された。この制度には、大きく2つの目的がある。1つは、連邦政府の補助を通じて、洪水が懸念される地域の住民が、手頃な保険料で保障を得られるようにすること。もう1つは、加入者に、氾濫原の適切な土地利用を課すことにより、氾濫原管理規制を強化すること、である。
2洪水保険には、政府からの保険料支援がある
NFIPには、洪水多発地域を中心に、地方自治体(コミュニティー2)が、任意に参加する。2015年の時点で、参加コミュニティーの数は、22,000以上に上っている。連邦緊急事態管理庁(Federal Emergency Management Agency, FEMA)は、コミュニティーごとに、氾濫の危険性を特定している。危険性が高いコミュニティーでは、NFIPへの参加が進んでいる3

NFIPに参加したコミュニティーに居住する住民は、原則として任意に、NFIPに加入する。NFIPは連邦政府を保険者とし、FEMAが運営する。住民への保険の募集やサービスの提供は、国家洪水保険協会(National Flood Insurance Association, NFIA)の免許を受けた、代理店やブローカーによって行われる。NFIAは、100あまりの民間保険会社が連合して設立した組織である。

加入者が支払う保険料は、住所地の洪水危険度により異なる。洪水危険度は、コミュニティーが作成する洪水保険料率地図(Flood Insurance Rate Map, FIRM)により定まる。2012年には、FEMAがデジタル版のFIRM(DFIRM)を公表しており、詳細な洪水危険度に基づいた保険料設定が行われている。

保険料率は、河川の洪水での出水の可能性や、高潮による浸水の可能性などに応じて、細かく分類されている。住居地が、高度危険地域や、高度危険湾岸地域とされた住民は、NFIPへの加入が強制される。加入しなければ、住宅ローンの設定で不利益を被ることとなる。

コミュニティーが洪水での損害を軽減したり、NFIPの普及に取り組んだりしている場合等には、コミュニティー保険料率制度(Community Rating System, CRS)により、保険料の割引が行われる4。このCRSに、政府からの保険料支援が加わり、加入者が手頃な保険料の支払いで済む仕組みとなっている。

保険の対象は、建物または家財、もしくはその両方となる。契約時に保障の上限額が設定され、その上限額が高額な契約ほど、保険料も高くなる仕組み。設定できる上限額は、居住用の建物は25万ドル、家財は10万ドル。商業用では、建物、家財とも50万ドルまでとされている。なお、保険は、加入後30日間の免責期間を経た後に、保障が開始される。
 
2 一般的には、市(city)、町(town)、郡(county)、自治町村(borough)、村(village)、部族(tribe)といった地域単位を指す。
3 コミュニティーは、NFIPに参加することで、土地の買収や、建物の建設に際して、連邦からの金融支援を享受できるメリットがある。このメリットにより、参加率が高水準になっているものと見られる。
4 具体的には、住民への洪水危険情報等の伝達、住民へのNFIPの加入勧奨、建物の氾濫原外への移転、堤防やダムの安全対策など、19の評価活動をもとに、特別洪水危険区域では0~45%、それ以外の区域では、0~10%の割引率が設定される。
 

3――洪水保険制度の状況

3――洪水保険制度の状況

NFIPは、アメリカの社会に、どの程度浸透しているのだろうか。ここでは、これまでの制度の普及の様子や、収支状況などを見ていくこととしたい。

12010年代以降、普及がやや停滞している
1968年のNFIPの導入から、もうすぐ半世紀が経とうとしている。これまでの制度の普及の様子を、見てみると、毎年の契約数、保障額、保険料は、いずれも2010年頃までは、徐々に増加してきた。しかし、2010年代以降は、普及がやや停滞している。
図表1. 洪水保険の契約動向
22000年代以降、支払給付額の年ごとの変動が大きい
支払契約数、支払給付額を見ると、2000年代以降、年ごとの変動が大きい。これは、近年、洪水被害が多発した年と、あまり発生しなかった年があったことを表している。特に、2005年は、支払契約数、支払給付額が突出している。これは、8月に襲来したハリケーン・カトリーナによる甚大な被害に伴って、163億ドルもの巨額の給付支払が発生したことによる。
図表2. 洪水保険の支払動向
32000年以降、数年間隔で巨大なハリケーンが襲来している
2005年のハリケーン・カトリーナ以後も、数年間隔でハリケーンが襲来し、大きな損害をもたらしている。その結果、数年ごとに、数十億ドルの洪水保険金の支払いに至っている。
図表3. アメリカを襲った洪水被害  [2016年までに発生した被害で、20億ドル以上の支払給付額に至ったもの]
なお、2017年は、8月にハリケーン・ハービー、9月にハリケーン・イルマが襲来した。その結果、1月~9月までで、13万件を超える支払いが発生しており、大きな給付支払いとなる見込みである。
42005年以降、国庫借入れが増し、財政は逼迫している
単年の収支を見てみよう。2004年までは、毎年収支が均衡していた。2005年のハリケーン・カトリーナによる巨額の支払給付により、150億ドル超の赤字となった。その後、数年ごとに襲来した大型ハリケーンに伴う洪水被害により、2008年、2012年、2016年に赤字となっている。赤字額は、国庫からの借入で賄われ、黒字の年の収益で返金する仕組みとされている。しかし、近年、借入額は増えている。2017年9月には、NFIPは国庫から新たな借入れを行った。その結果、国庫借入の残高は、過去最大の304.25億ドルに達しており、財政は逼迫した状態に陥っている5
図表4. 洪水保険の単年収支動向 (正値は黒字、負値は赤字および借入額)
 
5 CRS INSIGHT (National Flood Insurance Program Borrowing Authority, September 22, 2017)(IN10784) による。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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