2017年12月08日

地域医療構想を3つのキーワードで読み解く(4)-日常的な医療ニーズをカバーするプライマリ・ケアの重要性

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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4――都道府県に期待される対応

表2:かかりつけ医または総合診療医に関する言及 1|地域医療構想におけるプライマリ・ケアの言及
では、こうした制約がある中で、各都道府県は地域医療構想の策定に際して、どのように対応しただろうか。第1回で見た通り、かかりつけ医または総合診療医に言及したのは37都道府県に及んだ。その抜粋は表2の通りである。

少し事例を取り上げると、千葉県は日常的なニーズに対応する役割として、かかりつけ医に期待しているほか、福井県は医療機関の機能分担に向けた役割、長野県は大病院への患者集中の防止役に期待しており、ゲートキーパー的な機能に言及している。さらに、恒常的な医師不足が課題となっている青森県は過疎地での医療サービス充実に向けて、総合診療医に言及している。

こうした書きぶりを総合すると、(a)患者が病状に応じて適切な医療機関を選べるようにする支援、(b)疾病管理や生活習慣病対策を含めた予防医療、(c)在宅医療の充実、(d)病院・診療所連携、(e)医療・介護連携、(f)過疎地医療―などに整理可能であり、いずれも住民にとって身近な日常生活をカバーする医療が想定されている。

これらの記述については、第1回でも述べた通り、地域医療構想が「病床数ありき」の議論に傾きがちな中、切れ目のない提供体制の構築に向けた都道府県の積極的な姿勢と受け止めてよいだろう。
2|高知県の事例
この観点で最も積極的なのは高知県である。高知県は人口比で見た病床数が日本で一番多く、中でも療養病床の多さが突出しているが、慢性期の削減は在宅医療だけでなく、日常生活に近い医療提供体制の整備が求められる。
図3:高知県の「サブ区域」のイメージ そこで、高知県の地域医療構想は安芸、中央、高幡、幡多の4つの構想区域のうち、最も人口が多い中央区域の下に、4つの「サブ区域」を保健所ごとに設定し、保健所を拠点に市町村や関係者と連携しつつ、かかりつけ医機能や福祉・介護との連携、リハビリテーション、退院調整などの「日常的な医療」の強化を図るとしている。そのイメージは図3の通りである。

こうした取り組みは緒に就いたばかりであり、今後は地元医師会と連携した在宅医療の普及や住民向けの説明会の開催、退院調整や連携パスのガイドライン作成、多職種連携に向けた研修会の開催、福祉・介護行政を担う市町村との連携、プライマリ・ケアの能力を持った総合診療医の育成・配置といった施策が求められるが、「病床数ありき」で進みがちな地域医療構想の欠点をカバーする取り組みと言える。
 

5――おわりに

5――おわりに

以上、イギリスの事例を用いつつ、プライマリ・ケアという視点で地域医療構想を巡る論点を考察してきた。第1回で述べた通り、地域医療構想は表向き「病床削減による医療費適正化」という目的が否定されているが、財務省を中心に病床削減の議論が先行しがちである。

しかし、患者にとっての医療は入院医療に限らないし、人々の暮らしの場である地域は「病床削減後の受け皿」ではない。地域医療構想は病床という部分最適を議論することを通じて、提供体制という全体を変えようとする欠点を持っている。もちろん、待ち時間が長いなどイギリスの医療制度にも欠点があるが、住民にとっての医療の「入口」であるプライマリ・ケアを制度化している視点は参考になる。

実は、プライマリ・ケアの重要性は以前から指摘されており、医療圏という考え方を初めて論じた書籍では、「医療提供の大きな問題は住民と医療提供側の『最初の接触』」という文言が見られる18。さらに、医療計画制度がスタートした直後の論文では、医療計画制度が2次医療圏の設定、病床過剰地域における病床規制という「必要的記載事項」と、それ以外の「任意的記載事項」の2つで構成している点を指摘した上で、「病床総数を規制する部分的な手直しによって全体としてシステムがどうなっていくかを考察しなければならない。プライマリ・ケアに関する明確なビジョンと推進の環境を整備することこそ医療計画の課題」 と論じている19。むしろ、医療計画制度を単なる病床規制の手段にとどめてきたことが問題であり、この課題は医療計画の一部として策定された地域医療構想も引きずっている。

こうした観点に立つと、構想区域の内部に「サブ区域」を設定することで、住民の日常生活に身近なプライマリ・ケアから提供体制を構築しようとする高知県の取り組みは重要であり、他の地域も参考にできる普遍性を持っているのではないだろうか。
 
18 倉田正一・林喜男(1977)『地域医療計画』篠原出版社p203。
19 郡司篤晃(1991)「地域福祉と医療計画」『季刊社会保障研究』Vol.26 No.4。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2017年12月08日「基礎研レポート」)

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