2017年11月29日

教育無償化について考える(2)-0~2歳児は待機児童解消が最優先、供給側と需要側の認識ギャップを解消し「隠れ待機児童」の把握を

生活研究部 上席研究員 久我 尚子

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1――はじめに~0-2歳児は低所得世帯のみ無償化の方針、年間予算約100億円

前稿では、3~5歳児の就園状況を捉え、教育無償化について考えた。3~5歳児では既に9割以上が幼稚園か保育園に通っており、無償化による新たな需要喚起は期待しにくい。教育費の無償化よりも「質」を向上させることが妥当だろう。また、そもそも限られた予算の有効活用を考えれば、緊急度の高い待機児童の解消に充てるべきだ。なお、現在の利用者負担額から3~5歳児の教育無償化にかかるコストを試算したところ、報道されている政府予算で(年間約8千億円)実現し得るようだ。ただし、今後、保育園児の増加でコストは増える前提で制度設計すべきだ。

本稿では、0~2歳児の教育無償化について考える。まず、0~2歳児の保育園利用状況を捉える。低年齢児は待機児童の大半を占めるため、政府の待機児童解消計画を改めて確認し、その妥当性も考えたい。そして、0~2歳児の教育無償化にかかるコストを試算する。報道によれば、0~2歳児の無償化は世帯年収260万円未満(市町村民税非課税世帯)に限定すれば年間約100億円1、年収制限なしで約4,400億円必要2とのことで、現在、住民税非課税の低所得世帯のみを対象に検討されている3
 
1 「幼児教育無償化200万人増 政府2兆円枠組み固める」(2017/11/9 日本経済新聞社朝刊1面)
2 「幼児教育・保育の無償化、公費1.2兆円必要、こども保険で内閣府が試算。」(2017/04/25 日本経済新聞朝刊4面)他
3 「教育無償化を問う(中)予算の優先順位は 待機児童解消こそ先決」(2017/11/22 日本経済新聞朝刊1面)他
 

2――0~2歳児の保育園利用状況

2――0~2歳児の保育園利用状況~待機児童の約9割が低年齢児、「隠れ待機児童」で解消困難か

1|保育園利用と待機児童の状況~低年齢児の保育園利用率は15年で2倍超、待機児童の約9割

0~2歳児の保育園利用率(認可保育所等)は上昇傾向にあり、2017年では1・2歳児は45.7%、0歳児は14.7%を占める(図表1)。低年齢児の保育園利用率は、この15年で2倍以上に膨らんでおり、特に2013年頃からの上昇幅が大きい。「女性の活躍促進」政策や人手不足を背景に、働く母親が増えた様子が窺える。

保育園ニーズの高まりに伴い、都市部では待機児童問題が深刻化している。2014年までは、保育所の新設等も進んだことで、待機児童数は順調に減少していた(図表2)。しかし、待機児童数は2015年から増加に転じている。待機児童の年齢内訳は、0~2歳児の占める割合が以前から8割程度を占めて多かったが、その割合は徐々に増え、2017年では実に86.9%を占める。
図表1 0~2歳児の保育園利用率の推移/図表2 保育園待機児童年齢別内訳及び待機児童数の推移
2政府の待機児童解消計画~1・2歳児を中心に32万人分の受け皿増で2020年度までには解消予定

政府は「子育て安心プラン(2017年6月22日)」にて、待機児童解消に向けた計画をまとめている。2018年度から2019年度の2年間で、待機児童解消に必要と見られる22万人分の予算を確保し、遅くとも2020年度末までに待機児童を解消する(図表3)。特に1・2歳児の待機児童解消を強く推進し、年間5.1万人の受け皿を整備する(全体の約半分)4。具体的には、幼稚園での受け入れ拡大や小規模保育5・家庭的保育6の普及、企業主導型保育の推進をはかる。さらに、女性の就業率が上がり「M字カーブ」が解消されると、加えて10万人分の受け皿が必要と見て、2018年度から2022年度末までの5年間で32万人分の保育の受け皿を整備する計画だ。なお、9月25日の経済財政諮問会議で首相が言及したように、現在、計画の前倒しが検討されている(2020年度末までに32万人の受け皿整備)。
図表3 「子育て安心プラン(2017年6月22日)」における待機児童解消計画
 
4 2013年度から2017年度末までの5年間の「待機児童解消加速化プラン」での1・2歳児の受け皿整備量は年間4.2万人。
5 2015年4月開始の「子ども・子育て支援新制度」にて、市町村の認可事業(地域型保育事業)の1つとして新たに作られた事業。0~2歳児を対象に定員6~19人の比較的小さな施設で、規模の特性を生かしたきめ細かな保育を実施。
6 2010年より児童福祉法に位置づけられた保育事業で、2015年施行の「子ども・子育て支援新制度」の地域型保育事業の1つ。市区町村から認可を受けた保育者が居宅等で行う小規模の異年齢の保育事業。
3政府計画と民間推計の乖離~女性の就業率目標から逆算すると約4倍の保育の受け皿が必要

一方で、政府の女性の就業率目標から、必要な保育の受け皿整備量を逆算すると、政府計画の約4倍の受け皿が必要との民間推計7がある。同推計によると、2020年の女性の就業率目標(25~44歳:77%)を達成するためには、2017年度末までに政府が整備予定の保育の受け皿に加えて、88.6万人分必要だ8。なお、これは2020年についてであり、女性の就業率目標がさらに上がる2022年(25~44歳:80%)では、必要な保育量はさらに増える可能性がある。

政府計画とこの民間推計に乖離がある理由は、政府計画では、政府が把握している現状の保育需要を基に、女性の就業率上昇を考慮して試算している一方、民間推計では女性の就業率を基に、全ての必要な保育量を推計しており、いわゆる「隠れ待機児童」なども含まれるためと考える。
 
7 株式会社野村総合研究所「政府の女性就業率目標を達成するためにはどの程度の保育の受け皿が必要か」2020年までに新たに整備が必要な保育の受け皿は88.6万人分~すぐにでも利用したいのに利用できていない児童は31.3万人~」、NRIメディアフォーラム(第253回 2017/5/29)
8 2020年の女性の就業率について、育児をしている女性のみを引き上げることを仮定しており、保育量が多くなる可能性があるが、政策の方向性から妥当な仮定だろう。また、育児をしている女性としていない女性の比率を現在同様としているが、就労環境の整備が進み、育児をしている女性の比率が上がることで必要な保育量はさらに増える可能性がある。
4「隠れ待機児童」の存在~「隠れ待機児童」を加えると待機児童は2倍、供給側と需要側の認識ギャップ
図表4 待機児童の定義の変化 「隠れ待機児童」とは、認可保育所等に入れないにも関わらず、待機児童と認識されていない児童のことで、これまで、(1)保護者が育児休業中(認可保育所等に入れず育休を延長した場合も含む)、(2)特定施設のみを希望、(3)保護者が求職活動を休止中、(4)東京都認証保育所など自治体独自の財政支援を行う施設に入所しているケース(認可保育所等より高額で負担が大きくてもやむを得ず入所している場合も含む)が該当していた(図表4)。

しかし、厚生労働省は「実態を反映していない」との批判を受け、一部の定義を変更した。(1)は、自治体により扱いが異なっていたが、入所できた時に復職意向が確認できる場合は待機児童に含めるよう統一された。(2)も一部考慮されるようになったが、(3)や(1)は依然として待機児童に含まれない。「隠れ待機児童」数は約5万人にのぼり、いわゆる待機児童数の約2倍にもなる。

さらに、調査によると9、利用希望があるにも関わらず、最近の厳しい保育園利用状況から、そもそも申し込みをしていない家庭も多い(利用希望がかなわなかった層の4割)。その理由は「自分の条件ではどうせ無理」、「保育課に可能性が低いと言われた」などが多い。

政府計画と前述の民間推計の乖離、また、保育需要が供給を上回り、待機児童がなかなか解消しない現状には、供給側と需要側の認識ギャップがあるようだ。保育需要は保育所の整備によって新たに喚起されることもあり、正確に捉えることは困難だろう。しかし、需要側の要望と供給側の論理が明らかに合わない部分もある中(例えば(2)で兄弟姉妹が希望と異なり、自宅とは別方向の別々の保育所が割り当てられた場合も待機児童に含まれない等)、認識ギャップを解消せずに現状の数字を積み上げただけの計画では待機児童の解消は難しい
 
 
9 株式会社野村総合研究所「保育施設等の利用状況および利用意向に関する調査を実施~保育の充足に対する利用者側と供給側の認識に開きがあるかぎり、「待機児童問題」の終息は困難~」(2017/9/28)
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生活研究部   上席研究員

久我 尚子 (くが なおこ)

研究・専門分野
消費者行動、心理統計、マーケティング

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     2001年 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ入社
     2007年 独立行政法人日本学術振興会特別研究員(統計科学)採用
     2010年 ニッセイ基礎研究所 生活研究部門
     2021年7月より現職

    ・神奈川県「神奈川なでしこブランドアドバイザリー委員会」委員(2013年~2019年)
    ・内閣府「統計委員会」専門委員(2013年~2015年)
    ・総務省「速報性のある包括的な消費関連指標の在り方に関する研究会」委員(2016~2017年)
    ・東京都「東京都監理団体経営目標評価制度に係る評価委員会」委員(2017年~2021年)
    ・東京都「東京都立図書館協議会」委員(2019年~2023年)
    ・総務省「統計委員会」臨時委員(2019年~2023年)
    ・経済産業省「産業構造審議会」臨時委員(2022年~)
    ・総務省「統計委員会」委員(2023年~)

    【加入団体等】
     日本マーケティング・サイエンス学会、日本消費者行動研究学会、
     生命保険経営学会、日本行動計量学会、Psychometric Society

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