2017年11月28日

地域医療構想を3つのキーワードで読み解く(2)-「脱中央集権化」から考える合意形成の重要性

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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2|病床を巡る地域ごとの違い
現実的とは思えない理由の第2に、病床数が都道府県単位で大きく異なる点である。病床が「西高東低」の傾向であることは知られているが、人口1,000人当たりで見た病床数の差は図3の通りである。人口減少が進む高知県や佐賀県などの病床が多い反面、これから先に高齢化が進む首都圏の病床数は少ないことが分かる。地域医療構想に盛り込まれた病床のギャップを見ても、地域差が顕著である。例えば、341構想区域ごとに現状から2025年の必要病床数を差し引くと、261区域で余剰となり、三大都市圏に属する区域を中心に75区域が不足となった6。つまり、区域単位で見ても、余剰または不足の状況が異なるのである。

さらに、高度急性期、急性期、回復期、慢性期の各機能について余剰または不足するかを341区域ごとに整理すると、地域差が一層顕著になる。区域ごとに4つの各機能が余剰または不足するかどうかを分析7したのが表2である。この方法だと最大で16通り(その他を入れると17通り)になる計算だが、実際には9通り(その他を入れると10通り)のパターンが出現し、全国的に不足するとされている回復期さえ余剰となる地域が見られた。地域の特性に応じて提供体制を構築する上では、こうした地域差に考慮する必要がある。
図3:人口1,000人当たりの都道府県別病床数
表2:構想区域別の病床機能の余剰or不足分布
第3に、青森県の特殊事情を考慮する必要がある。青森県の場合、開設者別に見た医療機関のうち、25%を自治体病院が占めており、都道府県が議論を主導しやすい環境があった。青森県よりも公立病院の割合が小さい岐阜県や三重県、広島県、大分県も同様の手法を採用しており、関係者の意識など別の要因が働いた可能性があるが、青森県のような手法は決して一般的だったとは言えず、これを全国に「横展開」するのは無理がある。

こうした地域差を踏まえると、地域の現状や将来像、課題に差が大きく、具体的な進め方は関係者と協力・連携しつつ、都道府県が自ら考えていくしかないことになる。つまり、地域の課題は地域で解決する発想が求められる。
 
6 残りは±0の島根県隠岐区域、高度急性期を全県単位で比較した石川県4区域の計5区域。
7 この方法では、病床が1つでも上回ると「余剰」、1つでも下回ると「不足」と整理するため、その規模感を把握できない欠点があるが、各地域で事情が異なる中、一定のルールで大まかな傾向を理解できるメリットもある。
 

4――「脱中央集権化」の議論からの示唆

4――「脱中央集権化」の議論からの示唆

1|言葉の定義
ここで一つのヒントとなるのが脱中央集権化(decentralization)を巡る議論である。ヨーロッパの医療制度に関する資料を見ると、この言葉が頻繁に登場する。一例として、欧州各国のヘルスケア政策を紹介する「European Observatory on Health Systems and Policies」というウエブサイト8では、医療制度のパフォーマンスを評価する際の指標として「脱中央主権化」が盛り込まれており、ランスティングと呼ばれる広域自治体(日本の都道府県に対応)に医療政策の権限を移譲したスウェーデンなどの取り組みが紹介されている。

しかし、脱中央集権化の定義は多岐にわたる。脱中央集権化という言葉は(1)同じ政府組織内で現場に責任を委ねるdeconcentration(分散化)、(2)異なる行政機関に責任を委ねるdevolution(移譲)、(3)民間向け規制を緩和するderegulation(規制撤廃)、④民間にサービス提供を委ねるprivatization(民営化)―に類型化されている9

さらに、権限、財源、説明責任などに分ける議論があるため、全てが日本に該当するとは限らない上、医療制度の設計には歴史的な経緯や国民の意識が絡むため、海外の事例をダイレクトに「輸入」しても上手くいくとは思えない。
 
8 ウエブサイトは以下の通り。
http://www.euro.who.int/en/about-us/partners/observatory
9 脱中央集権化の定義はKrishna Regmi et al.(2014)“Decentralizing Health Services”Springer, Rondinelli A.Dennis et al.(1983)“Decentralization in Developing Countries”World Bank Staff Working Papers No.581などを参照。
2|脱中央集権化のメリット
だが、脱中央集権化を巡る論議で期待されていることは地域医療構想の推進に役立つ側面がある。一例として、脱集権化の目的を「政府の機能をより住民に近付け、コミュニティレベルの参加を促進すること」とした上で、(1)合理的で統合されたヘルスケアサービスの提供が可能になる、(2)コミュニティの構成員が自らの健康管理に参加できるようになり、健康ニーズや地域の健康課題に対応した健康計画が可能になる、(3)政府や非政府組織、民間組織の活動が密接に統合できるようになる、(4)地域の行政課題に関する中央の統制が排除され、健康に関する事業の立案が可能になる、(5)地方自治体の活動について、ヘルスケアとは別の関係者とセクションを超えた協力が可能になる―といった点が挙げられている10

別の文献では脱中央集権化のメリットとして、(1)スタッフが住民と近い関係を持ち、地域の組織による支援調整に関わることを通じて、士気は上がる、(2)住民参加を担保した意思決定が住民の意識を高め、政治的な課題に対する知識や行動を拡大する手段になる、(3)政策決定プロセスに関する最適な資源分配をもたらす―などを挙げつつ、「住民と現場の専門職が加わることで、政策決定プロセスは新たな気付きを生み出したり、現場職員の意識を高めたりすることにつながり、説明責任と応答性が高まることを期待できる」と指摘している10

つまり、脱中央集権化を通じて、地域の特性に応じたコンパクトな制度を整備できるようになるため、そのメリットとしてケアの統合やヘルスケア領域以外の部門を超えた連携、住民など幅広い関係者の参加が可能になる点が挙がっている。

以下、(1)ケアの統合、(2)ヘルスケア領域を超えた部門間の連携、(3)住民を含めた幅広い関係者の参加―に議論を絞って、地域医療構想への応用を試みる。
 
10 Anne Mills(1990)”Health System Decentralization”World Bank,p28,142。
11 Richard B. Saltman et al(2007)“Decentralization in Health Care Systems”pp66-67。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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