2017年11月21日

診療報酬の審査-医療の適正性はどのように確保されているのか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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4――医療機関等や医師等に対する指導・監査

続いて、医療機関等や医師等(医師、歯科医師、薬剤師)に対する指導・監査を見ていこう。まず、指導では、あらかじめ抽出した患者のレセプトと、その患者の医療記録との照合・点検が行われる。その中で、医師等に対して、その患者の病態の説明と記録の確認が、面接懇談を通じて行われる。また、併せて、事務職員に対して、医師等の保険資格や、看護師の勤務記録等の確認も行われる。

その結果、請求内容が不適切であると判断された場合、その患者に対する医療費の返還が命じられる。この場合、返還されるのは、請求内容が不適切であると判断された患者のものだけにとどまらない。過去半年から1年間に渡って、同様に請求を行ったケースについて、医療機関側で自主点検をして、不適切であると判明したものは全て、医療費返還の対象となる。

指導の過程で、医療機関等や医師等が、悪質な医療費給付請求を行っていたと判断されると、指導から監査に切り替わる。この場合、医療機関に対する保険診療の停止や、保険医の指定の取り消しといった処分が下されることもある。保険医療機関や保険医は、保険資格を失うと、5年間に渡り、事実上、診療行為を行えないこととなる。

2015年には、37の医療機関等、26人の保険医等が、取消もしくは取消相当となっている。このように、実際に、取消となった医療機関や医師等の数は、多くはない。しかし、医療費の悪質な給付請求に対して、一定の牽制効果を与えているものと考えられる。
図表4. 医療機関等に対する指導・監査・取消件数の推移
図表5. 医師等の指導・監査・取消人数の推移

5――これからの支払審査

5――これからの支払審査

医療の効率化とともに、審査についても効率化の動きがある。これまで、レセプトの電子化が進められてきた。2017年3月の診療分で、電子レセプトの普及状況は、件数ベースで98.1%、医療施設数ベースで92.9%に達している7。従来からの目視による確認に、コンピュータチェックを加えることで、効率的な審査事務が遂行されつつある。支払基金の当初査定では、コンピュータチェックを契機として査定に至った割合は、2016年度には全査定中の57.3%(金額ベース)となっている。ただし、支払基金が2011年に公表した「支払基金サービス向上計画(平成23~27年度)」では、この割合を、2015年度中に7割程度に増やすことを目指すとしていたが、その水準には達していない8
図表6. 査定に至る契機の推移 (金額ベース)
厚生労働省の「データヘルス時代の質の高い医療の実現に向けた有識者検討会」は、2016年4月から議論を行い、2017年1月に報告書を公表した。そこでは、審査支払機関における審査業務の効率化・審査基準の統一化が論じられた。新たなシステムの基本設計として、コンピュータチェックを医療機関等において行う仕組み、コンピュータチェックに適したレセプト形式の見直し、審査プロセス全体のオンライン化などが提言されている。また、審査の地域間差異や、支払基金と国保連の差異の見える化を進めて、審査基準の統一化を図るとしている。

現在、様々な分野で導入が模索されている人工知能(AI)を、レセプトの審査業務にも活用して、コンピュータチェックによる効率的な審査を進めることは、重要な鍵と言える。しかし、コンピュータだけに頼って、人の眼を一切介さずに、審査業務を進めれば、例えば、AI審査をパスするためのAIが開発されてペーパーコンプライアンスが横行する、等の懸念もある。人間の経験や感性と、AIのデータ処理・分析技術を、バランスよく組み合わせて、審査の実効性を高めることが必要となろう9
 
7 「電子レセプト請求の電子化普及状況等(平成29年3月診療分)について」(厚生労働省)より。
8 これに関して、支払基金が2014年に公表した「『支払基金サービス向上計画』の第4次フォローアップ(平成26年度)」では、「支払基金サービス向上計画では、医科電子レセプトの原審査査定点数に占めるコンピュータチェックの寄与割合を平成27 年度には7 割程度としているところであるが、単に同割合の向上を目指すのではなく、コンピュータチェック全体の効率化等を考えながら、目標に向けて努力していくこととしている。」と記載されている。
9 なお、電子レセプトデータは、審査業務のみならず、健康診断などと組み合わせて、予防医療の推進に用いることも試みられている。電子レセプトや、健康診断等のデータを活用するデータヘルスは、病気になってから、診療を開始するという従来型の医療から、病気になる前に健康増進等の予防に努めるという新時代型の医療を推進するための、鍵となる。
 

6――おわりに (私見)

6――おわりに (私見)

診療報酬制度は、社会保障財政の確立と、サービス品質確保の両面で、日本の医療の根幹を支えている。その利害関係者は、医療機関・医療関係者や、保険者、患者にとどまらず、最終的には国民全体に及んでいる。この制度を適切に運営するために、審査支払機関による、レセプトの審査、医療機関に対する指導、監査の強化は、欠かせないものとなっている。AIによる電子レセプトのチェックを上手に活用しながら、効率的な審査を進めていくことが、今後の審査支払に求められることとなろう。

併せて、個々の医療機関等への牽制機能としての審査にとどまらずに、国レベルでの医療の効率化や、健康増進等を進める上で、審査業務で得られた知見を活用していく動きも求められてこよう。

診療報酬制度の運用や、制度見直しの動向には、今後も引き続き、注意が必要と考えられる。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2017年11月21日「基礎研レター」)

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