2017年11月16日

麻酔医療の現状-これからの麻酔医療は、誰に担ってもらうか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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2――手術麻酔の態勢

この章以降では、手術麻酔の態勢や、内容等を、概観することとしたい。説明が、専門的となるのを避けるため、できるだけ一般的な用語を用いる。(その分、医学的な正確性が損なわれる可能性があることを、読者には、ご理解いただきたい。)

1|手術麻酔は、究極のチーム医療
現代の医療は、1人の患者に複数の医療専門職が連携して、治療やケアに当たる、チーム医療で行われることが一般的である。その中でも、手術は、外科・内科・麻酔科等の医師、歯科医師のみならず、理学療法士・臨床工学技士・手洗い看護師、外回り看護師などから成るチームによる、チーム医療として行われる。手術麻酔は、手術の前提を成すもので、究極のチーム医療とされている。そこでは、安全管理を徹底することが求められる。

手術室は、術野と非術野に分かれる。術野とは、手術を行う、目で見える部分を言う。術野では、執刀・摘出などの手術を外科医が行い、これを、手洗い看護師が器械出しによってサポートする。これに対して、非術野では、麻酔科医による麻酔管理を中心として、外回り看護師や、臨床工学技士が、患者の状態の安定を図るべく、麻酔導入の介助や、麻酔器の管理などを行う。
図表8. 術野と非術野
医療のうち、麻酔、救急、集中治療は、クリティカルケアと呼ばれる。クリティカルケアでは、常に、患者の容態が急変する可能性がある。そこで、医療専門職が、力を合わせて急変対応を行う必要がある。そのため、医療専門職間のコミュニケーション(報告・連絡・相談)が、欠かせないものとなる。

2|周術期管理チームでは、多くの医療職が連携して手術・麻酔医療を行う
術中は、術野・非術野で、外科医・麻酔科医を中心に、手術が行われる。術前、術後には、患者の病状に応じて、多くの医療職が連携して医療を行う。これは、周術期管理チームと呼ばれる。
図表9. 周術期管理チーム (例)
なお、手術当日に、麻酔や手術の準備が整った後に、患者が手術室に入室する前に、術野・非術野の医療スタッフ全員が、一斉に手を止めて、ミーティングを行う。メンバーの自己紹介や、患者氏名、手術部位(左右の臓器がある場合、どちらの手術か等)、手術内容などが確認される。これは、タイムアウトと呼ばれ、人的ミスを防ぐための安全対策として、世界保健機関(WHO)で定められている。
 
7 錯覚や幻覚が多く、軽度の意識障害を伴う状態。アルコールやモルヒネの中毒、脳の疾患、高熱状態、全身衰弱、老齢などに見られる。(「広辞苑 第六版」(岩波書店)より)


(参考) 周術期管理チーム認定制度
医師のみならず、近年、周術期の医療スタッフ育成の強化が図られている。2014年には、看護師について、周術期管理チーム認定看護師制度が開始された。背景には、より安全な麻酔管理のために、麻酔科医の診療内容を十分に理解できる医療スタッフ、つまり専属看護師の存在が不可欠であるとの考え方がある。2016年には薬剤師、2017年には臨床工学技士についても、同様の認定制度が開始されている。これらを通じて、麻酔科診療の質の向上を図ることとされている8
 
8 「周術期管理チーム認定制度 設立背景」(日本麻酔科学会ホームページ)をもとに、筆者がまとめた。なお、同学会は、周術期管理チーム認定看護師は、一部の医行為を特別の教育を受けた看護師に委ねようとする「特定看護師」の機能とは全く相容れないことは明白である、としている。
 

3――全身麻酔と局所麻酔

3――全身麻酔と局所麻酔

麻酔を、種類別に分けてみよう。麻酔は、全身麻酔と局所麻酔に大別される。

1|麻酔は、患者の意識消失の有無により、全身麻酔と局所麻酔に大別される
麻酔には、全身麻酔と、局所麻酔がある。全身麻酔は、全身的に薬剤を作用させ、患者の意識を消失させる。一方、局所麻酔は、患者の意識は保ったまま、薬剤により、部分的に鎮痛を得る。局所麻酔の例として、神経の中枢側に作用する脊髄くも膜下麻酔、硬膜外麻酔、神経叢(しんけいそう)麻酔9、神経麻酔、侵襲10部位に作用する局所浸潤麻酔や、表面麻酔がある11
図表10. 麻酔の種類
 
9 脊椎動物で、神経の分岐・吻合によって形成される網目状の構造。神経集網。神経網。(「広辞苑 第六版」(岩波書店)より)
10 医学で、生体の内部環境の恒常性を乱す可能性がある刺激全般をいう。投薬・注射・手術などの医療行為や、外傷・骨折・感染症などが含まれる。
11 用いられる麻酔の種類は、手術内容や患者によって異なる。患者によって異なるケースとして、例えば、成人の一般的な虫歯などの歯科治療では、局所浸潤麻酔や表面麻酔が行われるが、幼児や障がいのある患者の場合、じっとしていられない恐れがあるため、全身麻酔が行われることがある。


2|全身麻酔は増加している
全身麻酔では、「鎮痛」(知覚消失)、「鎮静」(意識消失)、「筋弛緩」(体動抑制)の3要素を満たすことが求められる。そして、これに、手術侵襲による自律神経系の有害反射12の防止を意味する、「有害な自律神経反射の抑制」を加えたものが、全身麻酔の4条件とされる。

全身麻酔は、手術や検査を安全に行うために、患者の意識と知覚を消失させ、呼吸と循環を犠牲にする。即ち、全身麻酔中は、気道確保の上で、人工呼吸により呼吸を維持し、昇圧薬、輸液剤により、血圧をコントロールすることが不可欠となる。

全身麻酔は、患者の気道確保、人工呼吸、循環管理を要する点で、救急医療における救急蘇生と通じる部分がある。一般に、救急医療においては、時間の経過により、傷病者の病状が急激に変化し、救命や後遺障害の有無に影響を及ぼす可能性があることを踏まえておく必要がある。重篤な傷病における時間経過と、死亡率の関係を表す、「カーラーの救命曲線」が、よく知られている。それによると、心臓が停止してから3分間、呼吸が止まってから10分間、多量出血が続いて30分間放置されると、それぞれ、死亡率は50%に達する、とされる。

全身麻酔においても、麻酔中の患者の状態について、常時、モニタリングが必要となる。そして、患者の急変時には、適切な対応が求められる。
図表11. カーラーの救命曲線
ここで、全身麻酔の実施動向を見てみよう。最近20年あまりの間、全身麻酔の実施件数は、年々増加している。2014年には、1ヵ月に23.5万件の全身麻酔が実施された。これを麻酔科医1人あたりの件数に直すと、1人の麻酔科医が、毎月27.2件、つまり、休日を除くと、ほぼ毎日1件の全身麻酔を行っている計算となる13。近年、麻酔科医1人あたりの件数は、毎月25~27件程度と、ほぼ横這いで推移している。今後も、同程度の1人あたりの件数を維持するためには、麻酔件数の増加に併せて、麻酔科医の人数を増やしていくことが必要となる。
図表12. 全身麻酔の実施状況 (9月の1ヵ月間の実施)
近年、手術の方法として、開腹手術だけではなく、腹腔鏡下手術が増加している。特に、65~74歳、75~84歳の高齢者層で、伸びが大きい。腹腔鏡下手術は、創が小さく、術後疼痛が少ないことから、早期の社会復帰が可能とされる。一方、麻酔方法については、通常、全身麻酔(または、全身麻酔と硬膜外麻酔の併用)とされる。即ち、麻酔に関しては、開腹手術と同様の負荷がかかるものと言える。
図表13.  腹腔鏡下手術の診療報酬点数推移 (各年の 6月審査分)
 
12 有害反射には、様々なものがある。例えば、目の手術の際、眼球を圧迫すると、徐脈(脈拍数が低下すること)、不整脈(脈拍のリズムが乱れて不規則になること)、心停止をきたすことがある。これは、眼球心臓反射と呼ばれる。
13 実際には、麻酔科医の不足のため、外科医が全身麻酔を行っているケースが、含まれていることが考えられる。


3|局所麻酔は、多くの用途で行われている
局所麻酔は、下半身、上肢・下肢の手術や、眼、耳、鼻などの感覚器の手術、歯科の手術など、幅広く行われている。また、手術だけではなく、ペインクリニックなどでは、薬剤の量を減らして注入する、神経ブロックなどの、鎮痛のための治療法が行われている。(局所麻酔のうち、脊髄くも膜下麻酔と、硬膜外麻酔については、第5章で概観する。)
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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