2017年11月02日

不動の日銀、次の見どころは?~金融市場の動き(11月号)

経済研究部 上席エコノミスト 上野 剛志

文字サイズ

1.トピック:不動の日銀、次の見どころは?

昨年9月に長短金利操作付き量的・質的金融緩和が導入されて以降、日銀金融政策は現状維持が続いている。景気が堅調に推移し、物価もプラス圏を維持するもとで日銀が現行政策を粘り強く継続するスタンスを示していることもあり、市場で日銀金融政策が大きく材料視されることも無くなった。ただし、今後1年程度を見据えた場合、注目点は数多く存在する。
物価上昇率見通しの比較 (物価上昇率は2%に向かうか?)
まず、金融政策の前提となる日本の物価上昇率が、日銀の見込み通り、2%に向けて順調に上昇していくのかという点については、2%からほど遠い状況が続きそうだ。日銀は10月の展望レポートにおいて17・18年度の物価上昇率見通しを下方修正する一方、19年度分は2%近辺に維持したが(結果、2%達成時期も19年度頃で据え置き)、各年度ともに民間予測機関などの一般的な見方と比べて明らかに高い。日銀は前向きな期待に働きかける狙いがあることや物価上昇のメカニズムを強く見る傾向があることなどから、これまでも当初は高い見通しを示し、実現性が乏しいことが明らかになるにつれて下方修正を繰り返すというパターンを続けてきた(表紙図表参照)。

今後も物価見通しを下方修正する可能性は高く、来年の7月か10月には達成時期も先送りせざるを得なくなりそうだ。
(政策目標の変更はあるか?)
日銀が物価目標達成の先送りを続けざるを得ないのは、そもそも2%という目標がわが国にとって高いことが影響している。目標を修正したり、複数化したりすることで実質的にハードルを下げれば、短期での達成も視野に入る。従って、その可能性はあるのかという点も注目されるが、現実的には難しいだろう。今更の目標変更は、日銀が「低い物価上昇率を許容した」、「緩和姿勢を後退させた」と見なされ、急激な円高・株安が進む可能性が高いためだ。そうなれば、再びデフレ圧力が高まることになる。
 
(金融緩和の強化はあるか?)
では、物価目標達成が見通せないなかで、日銀が目標達成に向けて緩和の強化(追加緩和や政策の枠組み変更)を行うかという点が次のポイントになるが、こちらも基本的にはなさそうだ。

既に緩和の余地が限られていることがその理由となる。量的緩和拡大のためには、買うものを探さなければならないが、国債は市中保有分の減少に伴って、現時点でもメドとする年間80兆円増のペースで買えていない。ETFも既に大規模(年6兆円増ペース)に買入れており、企業ガバナンスや日銀財務面での弊害が指摘されているため、さらに買入れペースを上げることは考えにくい。それ以外に日銀が買うべき大規模な資産は見当たらない。

また、政策金利の引き下げ(マイナス金利の引き下げor長期金利誘導目標の引き下げ)については、昨年の総括的な検証において、金利を下げすぎることの副作用を日銀自身が認めている(「長期や超長期の金利低下によって、保険や年金などの運用利回りの低下や退職給付債務の増加などの影響が出ており、経済活動に悪影響を及ぼす可能性には留意する必要がある」と指摘)ことから難しい。かといって、小幅に引き下げても効果は見込めない。

片岡委員が今回主張した15年国債利回りの引き下げについても、上記同様、総括的な検証の中で、日銀自身が金利を下げすぎることの副作用を認めていることに加え、「年限の長い金利の低下は効果が小さい」とも指摘していることから、支持が広がる可能性は低い。
 
残る手段としては、ヘリコプター・マネー(政府が永久国債を発行して日銀が買うなど)や外債購入といった劇薬に限られる。前者の場合は日銀の信認低下や過度な物価上昇、後者の場合は海外からの強烈な批判など様々な副作用が懸念されるだけに、実現のハードルは高い。
 
従って、日銀は、物価目標達成時期を先送りしても、「物価目標に向けたモメンタム(勢い)は維持されている」という理屈で、「追加緩和は不要」とのスタンスを続けそうだ。
(長期金利目標の引き上げ、ETF買入れ減額はあるか?)
むしろ、今後は金融緩和の縮小方向への変更、具体的には長期金利誘導目標の引き上げやETF買入れペースの減額が実施されるかどうかが注目される。政策面では、これが当面の最大の注目点になる。

長期金利誘導目標は、現在「ゼロ%程度」で据え置かれているが、今後は米利上げ継続に伴う金利上昇圧力が高まることが予想される。さらに、超低金利に伴う副作用(銀行収益の悪化など)への警戒も高まりつつある。物価上昇率も2%には全く届かないが、プラスで推移することが予想される。従って、来年には日銀が長期金利誘導目標を小幅に引き上げるとの観測もあり、動向が注目される。
 
筆者の予想としては、よほど急速な円安が進むか、銀行収益等への副作用が増大しない限り、明確な目標の引き上げは実施されないと見ている。誘導目標を引き上げることは「利上げ=金融引き締め」と見なされるリスクが高いためだ。その場合、市場で円高・株安が進むことでデフレ圧力が高まり、物価目標から遠のくことになりかねない。政府が2019年度に消費税率引き上げを予定するなか、直前の景気の逆風となりかねないという意味でも目標引き上げにはリスクがある。
長期金利誘導目標の見通し/日米長期金利と日銀の主な対応
ただし、長期金利誘導目標の許容レンジを引き上げるという展開は十分有り得る。「ゼロ%程度」という目標は、具体的に何%から何%までと明示されているわけではない。現在は上限0.1%と見なされているが、それは直近の指値オペが0.1%を超えたタイミングで実施されたことを市場がそのように解釈しているためだ。誘導目標を小幅に引き上げるよりは、金利上昇局面で指値オペを見送るなどして、市場に許容範囲の上限拡大を織り込ませる方法の方がより安全だ。0.2%~0.3%までの上限引き上げであれば、「ゼロ%程度」の範囲内としても説明がつくだろう。
日銀のETF保有残高と自己資本 ETF買入れ(現在は年6兆円増のペースで買入れ)も近い将来に減額される可能性があり、その動向が注目される。

黒田総裁は、ETF買入れ総額は「株式市場の時価総額の3%程度」に過ぎないと述べているが、むしろ気になるのは日銀財務への影響だ。現在のETF保有額は自己資本の2倍に到達している。国債とは違い、ETFには満期がないため、一度購入してしまうと市場への悪影響を抑えながら保有額を圧縮することが難しい。株価が順調に上昇しているなかでその必要性も薄れていると考えられ、近い将来、買入れペースの減額に向かう可能性は十分ある。

ETF買入れ減額の有無に加えて、減額の際の方法も注目されるが、単純な減額は株価への悪影響が危惧されるため、メドに格下げしたうえで「未達でも問題ない」というスタンスに変更する可能性が高い。
(日銀正副総裁人事はどうなるか?)
日銀の体制面も節目を迎えるだけに注目度が高い。黒田総裁(~2018.4.8)、岩田・中曽両副総裁(~2018.3.19)の任期終了が迫っており、来年1月から2月にかけて、次期執行部を決める人事が本格化する見通しだ(ちなみに、前回の政府人事案が国会に提出されたのは2013年2月28日)。

市場では、安倍首相の信認が厚い黒田総裁の再任が本命視されているが、現執行部メンバーの中曽副総裁や雨宮理事のほか、本田駐スイス大使、伊藤コロンビア大教授などの名前が有力候補として挙がっている。

いずれにせよ、先月の総選挙で自民党が大勝し、安倍首相の指導力が維持されたため、今後もアベノミクスを支えるべく、金融緩和に前向きな人物が選ばれることは規定路線となった。しかしながら、緩和スタンスの強弱や緩和策の理想形は人によって多少差がある。とりわけ、大方の予想に反して、現執行部メンバー以外から総裁が選ばれた場合は、現行政策の継続性に不透明感が発生することになる。
Xでシェアする Facebookでシェアする

経済研究部   上席エコノミスト

上野 剛志 (うえの つよし)

研究・専門分野
金融・為替、日本経済

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【不動の日銀、次の見どころは?~金融市場の動き(11月号)】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

不動の日銀、次の見どころは?~金融市場の動き(11月号)のレポート Topへ