2017年10月17日

ドイツの生命保険会社の状況(2)-BaFinの2016年Annual Report等より(ソルベンシーII制度下での報告(含むORSA))-

中村 亮一

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(1)常にカバーを提供
保険会社は常にソルベンシー資本要件(SCR)と最低資本要件(MCR)を適格自己資本でカバーするポジションにあることを保証する必要がある。したがって、保険監督法第27条に基づき、定期的に(少なくとも年1回)、そして、リスクプロファイルに重大な変更があった場合に、ORSAを実施する必要がある。

ソルベンシーIIのPillarIIのコンポーネントとして、ORSAはリスク管理制度の重要な要素である。その分析によって、会社がSCRを下回っていることが明らかになった場合、適切なタイミングでリスクプロファイルを適切に調整し及び/または適格自己資本を追加することによって、対策を講じなければならない。

したがって、ORSAの中心的な機能は、規制上の資本要件が常に満たされているかどうかを評価することである。同様に重要なのは、規制資本要件とは無関係に、経済的ベースでのソルベンシーニーズを将来を見越して決定することである。この決定は、会社の一般的な計画期間(通常3~5年)に基づいており、現在のリスクに加えて、長期的にしか明らかにならないリスクも考慮に入れている。ORSAはまた、ソルベンシーIIのPillarIに対する是正措置を表している。会社の実際のリスクプロファイルとSCR計算の基礎となる前提との差異を決定するために必要な差異分析は、SCRが全ての重要な定量化可能なリスクを適切にカバーしているかどうかを立証する目的に役立つ。これには、会社が既にさらされているリスクとさらされる可能性のあるリスクの両方が含まれる。リスクがある程度まで考慮されていない場合、監督当局は介入することができる。

(2)管理プロセスとの統合
ビジネス上の意思決定及び外部要因によって、リスクプロファイルに関連する変化が生じる可能性がある。結果として、ORSAの調査結果はビジネス戦略とリスク戦略にフィードバックされ、戦略的決定を行う際には継続的に考慮されることが意図されている。会社は、リスクプロファイル、したがって規制上の資本要件及びそれらの全体的なソルベンシーニーズに対する影響を、極めて重要な措置を取る前に評価しなければならない。特に、ORSAの調査結果は、事業計画及び資本管理ならびに商品開発に組み込まれる必要がある。このようにORSAのプロセスと報告は、長期的なビジネス管理に貢献する。

したがって、ORSAの中心的責任は経営陣にあり、個々の取締役に委任されたり、完全に委員会に移管されることはない。BaFinは、経営幹部の全てのメンバーが、リスクプロファイルとその結果生じる資本の必要性を完全に理解していることを期待している。SCR計算の一般的な理解も要件である。これに基づいて、経営陣はORSAプロセスを積極的に制御し、会社のリスクと資本の必要性について話し合い、ORSAの調査結果と結論をBaFinに報告しなければならない。

(3)監督実務
ORSAの重要性を考慮して、BaFinは準備段階においても特にその実施に細心の注意を払った。しかし、ORSAの取扱に関する限り、ソルベンシーIIの適用初年度から様々なピクチャーが出てきている。いくつかの会社については、大きな課題がある。比例原則にしたがって、全ての保険会社は、適切な個別のORSAプロセスを確立し、対応するORSA報告書を作成する必要がある。一定の最小要件は、比較的容易にORSAに反映することができる。これには、例えば、ストレステストやシナリオ分析の実行、SCR計算の精査などが含まれる。そのような要件が適切に満たされているかどうかの評価も簡単だ。

他方、会社がORSAの基本原則の2つ、すなわち、複数年次の視点と、それに関連して、企業経営へのORSAの使用を実践することは、かなり多大な労力を要するものである。

(4)複数年次的視点
保険会社におけるORSAの責任者は、必要とされる複数年次の視点について懐疑的な見解を示すことがある。将来の見通しに関する評価は資源と結びつき、予測は常に不確実性の対象となる。これらの予測の評価と、知識のある第三者が理解できるような詳しい文書化の準備は、課題になる。さらなる要素は、見積もりが間違っていると後で批判される可能性のある責任者の側の懸念である可能性が高い。BaFinは、将来のリスク負担能力の評価の妥当性とそれから得られる戦略的決定の基礎を形成する会社の結論に慎重に注意を払っている。

(5)会社経営への使用
ORSAは、BaFinによって課せられる回避できない義務であることを意図するものではなく、上記のように会社経営のために使用する必要がある。会社は、適切なORSAプロセスの実施に引き続き取り組んでおり、ソルベンシーIの下で確立したリスク管理手順をORSAと統合している。ORSA調査結果を会社内の関連部門に伝達することで、経営上の重要な決定に考慮することができるようになった。

戦略的決定に備えて同じことがORSAのパフォーマンスにも適用される。この種のアドホックORSAは、少なくとも、会社のリスクプロファイルに重大な影響を及ぼし、長期的なリスク負担能力に影響を及ぼすことが予想される場合、例えば、意図されるポートフォリオの移転に先立って実施されなければならない。同時に、会社自身のORSAガイドラインにおけるアドホックORSAの必要性のトリガーとなる十分特殊な事象の定義は、時にはORSAを実施する際に望まれる自由度と矛盾することがあるかもしれない。

(6)見通し
ORSAは、現在及び将来のリスク及び関連する資本要件の包括的な概観を、取締役及び監督当局に提供するために不可欠な手段である。ORSAの調査結果は、戦略的経営判断の基礎としてますます使用されている。BaFinは、ORSAをさらに発展させる目的で、保険会社との対話を継続する。
|各社が提出したORSA報告書に対するBaFinの意見
BaFinは9月のBaFin Journal7において、「ORSAの分析:品質は向上したが弱点も明らかだ」を掲載している。さらに、その後10月4日にWebサイトで英語版「BaFin analysis: quality improved but weak spots still evident」を公表8している。

これらの報告書によると、「ORSAの報告は、全体的に良い方向に向かっており、多くの保険会社は、市場リスク、デフォルトリスク、保険引受リスク等主要なリスクを集中的かつ細かく取り扱っている。オペレーショナルリスクの評価もまた、初期報告と比較して改善されている。」と評価している。

一方で、弱点も見受けられるとして、以下の9つの項目を挙げている。

(1) 情報の深さ
(2) データの適時性
(3) アドホックORSA報告書
(4) 全体的なソルベンシーニーズの評価
(5) 規制資本要件と技術的準備金の要件
(6) マネジメントの役割
(7) リスク評価の範囲
(8) ストレステストの品質
(9) SCR前提からのリスクプロファイルの逸脱の評価

それぞれの項目についての概要は、以下の通りである。

(1) 情報の深さ
ORSA報告書には、提示された数値及び結論が基礎としている前提、方法、計算及び合理性が示されておらず、BaFinは将来の報告書がより多くのバックグラウンド情報を含むことを期待している。

(2) データの適時性 
多くの会社は前会計年度の年次財務諸表からのデータに依存しているが、BaFinは、使用されるデータの期限を制限する要件を設定することを検討している。

(3) アドホックORSA報告書
リスクプロファイルの大幅な変更に起因して会社によって作成されるアドホックなORSA報告書がわずかしか報告されていないが、会社は、アドホックORSAを実施している限り、いつもその結果を報告しなければならない。

(4) 全体的なソルベンシーニーズの評価
全体的なソルベンシーニーズを評価する際に、会社は、ソルベンシー指令やソルベンシーII委任法に規定されている経済的評価概念から逸脱する可能性があるが、その場合には、逸脱の合理的な正当化を提供しなければならない。

多くの会社のORSA報告書は、全体的なソルベンシーニーズを評価する際に使用した信頼度または安心度のレベルを明記しておらず、レピュテーション及び戦略リスクのような、標準式を使用して定量化できないためにSCR計算において考慮されない追加的な重大なリスクに対する潜在的な資本要件の評価を行っていない。

殆どの保険会社は、必要とされる中期的な期間を検討し、その半数は5年の見通しに基づいているが、ORSA報告書では3年未満の予測しか提供していない会社もある。

(5) 規制資本要件と技術的準備金の要件
将来の数年間にわたるSCRやMCRや自己資本の想定値の予測に関して、ただ単に結果数値を報告するだけでなく、BaFinは、予測の基礎となる内部と外部の条件についての前提や数値がいかに得られるのかについての詳細に関する情報、目標カバレッジ率の水準や会社が特定した水準のモチベーションについての情報を期待している。

技術的準備金の要件の遵守の問題に対しては、要件遵守に関する潜在的な将来の問題や要件遵守のアクチュアリアル・ファンクションの評価等に関して、より詳細な情報を期待している。

ボラティリティ調整やマッチング調整などの長期保証(LTG)措置や技術的準備金やリスクフリー金利の移行措置を適用する会社は、規制資本要件への継続的な遵守や技術的準備金の要件を評価する時に、これらの措置を適用した場合と適用しない場合の両方の評価を行うが、ただ単に中期的な定量的影響を記載するだけでなく、その特定された影響が意味するところ、そしてこれからどのような結論を導き出したのかについて検討して、報告しなければならない。

会社が長期的なリスク負担能力を維持することに問題があるかどうかを決定して、難点を特定した場合は、ORSA報告書は、原因、影響及び解決策とそれらの正当化の詳細を提供しなければならない。

(6) マネジメントの役割
BaFinは、ORSA報告書において、経営陣の戦略的決定における経営陣の貢献やORSA結果がどのように引き出されたのか、さらにどの潜在的な戦略的決定がORSAにおいて検討されたのか、結果がどうだったのか、についてのより詳細な情報を期待している。

(7) リスク評価の範囲
特段の記述は無い。

(8) ストレステストの品質
BaFinは、どのシナリオがどのような理由で選択されたのか、ストレステストの結果が正確にどのようなものだったのかについて等、保険会社によって実施されたストレステストに関するより詳細な情報を含むことを期待している。

(9) SCR前提からのリスクプロファイルの逸脱の評価
SCRの計算の基礎となる前提のそれぞれのリスクプロファイルからの逸脱の重要性を評価するために、多くの会社は、過小や過大に評価されたリスクの「相殺」を行っているが、これが可能となる条件がどの程度満たされたのかをORSA報告書に記載しなければならない。
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中村 亮一

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