2017年10月16日

金融政策の超長期国債金利への影響について考える-金融政策による超長期国債金利の押し下げ効果の測定

金融研究部 金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任 福本 勇樹

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2日本国債金利(20年物)と日本国債金利(10年物)のスプレッドの押し下げ効果
日本国債金利(20年物)と日本国債金利(10年物)のスプレッド推移について、先の重回帰モデルに基づいて要因分解を行った結果が図表3である。長期的に見ると、米国債金利のスプレッドの縮小や実質GDP成長率予想の低下がスプレッドの縮小方向に寄与していた。また、金融政策の観点に注目すると、日銀の国債買入とYCCはスプレッド拡大方向に寄与していたが、マイナス金利政策とオーバーシュート型コミットメントの導入はスプレッドの縮小方向に寄与していたことが分かる。

次に、これまでの日本銀行の金融政策によって日本国債金利(20年物)と日本国債金利(10年物)のスプレッドがどの程度押し下げられていたのか、その効果に着目する。日本銀行の国債保有比率がゼロ、物価の安定目標もマイナス金利政策もYCCも導入されていない(D1=1、 D2=D3=D4=0)状況を「日本銀行による金融政策がなかった場合」のスプレッドのモデル値と仮定する。このときの、金融政策がなかった場合のモデル値と元々のモデル値との差分を、本稿では「スプレッドの押し下げ効果」と呼ぶことにする。これは、図表3における「物価の安定目標要因」「日銀の国債買入要因」、「マイナス金利政策要因」、「YCC要因」の合計値となる(図表4)。
図表3:スプレッドの推移とその要因分解(2007年11月~2017年9月)
図表4:日本銀行の金融政策によるスプレッドの押し下げ効果
この分析に基づくと、包括緩和政策の期間(2010年10月末~2013年3月末)において、スプレッドはすでに0.296%押し上げられていた。これは主に日本銀行の残存1年以上7年未満における国債保有割合が残存7年超のものに比べて大きかったことが影響しており、その結果、スティープニング方向に寄与しスプレッドを拡大させていた。しかし、量的・質的金融緩和政策の導入後より、日本銀行の保有する国債のデュレーションが長期化していくのに伴って、徐々にスプレッドが縮小する方向に推移した。さらに、マイナス金利政策導入の効果も加わって、一時スプレッドは0.107%まで押し下げられた。その後のYCCとオーバーシュート型コミットメント導入時にマイナス金利政策による押し下げ効果をおおよそ回復したものの、物価の安定目標と連動するように環境が変化したことが縮小方向に寄与したことで、両者の効果はほとんど相殺されている。量的・質的金融緩和導入後から2017年9月末までの期間で0.241%押し下げられているが、その内訳は日本銀行の国債買入よる押し上げ効果の0.064%、物価の安定目標による押し下げ効果の0.333%、マイナス金利政策とYCCの組み合わせによる押し上げ効果の0.028%ということになる。包括緩和政策導入時の押し上げ効果との総和で0.055%の押し上げ効果に留まっており、当該スプレッドは金融政策なしのモデル値(0.5%程度)の周辺を推移している状況にある5
 
5 日本国債金利(30年物)と日本国債金利(10年物)のスプレッドでも同様の分析を行ったが、直近において金融政策なしのモデル値周辺を推移している状況は同じであった。よって、日本国債金利(30年物)についても押し下げ効果の大部分は日本国債金利(10年物)の押し下げ効果で説明される。
3金融政策による日本国債金利(20年物)の押し下げ効果
上記の分析結果をまとめると、2017年9月末時点で日本国債金利(20年物)は金融政策によって1.207%(1.262%-0.055%)押し下げられている。しかし、その大部分は日本国債金利(10年物)の押し下げ効果で説明でき、スプレッドには金融政策による押し下げ効果はほとんど見られない状況にある。

よって、本稿の分析に基づくと、日本銀行が量的・質的金融緩和政策を解除し、金融緩和の出口へ舵を切った場合、日本国債金利(10年物)とスプレッドが押し下げられている分を戻すことで、0.965%(0.724%+0.241%)程度の金利上昇がありうるということを示唆している。それに加えて、包括緩和政策の分まで戻す場合は、さらに0.242%(0.538%-0.296%)程度の金利上昇も想定しうる。

ところで、直近に発表されたIMF WEOにおける今後5年間の実質GDP成長率予想の平均値(0.610%)と、2017年9月末の予想インフレ率(インフレスワップ市場におけるブレークイーブンインフレ率:5年先5年間の平均値)(0.365%)の合計値が0.975%で、量的・質的金融緩和政策導入直前の日本国債金利(10年物)と日本国債金利(5年物)のターム・スプレッド(0.420%)を加えたとしても、その合計値が1.395%、であることを考えると、本稿のモデルによる押し下げ効果の推定値は妥当な水準にあるものと考えられる。

ただし、金融政策以外にも米国債金利や実質GDP成長率予想の動向によって金融政策なしのモデル値が変動することで、押し下げ効果も変動する点には留意が必要である。特に、米国は金融緩和政策を解除していく方向性が示されているが、米国債金利が一方的に上昇していく中で、YCCによって日本国債金利(10年物)がゼロ%近辺を推移するような状況が今後生じた場合、日本国債金利(10年物)への押し下げ効果がさらに大きくなることで、金利上昇リスクが増大することも懸念される。
図表5:日本国債金利(20年物)の金融政策による押し下げ効果の内訳

4――金融政策を解除したときに想定されるイールドカーブの動き

4――金融政策を解除したときに想定されるイールドカーブの動き

以上の分析から、金融政策による押し下げ効果が全て解消される場合、スプレッドにはほとんど押し下げ効果は見られないため、超長期金利は日本国債金利(10年物)の戻しの分だけパラレルシフトすることが予想される。しかし、押し下げ効果が解消される際には、その順序に多少の違いが出てくるものと考えられる。

金融政策の解除は物価の安定目標の達成後から始まることが想定されるが、その場合、本稿の分析における物価の安定目標要因から解消していくことになる。期待インフレ率が2%を達成すると、スプレッドは0.359%上昇し、日本国債金利(10年物)は0.116%低下する。よって、当初はイールドカーブがスティープニング方向へ動くことが予想される。その後は、その他の押し下げ効果が解消されることで日本国債金利(10年物)の分だけ全体的に金利上昇しつつ、スプレッドはフラットニング方向に動くものと考えられる。
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金融研究部   金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任

福本 勇樹 (ふくもと ゆうき)

研究・専門分野
金融・決済・価格評価

経歴
  • 【職歴】
     2005年4月 住友信託銀行株式会社(現 三井住友信託銀行株式会社)入社
     2014年9月 株式会社ニッセイ基礎研究所 入社
     2021年7月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員
     ・経済産業省「キャッシュレスの普及加速に向けた基盤強化事業」における検討会委員(2022年)
     ・経済産業省 割賦販売小委員会委員(産業構造審議会臨時委員)(2023年)

    【著書】
     成城大学経済研究所 研究報告No.88
     『日本のキャッシュレス化の進展状況と金融リテラシーの影響』
      著者:ニッセイ基礎研究所 福本勇樹
      出版社:成城大学経済研究所
      発行年月:2020年02月

(2017年10月16日「基礎研レポート」)

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