2017年10月11日

長時間労働の改善のための考察-その1 - 新たな政策の無理な実施より既存の制度の定着を -

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

文字サイズ

3――既存の制度の定着で労働時間の大きな短縮が可能

このように多様な政策が実施されているにもかかわらず、日本の労働時間は未だに大きな改善が見られていない。政府は、労働時間の短縮のために次々と新しい対策を発表しているものの、既存の制度をより充実した形で実施するだけで労働時間の大きな短縮が期待される。ここでは主に二つの制度の効果について試みた。

最初に最も大きな効果が期待されるのが「完全週休二日制」である。労働者が法定労働時間、つまり1日8時間、1週間に40時間だけを働く場合は、「完全週休2日制」が適用されていると言える。しかしながら労働基準法では「完全週休2日制」を強要しておらず、企業によっては「週休2日制」を適用するケースも少なくない。「完全週休2日制」が、1年を通して毎週2日の休みがあることを意味することに比べて、「週休2日制」は1年を通して、月に1回以上2日の休みがある週があり、他の週は1日以上の休みがあることを表す。厚生労働省の調査結果1によると2015年現在「完全週休2日制」を実施している企業の割合は50.7%で、「完全週休2日制」を実施している企業が少しずつ増えているもののまだ完全に定着しているとは言えないのが現在の日本の状況であるだろう。仮に、今まで、週休2日制を実施していた企業が完全週休2日制を実施することになると、労働時間は年間157.8時間も減らすことができる(式1)。
 
式1)
完全週休2日制を実施した場合の休日→ 52週×2日=104日
週休2日制を実施した場合の休日  → (40週×1日) +(12週×2日)=64日
休日の差→ 104日-64日=40日
40日を労働時間に換算すると 40日×8時間=320時間
320時間×49.3%(週休2日制を実施している企業の割合)=157.8時間
→ 週休2日制を実施した企業が完全週休2日制を実施することにより年間「157.8時間」の労働時間が短縮
 
次に二つ目の対策としては、有給休暇の取得率を引き上げることである。日本政府は長時間労働に対する対策として年次有給休暇の取得を奨励しているものの、有給休暇の取得率もあまり改善がみられない。図2を見ると、2015年の労働者一人当たりの年次有給休暇の取得率は48.7%で、2004年の46.6%と比べて大きな差がなく低水準にあることが分かる。また、2015年の年次有給休暇の平均取得日数も8.8日で、2004年の8.4日と大きく変わっていない。
図表1有給休暇の平均取得率等の推移
そこで、有給休暇の取得率を100%に引き上げると、2015年基準で9.3日の労働時間を減らすことが可能であり、これを労働時間で換算すると74.4時間になる(式2)。
 
式2)
有給休暇の平均付与日数-平均取得日数=18.1日-8.8日=9.3日
9.3日を労働時間に換算すると 9.3日×8時間=74.4時間
 
 
1 厚生労働省(2014)「平成 26 年度 労働時間等の設定の改善を通じた「仕事と生活の調和」の実現及び特別な休暇制度の普及促進に関する意識調査」
 

4――結びに代えて

4――結びに代えて

本稿ではすでに実施されている二つの制度を日本に定着させることにより、労働時間をどのぐらい短縮できるのかを試算して見た。計算はあくまでも他の要因を固定したシンプルなものであるものの、既存の二つの制度を日本のすべての企業が実施した場合、年間約232時間を減らすことが可能であるという結果が出た。2015年時点の一般労働者の平均総実労働時間2,026時間から232時間が短縮された場合、一般労働者の労働時間は1,794時間まで減少する。同年の パートタイム労働者を含んだ平均総実労働時1,734時間に近づく数値であり、労働時間が短いオランダ、フランス等との差もある程度縮めることができる。

政府は労働時間短縮を目指して、今年の2月からプレミアムフライデーを実施しており、さらに今後キッズウィークの導入のための議論も行っている。政府の労働時間短縮に対する意志は理解できるものの、次々と実施される新たな政策に対する企業の負担は大きいと考えられる。特に中小企業は、資金や労働力不足に悩んでいるところが多く、新しい政策にすぐ対応できる体制作りが難しいだろう。例えば、日本生命が今年の8月に全国の企業を対象に実施した「ニッセイ景況アンケート調査結果-2017年度調査」によると、労働時間短縮のためにプレミアムフライデーを取り組んでいる企業は回答企業の1.4%に止まっている。さらに、企業規模別のプレミアムフライデーの実施率は、大企業が2.6%なのに対し、中堅企業や中小企業は両方とも1.2%で大企業の実施率を下回っている。また、同調査2では、回答企業の64.3%が労働時間短縮を含めた働き方改革の実現に向けた、政府の最も重要な役割として「企業の負担を考慮した無理ない政策の設定」を挙げている。

政府は、新しい政策の実施による企業の負担を考慮し、新しい政策の実施のみならず、既存の政策を企業に定着させることも考えながら、労働時間短縮に立ち向かうべきではないだろうか。
 
2 詳細は、金明中・白波瀨 康雄(2017)「ニッセイ景況アンケート調査結果-2017年度調査」。
Xでシェアする Facebookでシェアする

生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
    独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

    ・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
    ・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
    ・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
    ・2021年~ 専修大学非常勤講師
    ・2021年~ 日本大学非常勤講師
    ・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
    ・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
    ・2024年~ 関東学院大学非常勤講師

    ・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
           東アジア経済経営学会理事
    ・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

    【加入団体等】
    ・日本経済学会
    ・日本労務学会
    ・社会政策学会
    ・日本労使関係研究協会
    ・東アジア経済経営学会
    ・現代韓国朝鮮学会
    ・韓国人事管理学会
    ・博士(慶應義塾大学、商学)

(2017年10月11日「基礎研レター」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【長時間労働の改善のための考察-その1 - 新たな政策の無理な実施より既存の制度の定着を -】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

長時間労働の改善のための考察-その1 - 新たな政策の無理な実施より既存の制度の定着を -のレポート Topへ