2017年10月11日

長時間労働の改善のための考察-その1 - 新たな政策の無理な実施より既存の制度の定着を -

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

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1――長時間労働に対する今までの取り組み

日本で長時間労働による弊害と過労死が社会的に注目され始めたのは1980年代後半からである。当時の日本人の労働者一人当たりの平均総実労働時間は2,100時間程度で推移しており、他の先進国を200~300時間も上回る高い水準であった。このような長時間労働やサービス残業は、終身雇用制や年功序列制度、そして企業福祉主義等の日本的経営が行われていた当時の状況を考慮すると、日本の雇用者にとっては会社への忠誠心を表す当たり前の行動だったかも知れない。

過労死が国際的にも「Karoshi」として知られる等、マスコミの関心も高くなった結果、1988年6月には、過労死に関する電話相談窓口「過労死110番」が初めて設けられ、同年10月には、「過労死弁護団全国連絡会議」が、1991年には「全国過労死を考える家族の会」が結成され、電話相談やシンポジウムを開催する等、過労死防止の重要性が社会に訴え続けられた。その後、2011年に結成された「過労死防止基本法制定実行委員会」は、55万人の署名を集める等、国会や地方議会へ立法への働きかけを行った。その結果、143の地方議会における意見書の採択や国会において法制定を目指す議員連盟が結成される等、立法への気運が高まり、2014年6月に「過労死等防止対策推進法」が成立され、2014年11月から現在に至るまで施行されている。この法律はその施行目的を「近年、我が国において過労死等が多発し大きな社会問題となっていること及び過労死等が本人はもとより、その遺族又は家族のみならず社会にとっても大きな損失であることに鑑み、過労死等に関する調査研究等について定めることにより、過労死等の防止のための対策を推進し、もって過労死等がなく、仕事と生活を調和させ、健康で充実して働き続けることのできる社会の実現に寄与すること」としており、国、地方公共団体、事業主その他の関係する者の相互の密接な連携の下で実施することを強調している。

厚生労働省は、過労死等防止対策推進法に基づき2016年10月に初めて「平成28年版過労死等防止対策白書」を作成し、公表した。同白書では、過労死等の現状等を紹介するとともに、過労死等の防止のためのこれからの目標を、(1)2020年までに週労働時間60時間以上の雇用者の割合(2015年現在8.2%)を5%以下まで引き下げる、(2)2020年までに年次有給休暇取得率(2014年現在47.6%)を70%以上に引き上げる、(3)メンタルヘルス対策に取り組んでいる事業場の割合(2014年現在59.7%)を80%以上に引き上げると設定している。

また、長時間労働を削減するための法律の改正や制定による取組としては、「改正労働基準法」と「労働時間の短縮の促進に関する臨時措置法」(以下、時短促進法)が挙げられる。1988年4月に施行された改正労働基準法では、週40時間制が明記され、1997年からは週労働時間40時間制が全面的に施行された(一部例外あり)。また、1992年には、法定労働時間の段階的短縮を円滑に進めるため、週休 2 日制の導入等に向けた労使の自主的な取組みを支援し、年間総実労働時間を1800時間まで短縮することを目標にした時短促進法が制定された。2004年度には年間総実労働時間が1834時間まで減少したものの、労働時間が短縮した主な原因は、労働時間が短い労働者の割合が増加した結果であり、正社員等の労働時間は依然として減少していなかった。一方、労働時間が長い労働者と短い労働者の割合が共に増加し、いわゆる「労働時間分布の長短二極化」が進展することにより、全労働者を平均しての年間総実労働時間1800時間を目標に設定することは時代に合わなくなってきた。そこで、時短促進法が期限を迎える2006年4月から、全労働者を平均しての一律の目標を掲げる時短促進法を改正し、労働時間の短縮を含め、労働時間等に関する事項を労働者の健康と生活に配慮するとともに多様な働き方に対応したものへと改善するための自主的取組を促進することを目的とした「労働時間等の設定の改善に関する特別措置法」が現在まで施行されている。
 

2――長時間労働の改善ための最近の取り組み

2――長時間労働の改善ための最近の取り組み

政府は人口や労働力人口が継続して減少している中で、長時間労働・残業などの悪しき慣習が日本経済の足を引っ張って生産性低下の原因になっていると考え、最近、働き方改革に積極的な動きを見せている。

2015年には企業及び労働者が働き方改革に積極的に参加できるように「働き方・休み方改善ポータルサイト」を開設し、事業主等に対して自社の社員の働き方・休み方の見直しや、改善に役立つ情報(働き方・休み方改善指標等)を提供している。また、厚生労働省は、労働時間等の設定の改善により、所定外労働時間の削減や年次有給休暇の取得促進を図る中小企業事業主に対して、その実施に要した費用の一部を助成する助成金制度を導入・実施している。

今年の2月24日からは、長時間労働の是正と個人消費の喚起を狙い、月末の金曜日は、早めに(一般的には午後3時)仕事を終えて豊かに過ごすという行動を官・民が連携して創り出す目的で「プレミアムフライデー(Premium Friday)」を実施しており、7月18日には第1回「大人と子供が向き合い休み方改革を進めるための『キッズウィーク』総合推進会議」を開催し、「キッズウィーク」の導入に対する議論を行った。キッズウィークとは、全国の地域ごとに小・中・高校生の夏休みなどの長期休暇の一部を別の時期に取得させる制度で、有給休暇の取得を促し、子どもが家族と過ごせる時間を増やすことが制度の主な趣旨である。政府は、早ければ2018年4月からキッズウィークを実施する計画であり、これが実現されると、たとえば、夏休みを5日分短くするかわりに、学期中の月曜日から金曜日を休日にすれば、前後の土日と合わせて9連休が可能となる。

政府の動きに影響を受けていたのか、企業はノー残業デーの設定、時間外労働の事前申告制や勤務時間インターバル制度の実施、フレックスタイム制の活用、テレワーク・在宅勤務の導入など労働時間短縮のために、様々な対策に取り組んでいる。さらに、経団連と連合は今年の3月13日に、働き方改革の一環として残業時間の上限を最大で月平均60時間(年720時間)までに制限するという、残業時間の上限規制について労使で合意し、安倍首相に合意文書を手渡した。
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生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
労働経済学、社会保障論、日・韓における社会政策や経済の比較分析

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
    独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

    ・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
    ・2015年~  日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
    ・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
    ・2021年~ 専修大学非常勤講師
    ・2021年~ 日本大学非常勤講師
    ・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
           東アジア経済経営学会理事
    ・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
    ・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

    【加入団体等】
    ・日本経済学会
    ・日本労務学会
    ・社会政策学会
    ・日本労使関係研究協会
    ・東アジア経済経営学会
    ・現代韓国朝鮮学会
    ・韓国人事管理学会
    ・博士(慶應義塾大学、商学)

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