2017年08月08日

米国生保業界における2016年のM&A、事業再編等の動向-数と規模は対前年で減少、目立つ環境対応、守りの姿勢-

松岡 博司

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(2)日中の生保会社による米国市場への進出M&Aは一時停止中
2015年に米国生保業界のM&Aを席巻した日中の生保会社による米国でのM&Aは2016年には、ほぼ影を潜めてしまった。

長きにわたるゼロ金利・マイナス金利政策が、日本の生保会社を、プラスのリターンを得るために海外の生保会社を買収することへ駆り立てたとコニング社は分析している。そして2016年は、日本の生保会社が前年に買収した会社をグループ統合することに専心していたため、日本の生保会社による大きな買収はなかったが、現在でも、低金利環境は継続している上、人口減少による母国マーケットの縮小等の問題も存在しているので、日本の生保会社を2015年に突き動かした要因はなくなっていないとし、今後、日本の生保会社による買収が再燃することはありうると予測している。

一方、中国の保険会社は2016年も精力的に海外買収を行ったが、米国における買収はチャイナ・オーシャンワイドによるジェンワースの買収1件のみであった。

2016年に中国の保険会社が米国で派手な動きをしなかったことには、米国の州保険監督当局の買収に関する審査が厳しく、なかなか認可がおりないことが影響していると思われる(チャイナ・オーシャンワイドによるジェンワースの買収も2017年7月末現在、未承認状態である)。

2015年に発表されたアンバン・インシュアランスによるフィデリティ&ギャランティ・ライフの買収は、州監督局との交渉が長引いた末、2017年4月に取りやめとなった。

なお、アンバン等、一部の積極的な保険会社が海外で活発に不動産や保険会社を買い集める行動は、最近、中国政府が抑制スタンスに転じたため沈静化しつつある。

これらの保険会社は、高利回りを訴求する目新しい商品をスマホのアプリ等を使って販売し、資金を集め、海外買収等のリスクを伴う投資に当てていたという。中国の保険監督当局は今年5月、アンバンの新商品の認可申請を3カ月禁止するとともに、2つの投資商品の販売を禁止した。
(3)環境変化への対応のための守りのM&A・事業再編が中心に -主に売り手の立場から
1) ノンコア事業の売却、ランオフの動きは継続している
厳しい経営環境が継続する中、米国の生保会社は成果のあがらない事業や戦略にフィットしない事業の売却を望むようになった。その買い手として現れたのが、買収と売却での差益を目的とするプライベート・エクイティ・ファンドを後ろ盾とするプライベート・エクイティ会社や、保険会社が保険の引受を停止した事業ブロックの保険契約の管理を行うランオフ事業者といった、新たな買収者である。再保険会社も多くの買収を手がけている。

2016年も、多くのM&A取引や事業再編が、収益を産まない商品や自分たちが考えるコア事業から外れている商品から撤退することを目的として行われた。

ティーチャーズ・プロテクティブ・ミューチュアルがシニア・ヘルスに長期介護保険の事業ブロックを売却した案件は、多くの生保会社が長期介護保険事業から退出するトレンドを示している。

なおM&Aや事業再編と直接的な関係はないが、一般企業が低金利の中で手を引きたいと感じている退職者のための年金リスクを生保会社が引き受ける年金リスク移転取引(PRT=Pension Risk Transfer)は、引き受ける側の生保もリスクを取りたくないことが反映して、2つの例外を除いては小規模なものばかりであった。

例外は、メットライフとマスミューチュアルのコンビがPP+Gインダストリーズの退職者1万1000人の年金を保障した取引、プルデンシャルがウエストロック・カンパニーの退職者ブロックを保障した取引の2件であった。
2) 株主または監督当局の懸念に対応した事業再編
ノンコア事業からの撤退が、資本の最適化を追及し、会社のポジショニングを変更する事業再編の一環であることがある。

こうした動きで2016年にもっとも顕著であったのは、2016年末総資産で米国第1位の生保会社、メットライフの動きである。同社は、生保会社の本来業務と言うべき本国の個人向け生保・個人年金事業を捨てるという、驚くべき事業再編に取り組んでいる。

この決断はメットライフが、より高い収益性を求める株主からの圧力にさらされ、同社をSIFI (システム上重要な金融機関)として指定しようとする連邦規制当局と法廷闘争を繰り広げる中で行われた。

2016年2月、メットライフはまず、それまでの米国における主力販売チャネルであった専属エージェント網(メットライフ・プレミア・クライアント・グループ)をマスミューチュアルに売却することを発表した(完了は7月5日)。この組織には、約4000人の専属エージェント、40を超える地域のセールス・アドバイザリー・センターが含まれていた。

続いて10月、メットライフは米国の個人向け生命保険部門と個人年金部門を、公開会社ブライトハウス・フィナンシャルとしてスピンオフする計画を発表した。計画は2017年6月に州の保険監督局から、7月にSECから承認され、スピンオフが完了、2017年8月7日から、証券取引所でブライトハウス・フィナンシャルの株式の取引が始まった。

スピンオフにより、メットライフは米国最大の生保会社の地位を失い第2位会社になった。一方、ブライトハウスは、2017年3月末の数値を使えば、総資産2230億ドル、生保契約者130万人、個人年金契約者150万人の、中堅生保会社である。

スピンオフ後のメットライフは、米国内では団体生命保険・団体年金、従業員給付商品事業といった企業マーケットに照準を合わせた生保会社になる。また海外進出先での生保事業にも力を入れる。
 
これらの事業は、スピンオフした個人生命保険・個人年金事業よりも成長余地が大きく、低金利の影響もあまり受けないと言う。なお損保子会社のメットライフ・オート&ホームはスピンオフ後もグループ内に残っている。

メットライフは、スピンオフの目的は、変額個人年金事業の高いボラティリティ、および個人生命保険事業の低収益性と契約債務期間の長さ、から逃れることであると説明している。またスピンオフにより、資本コストが下がり、市場リスクも減るとしている。

スピンオフに伴うダウンサイジングにより、メットライフがSIFIに指定される可能性は小さくなった。

さらにこのスピンオフには、DOL(米国労働省)の新フィデューシャリー・デューティー・ルールの適用から逃れられるという副次効果もある。
3) フィデューシャリー・デューティー(受託者責任)ルールの変更に対応するためのM&A
2016年4月にDOLから発布されたフィデューシャリー・デューティー(受託者責任)ルールの変更は、当初は2017年4月10日から適用されるとされていたが、トランプ政権の誕生により、6月9日まで実施が延期された。

新ルールは、税制優遇がある退職貯蓄商品を扱う金融機関とファイナンシャル・アドバイザーは、フィデューシャリー(受託者)としての基準を守らなければならないとする。

金融機関とファイナンシャル・アドバイザーは、顧客に最善の利益となる投資アドバイスを提供しなければならない。また投資アドバイスに基づく販売の結果受け取る報酬が合理的な範囲を超えないようにしなければならない。

ルール変更に対処すべく、生保会社を含む金融サービス会社は、業務フローの変更を検討してきた。

大手の金融サービス会社は従来の、販売量に応じて金融機関がアドバイザーにコミッションを支払うサービス形態から、顧客の残高等に応じて一定率や一定額をフィー(報酬)として受け取るフィー・ベースのサービス体系に移行する動きを強めている。

これまで販売コミッションをエージェントに支払うことで販売促進してきた生保会社も販売コミッションの支払いをやめてエージェントが顧客からフィー(報酬)を受け取る形に変える必要があるのだろうか。

そうした中、2016年9月29日に、ネーションワイド・ミューチュアルが発表したジェファーソン・ナショナルの買収は、フィデューシャリー・デューティー・ルール変更への対処を目的としたものであった。

ジェファーソン・ナショナルは、定額フィー(報酬)の契約を結んで顧客から報酬を受け取る形態のファイナンシャル・アドバイザー約4000人を通じて変額年金を販売している会社である。

定額フィーの形態は新ルールにもっとも適合したものである。ネーションワイドは、ジェファーソンを買収することにより、定額フィー・ベースの変額年金の販売基盤にアクセスする途を手に入れたことになる。
 

さいごに

さいごに

A.M.ベスト社は、「販売」または「テクノロジー」に焦点を絞った戦略的M&Aが、これから数年間の、重要で頻発するテーマになると予想している。

米国生保業界を舞台とするM&Aや事業再編の動きについては、今後とも、注視して行くこととしたい。
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松岡 博司

研究・専門分野

(2017年08月08日「保険・年金フォーカス」)

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【米国生保業界における2016年のM&A、事業再編等の動向-数と規模は対前年で減少、目立つ環境対応、守りの姿勢-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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