2017年08月03日

女性医療の現状(後編)-骨粗鬆症のリスクを減らすには、どうしたらよいか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

文字サイズ

0――はじめに

前稿(前編)では、女性のライフサイクルと、胎児・幼児期から、思春期、性成熟期、妊娠・出産までの女性医療の主なテーマについて概観した。その中で、女性には、月経、妊娠、出産に伴う、特徴的な健康や医療の問題があることを見ていった。

本稿では、更年期、老齢期の女性医療を概観する。近年、高齢者の医療・介護には、注目が集まっている。そのサービスの対象者は、主として、高齢女性である。従って、今後の医療・介護を語る上で、女性医療は、主要なテーマになっていくものと考えられる。

また、本稿では、視点を変えて、女性医療のサービス提供体制についても紹介する。

そして最後に、筆者の私見として、女性医療の問題点を述べる。本稿を通じて、読者に、女性医療への関心と理解を深めていただければ、幸いである。
 

1――更年期

1――更年期

通常、女性は、50歳前後で、閉経を迎える。閉経前後には、女性ホルモンが変動する。これにより、更年期障害をもたらすことがある。以下、40歳代後半から50歳代の更年期1について、見ていこう。

1|更年期障害の患者は、50歳代に多い
閉経後には、女性ホルモンであるエストロゲンの分泌が低下する。身体的には、コレステロール値の上昇、膝や手の関節痛、些細な活動での易疲労感など、様々な変化が生じる。一方、この時期には、子育ての終わり2や、親の介護の始まりなど、家族内での女性の役割に変化が生じ、喪失感、将来への不安感、老いの実感など心理面の変化をもたらす。こうした心身の変化により、更年期障害に至ることがある。更年期障害は、更年期に、日常生活に多大な影響を与える不定愁訴3が生じることをいう。

更年期障害の症状として、ほてり・のぼせ・多汗(「ホットフラッシュ」と呼ばれる)、不眠などの自律神経症状や、不安、抑うつ、疲れやすさ、肩こり、神経痛などの精神神経症状が挙げられる。これらの中には、重篤な疾患が潜む場合もある。このため、医師による診断を受けることが重要となる4

更年期障害は、様々な症状となって現れる。このため、症状が出るたびに、それに関連する診療科を訪れて受診する「ドクターショッピング」の状態に陥ることがある。この状態で、あちこちの医療機関で診療を受けても、治療方針が一貫せず、治療の重複や抜け落ちが生じて、症状の改善につながらない恐れがある。また、医療機関ごとに医薬品が処方される結果、それらを合わせると、用量を超えて薬物を過量摂取する「オーバードース」の状態になる可能性もある。

更年期障害を、客観的に捉えるために、更年期指数が用いられている。日本では、「簡略更年期指数」(Simplified Menopausal Index, SMI)が設けられており、セルフチェック等に利用されている。
図表1. 簡略更年期指数
患者調査(厚生労働省)によると、閉経期および女性更年期状態(閉経に関連する顔面紅潮、不眠症、頭痛、集中力欠如のような症状)の患者数は、2014年に10.9万人となっている。また、閉経後萎縮性膣炎(エストロゲン低下により、外陰部や膣が萎縮・乾燥して、雑菌が繁殖するために生じる炎症)の患者数は、2.8万人となっている。患者数は、2000年代初めに比べれば少ないが、ここ数年、増加する傾向にある。
図表2. 閉経期の患者数の推移
また、国民生活基礎調査(厚生労働省)によると、月経閉経期又は閉経後障害の通院者率は、50歳代で高い。この年齢層では、2007年以降、通院者率が上昇傾向にある。
図表3.月経閉経期又は閉経後障害(更年期障害等)の通院者率 (人口1,000人あたり)
更年期障害の治療法として、運動療法や食事療法、体重制限、飲酒・喫煙制限など、生活習慣改善指導が行われている。併せて、ホルモン療法や、漢方薬、抗うつ薬による薬物療法も行われている。
 
 
1 更年期は、英語ではmenopauseの他に、climactericという単語でも表される。この単語には、転換期という意味もある。
2 子どもが成長して独り立ちしたときに、親としての役割が失われた虚無感や孤独感を感じ、心身の不調を訴えることがある。アメリカでは、ひな鳥が飛び立って空になった巣に例えて、Empty Nest Syndrome (空の巣症候群)と呼ばれている。
3 明白な器質的疾患が見られないのに、さまざまな自覚症状を訴える状態(「広辞苑 第六版」(岩波書店)より)
4 診断にあたっては、医師による、更年期症状評価表に基づく問診、体重・身長・血圧測定、スクリーニング検査(血液検査、肝機能・腎機能などの生化学検査)、血糖測定、乳がん検査、子宮頸部・体部がん検診、内診等が行われる。


2|更年期障害の治療法として、ホルモン療法や薬物療法が行われている
更年期障害の治療法には、症状の表れ方によって、様々なものがある。代表的なものとして、ホルモン療法や、漢方薬、抗うつ薬による薬物療法が挙げられる。

(1) ホルモン療法
ホルモン療法は、女性ホルモンを補うことにより、各種症状の緩和を図る治療法を指す。血管運動神経症状(ほてり・のぼせ・多汗、冷え性、むくみ、動悸、息切れ)や、不定愁訴をはじめ、骨粗鬆症、脂質異常症、糖尿病、泌尿生殖器症状等の改善に、効果があるとされている。

ホルモンを身体に補充する方法としては、飲み薬、貼り薬(貼付剤)、塗り薬(ジェル)がある。それぞれ、保険適用の薬剤が規定されている。なお、ホルモン療法には、禁忌症例や、慎重投与症例が定められている。このため、薬剤の投与開始前には、採血検査や、身長・体重・閉経後年数・喫煙歴・既往歴・家族歴等の確認が必要とされている5,6。特に、エストロゲン製剤の単独投与は、子宮体がんのリスクを上昇させるとされている。このため、通常は、プロゲスチン製剤との併用投与が行われる7

(2) 漢方薬
更年期障害の治療法として、漢方薬が用いられることも多い。漢方薬は、症状が多岐に渡り、その程度があまり強くない場合に適しているとされる。漢方薬には、通常、副作用があまり見られないという特徴がある。

漢方では「証」と呼ばれる患者の体質に基づいて、薬剤の処方が行われる8。特に、体力・体格が中等度以下の虚証、中等度以上の実証(「虚実」の証)による診断、処方が基本とされている。主な薬剤として、「桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)」、「当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)」、「加味逍遥散(かみしょうようさん)」の3つが挙げられる9。 医師の処方箋による処方の場合、保険適用となる。

(3) 抗うつ薬
精神的な症状が主である場合には、抗うつ薬が処方される。その場合、精神科専門医による、抑うつ症状(後述)の診断がベースとなる。薬剤として、具体的には、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)10,11や、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)12などが用いられる。
 
5 確認にあたり、日本産婦人科医会の「ホルモン補充療法(HRT)チェックシート」が用いられることもある。
6 ホルモン療法の副作用として、深部静脈血栓症(四肢の筋膜下静脈(深部静脈とも言われる)に、血栓(血液のかたまり)ができる疾患)、脳卒中、胆嚢疾患のリスクが上昇するとされている。
7 エストロゲン製剤の単独投与は、全摘などにより、患者が子宮を有しない場合に行われる。
8 証の診断は、八綱弁証法に基づく、「虚実」「陰陽」「寒熱」「表裏」の4対の組み合わせで行われることが基本とされている。
9 実証の場合「桂枝茯苓丸」、虚証の場合「当帰芍薬散」、虚実の証が中間の場合「加味逍遥散」が用いられる。
10 SSRIは、Selective Serotonin Reuptake Inhibitorsの略。神経伝達物質であるセロトニンのシナプス前ニューロンへの吸収を選択的に阻害することで、シナプスでの高いセロトニン濃度を維持する効果がある。
11 月経前不快気分障害(PMDD)の治療薬としても、用いられる。(前編参照)
12 SNRIは、Serotonin & Norepinephrine Reuptake Inhibitorsの略。SSRIと同様に、神経伝達物質のシナプス前ニューロンへの吸収を阻害する。SNRIは、セロトニンに加えて、ノルアドレナリンの吸収も阻害することで、シナプスでの両者の濃度を高く維持する。ノルアドレナリン濃度が高いことから、興奮神経が刺激される。


3|更年期には抑うつ症状が現れることがある
更年期には、女性ホルモンの分泌が低下する。更年期は、健康面で、閉経をはじめ、体力の低下や、病気への不安など、老いを自覚する時期に相当する。

この時期には、夫の定年(既婚者で、夫が被用者の場合)、親の介護の開始などが起こり、女性の家庭内での役割に、変化が生じる可能性がある。例えば、子どもがいる場合には、その子どもが就職や進学のために親元を離れることで、空虚感や虚脱感を感じることもある。また、前編で見たとおり、2016年には、20~50歳代の全ての年齢層で、女性の労働力人口比率が7割を超えている。会社等に勤務している女性の場合には、昇進や、正規職員への職制変更等により、職務上の責任が増すなど、就労環境の変化も起こりうる。

このような健康、家族、就労等の変化が、身体的・精神的なストレスを引き起こすことがある。その結果、更年期には、意欲の低下や不眠などをきたして、抑うつ症状につながることがあるとされる。

抑うつ症状の治療として、主に、薬物療法が行われる。その他に、ヨガやストレッチなどの運動療法、栄養療法などが有効な場合もある。また、人間関係のストレス等が発端となっている場合、認知行動療法13や、カウンセリングが有用なこともある。患者の症状を踏まえながら、これらを複合した治療法が用いられることが多い。

近年、抑うつ症状などの気分障害の患者出現率は、増加傾向にある。40歳代、50歳代の更年期を中心に、幅広い年齢層で、患者が出現している。
図表4. 気分障害の患者出現率(女性・人口10万人あたり)
うつ病には、更年期の抑うつ症状と、偶発的なうつ病があり、両者の見極めが重要とされる。特に、心身症の1つで、精神症状よりも、身体症状が現れる「仮面うつ病」の場合、その判別は難しいとされる。仮面うつ病が、更年期の抑うつ症状と捉えられて、ホルモン療法が行われることがある。逆に、更年期の抑うつ症状が、偶発的なうつ病と捉えられて、多量の抗うつ薬が投与されることもある。
 
 
13 患者の認知・思考の歪みに働きかけて、認知と行動変容を促し、患者が当面の問題への効果的な対処法を習得することを目的とする療法。(「女性医療とメンタルケア」久保田俊郎・松島英介編(創造出版, 2012年)より)
Xでシェアする Facebookでシェアする

保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【女性医療の現状(後編)-骨粗鬆症のリスクを減らすには、どうしたらよいか?】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

女性医療の現状(後編)-骨粗鬆症のリスクを減らすには、どうしたらよいか?のレポート Topへ