2017年07月28日

女性医療の現状(前編)-無理なダイエットは、高齢期にどのような影響をもたらすか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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4|妊娠負荷試験は、将来の生活習慣病のバロメーターとなる
最近の研究により、妊娠・出産時に現れた疾病の様子から、その女性の、将来の生活習慣病や、心血管病の発症リスクが予測できることが明らかになってきた。早期に、発症リスクを把握して、予防策をとることで、疾病のリスクを減らす動きが始まっている。これは、妊娠・出産を、試験機会の一種と捉えて、その結果をもとに、女性の生活改善を促そうとするもので、「妊娠負荷試験」と呼ばれている。妊娠負荷試験は、具体的には、妊娠高血圧症候群や、妊娠糖尿病が対象となる。

(1) 妊娠高血圧症候群
日本妊娠高血圧学会は、妊娠高血圧症候群を、「妊娠20週以降、分娩12週まで高血圧がみられる場合、または高血圧に蛋白尿を伴う場合のいずれかで、かつこれらの症状が単なる妊娠の偶発合併症によるものではないものをいう」と定義している65

妊娠高血圧症候群には、妊娠高血圧腎症、妊娠高血圧、加重型妊娠高血圧腎症、子癇(しかん)66がある。欧米では、妊娠高血圧腎症を罹患した女性は、将来、高血圧症、虚血性心疾患、脳卒中、末期腎不全を発症するリスクが高いとの報告が、なされている66

(2) 妊娠糖尿病
日本糖尿病・妊娠学会と、日本糖尿病学会は、妊娠糖尿病を、「妊娠中にはじめて発見または発症した糖尿病に至っていない糖代謝異常である。妊娠中の明らかな糖尿病、糖尿病合併妊娠は含めない」と定義している67

妊娠糖尿病を罹患した女性は、将来、糖尿病にかかりやすいとされる。女性の糖尿病患者は、50歳代以降に増加の勢いが増す。閉経に伴う女性ホルモンの分泌の変化と、過食や運動習慣の低下と重なると、メタボリックシンドロームを呈し、糖尿病の発症リスクを高めるとされる。 (後編にて、詳述)
 
65 「妊娠高血圧症候群の診療指針2015」(日本妊娠高血圧学会)より。
66 妊娠・分娩・産褥(さんじょく)中に起こる発作性の全身痙攣(けいれん)・昏睡を主症状とする妊娠中毒症の一種。(「広辞苑 第六版」(岩波書店)より)
67 「あなたも名医! プライマリケア現場での女性診療 押さえておきたい33のポイント」(日本医事新報社, jmed mook47, 2016年12月)の「第4章4“妊娠負荷試験”を人生に生かす」より。
68 「妊娠中の糖代謝異常と診断基準の統一化について」(日本糖尿病・妊娠学会と日本糖尿病学会との合同委員会, 2015年8月1日)より。


5|生活習慣病は、胎児期に由来するという説 (DOHaD説) がある
成人になってから発症する生活習慣病は、生まれる前の胎児期に由来している、とする説が唱えられている。この説は、生活習慣病胎児期発症起源説(Developmental Origin of Health and Disease, DOHaD(ドーハッド)説)と呼ばれている。

1976年に、アメリカのSusser氏らは、第2次世界大戦時のオランダ大飢饉を経験した集団を調査した。その結果、飢饉の際に、胎児であった集団からは、成人後に、肥満者が出現しやすいことを報告した。また、1986年に、イギリスのBarker氏らは、イギリスの各地方の観測データを分析した。その結果、出生時の体重が少ない人ほど、成人後の虚血性心疾患の発生率が高いことを示し、「胎児プログラミング説」を提唱した69。現在、これは、DOHaD説と位置づけられている。DOHaD説は、近年、遺伝子レベルでの研究が進められている70

胎児の体内では、更に次の世代、即ち、母親にとって孫の世代の生殖細胞が発生しつつある。このように、DOHaD説では、将来の子孫全体に渡る影響が、問題とされる。この説の対象は、女性だけではない。男性の加齢に伴う精子の劣化のように、父親から、次世代に影響が及ぶ可能性についても、問題として捉えられる。

このように、生殖、妊娠、出産に関する医療では、健康問題が、個体にとどまらず、次世代に継承されていくという、長期的視点での理解が必要となる。海外では、DOHaD説に基づいた医療政策も進められている71。日本でも、健康な次世代を残すために、こうした取り組みに関する研究を拡充することの必要性が、認識されつつある。
 
69 胎児期に、母体から与えられる栄養が不足すると、遺伝子が、栄養をできるだけ体内に維持しようとするタイプになり、出生後に肥満などになりやすい、と解釈されている。
70 動物実験等を通じて、遺伝子の働きを調節するメカニズム(「エピジェネティクス」と呼ばれる)が変化しているとの指摘もなされている。(「ひとの健康は胎児期から決まる - DOHaD説(成人病胎児期発症起源説)の第一人者 福岡秀興先生に訊く」(特定非営利活動法人 ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議, ニュースレターVol.87号)などより)
71 「欧州で提唱『DOHaD説』 栄養ため込む遺伝子作用」(日本経済新聞, 2016年3月13日, 朝刊16面)によると、早稲田大学の福岡秀興教授(日本DOHaD研究会の代表幹事)のコメントとして、スウェーデンやノルウェーでは、国を挙げて取り組んでいる、と説明されている。
 

6――おわりに

6――おわりに

本稿では、女性のライフサイクルを俯瞰するとともに、性成熟期までの疾病等について見ていった。高齢期の医療・介護が注目される中、女性にとって、若齢期からの健康への取り組みが重要であることを、いくつかの疾病等とともに、紹介していった。
次稿では、更年期・老年期の女性医療を紹介する。併せて、女性医療のサービス体制についても、触れる。その上で、次稿の最後に、女性医療の問題点について、私見を述べることとしたい。


【参考文献・資料】
 
(下記1~3の文献・資料は、包括的に参考にした)
  1. 「女性医療のすべて」太田博明編(メディカルレビュー社, 2016年)
  2. 「あなたも名医! プライマリケア現場での女性診療 - 押さえておきたい33のポイント」池田裕美枝・対馬ルリ子 編(日本医事新報社, jmed mook 47, 2016年)
  3. 「女性医療とメンタルケア」久保田俊郎・松島英介編(創造出版, 2012年)
 
(下記の文献・資料は、内容の一部を参考にした)
  1. 「簡易生命表」(厚生労働省)
  2. 「完全生命表」(厚生労働省)
  3. 「平成29年版高齢社会白書」(内閣府)
  4. 「平成27年国勢調査」(総務省)
  5. 「労働力調査」(総務省)
  6. 「人口動態統計」(厚生労働省)
  7. 「介護保険事業状況報告(暫定)」(6月分)(厚生労働省)
  8. 「国民生活基礎調査」(厚生労働省)
  9. 「広辞苑 第六版」(岩波書店)
  10. 「性分化疾患の基礎と臨床」長谷川奉延(日本生殖内分泌学会雑誌, 2014, 19: 5-9)
  11. 「日本産科婦人科学会雑誌 研修コーナー」(日本産科婦人科学会, 2011年1月, 63巻1号)
  12. 「神経性食欲不振症のプライマリケアのためのガイドライン(2007年)」(厚生労働省難治性疾患克服研究事業 中枢性摂食異常症に関する調査研究班)
  13. 「摂食障害の診療体制整備に関する研究(H26-精神-一般-001)」安藤哲也(研究代表者)(平成27年度厚生労働科学研究費補助金)
  14. 「平成27年国民健康・栄養調査報告」(厚生労働省)
  15. 「体外受精・胚移植等の臨床実施成績」(日本産科婦人科学会, 倫理委員会・登録・調査小委員会報告)
  16. 「第15回 出生動向基本調査」(国立社会保障・人口問題研究所, 「2015年社会保障・人口問題基本調査<結婚と出産に関する全国調査>」)
  17. 「がん統計」(国立がん研究センターがん対策情報センター)
  18. 「がん統計-罹患データ(全国推計値)」(国立研究開発法人国立がん研究センター がん対策情報センター)
  19. 「がん統計-死亡データ(全国推計値)」 (国立研究開発法人国立がん研究センター がん対策情報センター)
  20. 「不妊に悩む方への特定治療支援事業」パンフレット (厚生労働省)
  21. 「みんなに知ってほしい 不妊治療と医療保障」(ニッセイ基礎研究所, 2017年)
  22. 「ヒトパピローマウイルス感染症の定期接種の対応について(勧告)」(厚生労働省健康局長, 平成25年6月14日, 健発0614第1号)
  23. 「成長期女性アスリート 指導者のためのハンドブック」(独立行政法人 日本スポーツ振興センター, 国立スポーツ科学センター, 2014年3月)
  24. 「Health Management for Female Athletes Ver.2 女性アスリートのための月経対策ハンドブック」(独立行政法人 日本スポーツ振興センター, 国立スポーツ科学センター, 2017年3月)
  25. 「がん予防重点健康教育及びがん検診実施のための指針」(厚生労働省)
  26. 「がん対策推進基本計画」(厚生労働省, 2012年6月)
  27. “Sensitivity and specificity of mammography and adjunctive ultrasonography to screen for breast cancer in the Japan Strategic Anti-cancer Randomized Trial (J-START): a randomised controlled trial.”Ohuchi N, et al(Lancet, 2016 ,387(10016):341-8)
  28. “Health Statistics 2016”(OECD)
  29. 「諸外国のがん検診の制度等に関する調査結果」(厚生労働省, がん検診に関する検討会, 平成19年6月26日, 参考資料6)
  30. 「研修コーナー」(日本産科婦人科学会, 日本産科婦人科学会誌 64巻1号, 2012年1月)
  31. 「症例から学ぶ周産期医学2)妊娠中毒症(妊娠高血圧症候群) HELLP 症候群」(日本産科婦人科学会, 日本産科婦人科学会誌 57巻9号, 2005年9月)
  32. 「D. 産科疾患の診断・治療・管理 10. 異常分娩の管理と処置 17)HELLP症候群, 急性妊娠脂肪肝」(日本産科婦人科学会, 日本産科婦人科学会誌 60巻5号, 2008年5月)
  33. 「患者さんと家族のためのクローン病ガイドブック」(日本消化器病学会, 2010年9月30日)
  34. 「潰瘍性大腸炎の長期経過」松本誉之(日本消化器病学会, 日本消化器病学会雑誌 Vol.106(2009), No.7)
  35. 「デジタル大辞泉」(小学館)
  36. 「妊娠高血圧症候群の診療指針2015」(日本妊娠高血圧学会)
  37. 「妊娠中の糖代謝異常と診断基準の統一化について」(日本糖尿病・妊娠学会と日本糖尿病学会との合同委員会, 2015年8月1日)
  38. 「ひとの健康は胎児期から決まる - DOHaD説(成人病胎児期発症起源説)の第一人者 福岡秀興先生に訊く」(特定非営利活動法人 ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議, ニュースレターVol.87号)
  39. 「欧州で提唱『DOHaD説』 栄養ため込む遺伝子作用」(日本経済新聞, 2016年3月13日, 朝刊16面)
 
(なお、下記2編の拙稿については、本稿執筆の基礎とした)
  1. 「医療・介護の現状と今後の展開(前編)-医療・介護を取り巻く社会環境はどのように変化しているか?」篠原拓也(ニッセイ基礎研究所 基礎研レポート, 2015年3月10日)
    http://www.nli-research.co.jp/report/nlri_report/2014/report150310.html
  2. 「医療・介護の現状と今後の展開(後編)-民間の医療保険へはどのような影響があるのか? 」篠原拓也(ニッセイ基礎研究所 基礎研レポート, 2015年3月16日)
    http://www.nli-research.co.jp/report/nlri_report/2014/report150316.html
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2017年07月28日「基礎研レポート」)

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