2017年07月24日

ECBの緩和縮小とユーロ制度改革

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

このレポートの関連カテゴリ

文字サイズ

緩和縮小にはユーロ制度改革を促す側面も

ECBの緩和縮小は、ユーロ制度改革を促す側面もある。現在のユーロ制度が不完全で、圏内の格差を固定化しやすい。反EU・反ユーロ機運の一段の高まりを阻止し、ユーロを持続可能な通貨とするためには、制度の改革が避けられない。

改革の機運は高まりつつある。親EUを掲げて勝利したフランスのマクロン大統領は、成長のための投資や経済危機対策などに活用する「ユーロ圏予算」の創設や、ユーロ圏議会、ユーロ圏経済・財務相ポストの創設などの制度改革に意欲を示す。公約の実現にはドイツの理解が欠かせないが、9月の総選挙に向けた公約では、前欧州議会議長のシュルツ党首率いる社会民主党(SPD)ばかりでなく、メルケル首相のキリスト教民主社会同盟(CDU)も、マクロン大統領のユーロ制度改革に、温度差はあるものの、協力する姿勢を示している。ドイツ総選挙の結果に関わらず、フランスとドイツはユーロ制度の改革に協調姿勢で臨むことになるだろう。

改革は、EUを取り巻く環境の変化によっても後押しされている。英国のEU離脱、「米国第一主義」を掲げるトランプ政権の誕生は、EUに結束を迫る圧力となっている。EUは、加盟国のうち意思のある国によって、EU市民の関心が高い政策領域について前進する方向に舵を切ろうとしている(注2)。社会政策、安全保障政策の強化などだ。同時に、EUの根幹であり、すべての加盟国が参加する関税同盟と単一市場の魅力を高めるため、自由貿易協定(FTA)のネットワークの強化、EU予算の見直し、域内の国境を超えた資本移動に対する障壁を取り払い単一の資本市場の基盤を構築する「資本市場同盟」に取り組んでいる。

難航していた日本とEUの経済連携協定(EPA)の大枠合意という成果も、英国の離脱や、米国の通商政策転換の副産物といった面がある。
 
 
(注2) 欧州委員会は17年3月1日にEUの将来に関する白書(“White Paper on the Future of Europe, reflection and scenarios for the EU 27 by 2025”,1 March 2017(https://ec.europa.eu/commission/sites/beta-political/files/white_paper_on_the_future_of_europe_en.pdf))を公表し、EUの未来像として、(1)現状のまま進む、(2)単一市場に絞り込む、(3)特定の政策領域で意思のある国が先行することを許容する、(4)特定の政策領域に絞り込み、より効率化する、(5)全加盟国が足並みを揃えて、すべての政策領域でより統合を深めるという5つの選択肢を提示した。17年12月のEU首脳会議で方向性を確認する予定だが、17年3月25日の「ローマ条約」の調印60周年を祝う特別首脳会議で採択した「ローマ宣言」では「必要に応じて異なる速さと深さで同一の方向を向いて共に行動し、後から参加する国のためにドアを開いておく」とあり、(3)の方向を指向しているとされる。
 

緩和縮小とユーロ制度改革は平行して進む

緩和縮小とユーロ制度改革は平行して進む

EU改革の根幹は、欧州統合の象徴である単一通貨ユーロの制度の完成度を高める取り組みだ。

欧州委員会が今年5月末にまとめたユーロ圏の統合深化に関する白書(注3)には、19年までの短期と20~25年の中期の工程表がある(図表7)。今回の工程表は、15年6月の欧州機関の5人のトップ(注4)による報告書の中間報告といった意味合いがある。12年12月にファンロンパイ前EU首脳会議常任議長(通称EU大統領)の指示でまとめた工程表(注5)には、銀行同盟、財政同盟、経済同盟、政治同盟の4本柱の改革深化が掲げられ、ユーロ圏の銀行監督、破綻処理、預金保険を共通化を目指す銀行同盟への移行の道を拓いた。他方、他の3本の柱には目だった成果はない。
図表7  経済通貨同盟(EMU)完成に向けた改革工程表
新たな工程表も、議論の叩き台という位置づけであり、すべてが計画通りに進むことは望めないが、ECBが、18年の資産買い入れ縮小、停止を経て、19年には利上げのプロセスを開始するのと並行してユーロ制度改革も一定の進展を目指すことになる。

工程表によれば、19年までの短期の課題としては、3本柱からなる銀行同盟の完成度を高めることと、資本市場同盟の推進による、「金融同盟」が重点課題だ。銀行同盟では、単一破綻処理メカニズムが備える基金の23年の完成に向けた着実な積み増しと、欧州預金保険スキーム(EDIS)の進展などが挙がる。EDISは、15年11月に欧州委員会が、17年のユーロ圏共通預金保険基金の創設、20年からの各国基金と共通基金の協同体制への移行、24年に共通基金に一元化するEU規則案を提案しているが、現時点では政治合意に達していない。ドイツなどが「銀行部門のリスク削減が優先」と主張しているためだ。不良債権処理の加速はECBの緩和縮小に伴うリスクを軽減するためにも銀行同盟の推進のためにも、優先度が高まっている。銀行部門のリスク軽減という観点から、ユーロ圏共通債への布石となり得る「ソブリン債担保証券」の発行が、課題の1つに掲げられている点も興味深い。

「経済財政同盟」としては、ユーロ圏予算に相当する「財政安定化機能」について19年までに協議を始め、20年以降、「中央安定化機能」として導入に向けて動き出す方針も掲げられている。

「ソブリン債担保証券」の「欧州安全資産」への移行や、ユーロ圏のガバナンス改革も2020年以降に取り組むべき課題とされている。

銀行システムのリスク削減が進み、銀行同盟の完成度が高まり、資本市場同盟が進展し、健全化ルールに偏重した財政政策運営が是正されれば、域内の不均衡は改善しやすくなり、根強いユーロの持続可能性への懸念を緩和することにつながるだろう。

ECBの超金融緩和からの出口のプロセスで、ユーロ制度改革が、どのように展開して行くのかも注目したい。
 
 
(注3) European Commission, “Reflection paper on the deepening of the economic and monetary union”,31 May 2017(https://ec.europa.eu/commission/sites/beta-political/files/reflection-paper-emu_en.pdf)
(注4) European Commission, “Completing Europe's Economic and Monetary Union”, 22 June 2015(https://ec.europa.eu/commission/sites/beta-political/files/5-presidents-report_en.pdf) 。欧州委員会のユンケル委員長がトゥスクEU首脳会議常任議長(通称EU大統領)、ドラギECB総裁、ダイセルブルーム・ユーログループ議長、シュルツ欧州議会議長(当時)と緊密な協力関係によりまとめた。
(注5) Herman Van Rompuy, President of the European Council Towards a genuine Economic and Monetary Union”, 5 December 2012
 
 

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
Xでシェアする Facebookでシェアする

このレポートの関連カテゴリ

経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

(2017年07月24日「Weekly エコノミスト・レター」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【ECBの緩和縮小とユーロ制度改革】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

ECBの緩和縮小とユーロ制度改革のレポート Topへ