2017年07月12日

進化を続けるリバースモーゲージとヴィアジェ~超高齢社会に向けた英米仏のチャレンジ~

社会研究部 土地・住宅政策室長 篠原 二三夫

文字サイズ

3| HECM制度の仕組みと関係組織
この制度の仕組みを示したのが図5である。要になるのは、HUDの部局であるFHAが運用する融資保険基金(Mutual Mortgage Insurance Fund: MMI基金)である(以下では、この基金による保険制度自体を総じて「FHA融資保険」と言う)。

このFHA融資保険は、リバースモーゲージの3大リスクをカバーし、貸付機関と借り手(消費者)の利益を最適化するための公的制度である。FHAは、毎年度、このMMI基金の運用状況を議会に報告し、問題があれば改善策を講じる義務がある。

HECM制度は融資保険制度であるため、実際の貸付はFHAが公認した民間のHECM貸付機関が行う。貸付機関は、HECM契約に対しFHA融資保険を付保し、将来の担保割れリスクをカバーすることができる。

HECMの借り手はこれらの貸付機関に融資申請を行う。ただし、借り手は、貸付機関の融資申請受理前に、FHAが公認したカウンセリング機関のカウンセリングを受ける義務がある8。カウンセリング機関は、HECMに関する重要事項やHECM以外の代替的融資手段について説明する。その説明内容を借り手が理解した上でないと、貸付機関による融資申請以降の手続きは開始できない。借り手がカウンセリングを受けずに融資を申請しようとした場合、貸付機関はカウンセリングを受けるように指導する義務がある。

HECM貸付機関の業界団体である全米リバースモーゲージ協会(NRMLA)は、この要件とは別に独自ルールを定め、HECMが借り手にとって適切かつ他の選択肢はないのかを審査するフィナンシャル・アセスメントを、FHAも認めたガイドラインに基づき、2015年4月から運用している。

全米退職者協会(AARP)は正に高齢者がよりよい老後を過ごせるためのロビー活動や啓蒙活動、高齢者への情報提供や研修、その他のサービスを提供している任意団体である。会員数3,800万人の巨大組織であり、非常に大きな政治的なインパクトを持つ。HECMについても様々な冊子や情報を提供しており、議会や財務省、HUD(FHA)、消費者金融保護局(CFPB)に対しても制度改善の要望や協力を行っており、HECM制度の健全な運営を消費者側からサポートしている。

CFPBは金融危機後、2010年7月に設けられた金融規制改革法であるドッド・フランク法(Dodd-Frank Act)に基づいて、2012年1月に財務省傘下に設置されたが、第三者として独自の消費者金融保護を行う組織である。HECMについてもHUDから権限を委譲され、特に消費者保護の面から監督を行っている9。ただし、今後CFPBが具体的にどのような消費者保護対応を行うのかについてはまだ明確になっていない10

もう一つの制度的な要は、連邦政府抵当金庫(ジニーメイ)が、FHA公認のHECM貸付機関や債券発行機関(Issuer)が発行するHECM債券(HMBS)に対し、適時の元利支払いを保証し、流通市場を通じて機関投資家の資金をHECM融資のための原資として確保していることである。この証券化の仕組みには、HECM契約をオリジネートする貸付機関に加え、融資契約に基づいて借り手に資金を支出して顧客サービスを行うとともに資金を回収するサービサー(Servicer)、HMBSをプールして投資家に販売するパッケージャーやディーラーなどのプレイヤーが介在する。

以前は、ファニーメイがHECM債券の買い取りを行っていたが、金融危機を契機としたファニーメイを含む政府支援企業(GSE)改革の一環から、2010年度からの買取りは停止している。その後は流通市場を活性化し有利な起債ができるように、HUD傘下のジニーメイが保証業務として引き継いでいる。ジニーメイのHECMに基づくHMBSパススルー債は2007年に世界で始めて発行され、その後徐々に実績を積み上げてきた経緯がある。
図5 HECM制度の仕組みと関係組織
 
8 NRMLAによると、カウンセリングフィーは現状1面談で99ドルというのもあるが、125ドルほどが相場とのことである。
9 監督権限委譲は、連邦準備理事会(FRS, Board of Governors)や通貨統制管理室(OCC)、 貯蓄金融機関監督局(OTS)、連邦預託保険公社(FDIC)、全米信用組合管理庁(NCUA)などから行われており、金融規制に関する強大な権限が集約されている。
10 HECMの業界団体である全米リバースモーゲージ貸付業協会(National Reverse Mortgage Lenders Association: NRMLA)を訪問した際に聴取したもの。


4| HECM制度の概要
(1)HECMの特長
HECM制度の特長は次の通りである。
  • 持家所有者は、当該持家の資産価値(エクイティ)を流動化し、老後のよりよい生活水準維持のための収入補填や住宅購入費、修繕費、既存ローン債務の返済などに用いることができ、特に使途の制限はない。
     
  • 融資はノンリコース条件であり、仮に3大リスクによって、契約期間中や返済時に融資限度額を超える債務が生じても、借り手や相続人、家族等に負担義務はない。一方、返済にあたり、債務額を超える価額で住宅が処分できた場合は、当該処分益は借り手が生存している場合には本人、亡くなった場合は相続人に支払われる。
     
  • 住宅価格が債務額を超えて上昇し、融資限度額を高めに再設定できる場合は、借り手はHECMの借り換えを解約手数料なしに行うことができる。
     
  • 当該持家には、本人と配偶者の双方が亡くなるか、主たる住居を移転するか住宅を売却するなどの理由で自ら退去するまで居住し続けることができる(所有権は継続・継承される)。
     
  • 債務の返済義務が生じるまで、融資期間中の元利返済は一切必要なし。
     
  • 融資契約費用や融資保証費用(MIP)は融資額に繰り入れることができる。
     
  • 財産税(固定資産税のこと)の納税と住宅保険(火災や自然災害保険等)の付保と保険料支払いは、原則として借り手負担であり、これらを支払わない場合は、融資契約不履行(デフォルト)となる。しかし、2015年4月27日から、前述のファイナンシャル・アセスメントによって適切と査定されれば、これらの将来の支払いを融資額に含めることができる。
     
  • HECM貸付機関が金融不況等で経営が揺らぎ、融資を約定通り実行しない、又は破綻したとしても、HECM融資契約はFHAによって保証され、契約どおりの融資が実行される。
     
  • 元利返済がなくノンリコース条件のため、一般住宅融資ほど厳しい与信審査はない。
     
  • HECMによる融資金は所得ではないので非課税である。
 
(2)HECM融資のための適格要件
HECM融資のためには次の利用者と住宅資産における適格要件を満たす必要がある。

【利用者の適格要件】
  • 借り手は62歳以上であること(同居する配偶者にも2014年8月4日以前は62歳という条件が適用されていたが、それ以降は62歳以下の配偶者も対象とする特例が設けられている)。
     
  • 当該住宅資産の所有権を所有しているか、HECM融資により所有すること。
     
  • 当該住宅資産に主たる住居として居住、又はHECM融資により取得して居住すること 。
     
  • 連邦政府関連債務で支払滞納がなく、HUDの除外リスト等に掲載されていないこと。
     
  • 借り手及び配偶者の双方が、HUDが認可するHECMカウンセラーのカウンセリングを受けること。ただし、電話でのカウンセリングが認められており、ほとんどの借り手は電話を利用している。カウンセリングは、貸付機関が融資申請を受けて審査手続きを開始する前に行う必要がある。
     
  • 借り手がHECMの融資契約の義務を果たせると判断される者であること。


【住宅資産の適格要件】
  • FHAガイドラインによる適切な不動産鑑定評価書(貸付機関が取得する)が得られること。
     
  • 戸建て住宅ないし1棟4戸までの住宅(1戸には必ず利用者が居住していること)。
     
  • HUDが認めたコンドミニアム及び1976年6月15以降の移動可能住宅であること。
     
  • HUD最低住宅要件(MPR)に適合していること。融資前に白蟻・害虫検査や住宅検査を行い、適合していない場合は、必要な駆除や修繕を行う必要がある。駆除費用や修繕費は融資額に含められるが、借り手には、将来にわたる住宅の維持管理義務と費用の負担義務がある。
     
  • 対象住宅は、居住可能な完成済みの物件であること(後述のように一部見直される予定)。
 
(3)HECM融資限度額(MCA)と元本限度額
HECMの現在のルールでは、元利を含む融資限度額(Maximum Claim Amount: MCA)は、2009年2月以降、625,500ドルもしくは不動産鑑定評価額のいずれか低い方とされている。それ以前の限度は417,000ドルであったが、サブプライムショックによるバブル崩壊後の2009年米国復興・再投資促進法(American Recovery and Reinvestment Act of 2009:ARRA)に基づき、625,000ドルに限度を拡大した経緯がある。このAPRRAによる1.5倍もの限度拡大は、HECM への借り換えを容易にし、バブル期の高騰した価格で住宅融資を得た上に、失業してしまった困窮世帯を救済するひとつの方策として行われた。これは一時的な施策だったが、その後、住宅市場の回復により各地の住宅価格が上昇したため、HUDは限度を現在も625,500ドルに維持している。個々のHECM契約における平均MCAは制度実施以来徐々に上昇しており、MMI基金のリスク要因となっている(図6)。
図6 HECMの融資限度額(MCA)の推移(単位:US$)/表1 HECMの元本限度係数(PLF)と制度変遷
MCAは金利の累積を含む元利の限度額であるが、さらに、借主年齢(配偶者を含む)や将来金利水準の想定に基づく元本限度計数(PLF: Principal Limit Factor)をMCAに乗じて、元本限度額を決定することとなっている。元本限度額は、借り手が引き出せる融資金(元本)の限度額となる。したがって、PLFは融資掛け値だが、MCAの限度額は625,500ドルなので、必ずしも対象となる住宅物件の担保掛け値とは一致しない。

この融資掛け値の調整は、FHAによるMMI基金の健全性を維持するための重要な手段である。2009年度以降の推移をみると、図6のように平均MCAは上昇しているが、PLFはMMI基金の健全性を維持するために、表1の通り、徐々に保守的になっており、FHAが抱えるリスクを縮減している様子が分かる。特に2014年度は従前に比べてPLFを85%に設定している。2014年8月4日以降は、一部を除いてPLFを下げた他、利便性を改善するために配偶者の年齢が62歳未満でもHECMが利用できるように新たにPLFを設けている。
Xでシェアする Facebookでシェアする

社会研究部   土地・住宅政策室長

篠原 二三夫 (しのはら ふみお)

研究・専門分野
土地・住宅政策、都市・地域計画、不動産市場

経歴
  • 【職歴】
     1975年 丸紅(株)入社
     1990年 (株)ニッセイ基礎研究所入社 都市開発部(99年より社会研究部門)
     2001年より現職

    【加入団体等】
     ・日本都市計画学会(1991年‐)           ・武蔵野NPOネットワーク役員
     ・日本不動産学会(1996年‐)            ・首都圏定期借地借家件推進機構会員
     ・日本テレワーク学会 顧問(2001年‐)
     ・市民まちづくり会議・むさしの 理事長(2005年4月‐)
     ・日米Urban Land Institute 国際会員(1999年‐)
     ・米国American Real Estate Finance and Economics Association国際会員(2000年‐)
     ・米国National Association of Real Estate Investment Trust国際会員(1999年‐)
     ・英国Association of Mortgage Intermediaries準国際会員待遇(2004年‐)
     ・米国American Planning Association国際会員(2004年‐)
     ・米国Pension Real Estate Association正会員(2005年‐)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【進化を続けるリバースモーゲージとヴィアジェ~超高齢社会に向けた英米仏のチャレンジ~】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

進化を続けるリバースモーゲージとヴィアジェ~超高齢社会に向けた英米仏のチャレンジ~のレポート Topへ