2017年06月26日

増加する白内障手術と民間医療保険のリスク~社会環境の変化や診療報酬改定が与える影響

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 村松 容子

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1――水晶体再建術増加の現状

1白内障とは
白内障とは、眼内にある水晶体が混濁し、視力が低下する病気である。水晶体の混濁は、主として加齢によって起こるため、高齢になるとほとんどの人が白内障になると言われている。白内障が進行して日常生活に支障がある場合には、水晶体再建術(人工の水晶体(眼内レンズ)を挿入する手術)を受けることがある。「2015年度NDBオープンデータ1」によれば、水晶体再建術は、約1260ある手術分類の中で最も多く実施されている手術で、全眼科手術の約4割、全手術の約1割を占めている。手術を受けた患者の3割が80歳以上であり、高齢者が多い2>。

近年、水晶体再建術実施数は増加している。その背景として、高齢化によって白内障患者が増えたことだけでなく、眼内レンズの性能が上がったことと、手術による身体への負担が減ったことで、早期段階で手術を受ける患者が増えたほか、かなりの高齢でも手術を受けられるようになったことがあげられる。また、加齢以外に、糖尿病やアレルギー、外傷によっても水晶体の混濁は起き、最近では、若年での白内障も増加していると言われている。

水晶体再建術には、公的医療保険の対象となる単焦点のレンズを使用するものと、公的医療保険の対象にはならない多焦点のレンズを使用するものがある。現在のところ、保険対象の単焦点レンズを使用する患者が多いようだ。公的保険対象の手術については、原則2年ごとに行われている診療報酬改定等で、2000年以降何度か改定の対象となっている。ただちに命にかかわるような疾病ではないため、公的な医療保険での取り扱いによる影響も受けやすい可能性がある。
 
1  全医療施設で発行されたレセプト(診療報酬明細書)が対象。現在のところ、2015年度についてのみ、NDBデータ活用の試みとして診療行為別に性・年齢別、および都道府県別の全実施回数が公開されている。
2  90歳以上も全手術患者の2%を占める。90歳以上で受けている手術の2割程度が「水晶体再建術」である。
2水晶体再建術の実施状況と患者数
厚生労働省の「社会医療診療行為別統計3」によると、水晶体再建術4数は増加傾向にある(図表1)。2014年以降、入院(および包括評価の対象部分)で減少しているのは、2014年度診療報酬改定の影響によると考えられる。詳細は後述する。

手術数が増加している一方で、厚生労働省の「患者調査」によると、白内障による入院の在院日数(入院患者のほぼ全員が手術を受けている)は短期間で済むようになっている(図表2)。また、外来患者のうち、初診患者数は横ばいで推移しているが、再来患者数は1996年から半数近くにまで減少しており、再診しなくていい患者が増えている(図表3)。

こういったことから、厚生労働省の「患者調査」による白内障の総患者数(白内障を理由として、調査時点で受療中の患者数を推計したもの5)は減少している(図表4)。
図表1 「水晶体再建術」実施回数の推移(各年6月実績)/図表2 白内障による平均在院日数の推移/図表3 白内障の外来患者数の推移/図表4 白内障総患者数の推移
 
3  2014年までは「社会医療診療行為別調査」。
4  対象は、保険診療における手術で、医科診療報酬点数表の「K282水晶体再建術」とした。
5  具体的には「総患者数=入院患者数+初診外来患者数+再来外来患者数×平均診療間隔×調整係数(6/7)」で推計。
3診療報酬改定の動向
図表1で、2013年と2014年間で不連続となっている理由として、2014年度における診療報酬改定の影響が考えられる。2014年度改定では、DPC対象病院における4泊5日までの水晶体再建術が、出来高評価から、入院基本料等も含めた全包括の点数で評価されることになった6。事実上減額となっただけでなく、4泊5日までの入院であれば、両眼手術をしても同じ点数で評価されることになった7

診療報酬点数の取扱いが変わったことによって、手術の実施状況に変化があった可能性がある。また、厚生労働省の「社会医療診療行為別統計」では、この改定で包括評価とされた部分については、診療行為大分類の「手術」区分から除外して集計が行われている。包括評価対象の手術実施数は、別途集計されているが、片眼・両眼同一の点数であることから両者の区別はされていない。こういったことから、2013~2014年の間で不連続となっていると考えられる。
 
レンズの性能が上がり、身体への負担や治療に必要な日数が減っていることから、従来と比べて水晶体再建術は受けやすくなっていると考えられる。高齢化にともない、今後も手術は増加すると考えられる。

そこで、本稿では、診療データを使って、この5年間の動向と、2014年度診療報酬改定による変化について紹介し、民間保険会社の医療保険への影響を考えたい。分析対象は公的保険の対象となる単焦点レンズによる手術である。
 
6  水晶体再建術は、一定程度治療法が標準化し、短期間で退院可能な手術とされ、入院5日目までに行われたすべての医療行為を包括して評価する仕組み(短期滞在手術基本料3)の対象となった。
7  その後、2016年度改定で片眼、両眼それぞれについて点数が設定されている。
 

2――診療データを使った詳細な動向

2――診療データを使った詳細な動向

1使用したデータ
分析に使用したデータは、メディカル・データ・ビジョン株式会社(以下「MDV」とする。)による診療データベースである8

このデータベースは、DPC対象病院296施設における1,821万人分の診療データ(2017年4月末時点)について、個人情報に該当する情報を全て匿名化処理した上で、各種研究で活用されている。
図表5 分析対象者の性・年齢分布(2015年度に白内障手術を受けた患者) 医療機関に蓄積されたデータベースであることから、受診してDPCデータやレセプトデータが発生した患者の情報しかないため、それが国民の何%に当たるかといった受療率等を把握することはできない。しかし、加入する保険制度に関係なくデータが取得でき8、実際の性・年齢別の受療分布に応じた分布でデータが取得できるため、医療資源の配分状況や、性・年齢別、疾病別の診療行為の特徴等を詳細に把握することができる。

また、診療データは、レセプト情報だけではなくDPCデータも網羅しているため、患者の入院情報や血液検査情報に加え、ADLスコアや悪性腫瘍等のステージ等の情報も取得することができる。
図表6 実施回数の推移 本稿では、2011~2015年度の5年間にわたってデータが取得できる77施設について、対象期間内に水晶体再建術を受けている10レセプトを抽出し、分析した。

分析対象とする患者は、5年間でのべ約7万人(年間1万人強)、実施回数11は、のべ約11万回(年間2万回強)だった。

2015年度に水晶体再建術を受けた患者の性・年齢分布は図表5のとおりだった。この分布は、今回分析対象とした5年間で、大きくは変わらず、手術を受けている年齢層は、男女とも70~79歳が最も多いが、男女合わせて3%が90歳以上だった。国内の全患者の分布12も同様である。
 
8  メディカル・データ・ビジョン株式会社が保有する診療データベースは、病院からデータの二次利用許諾をいただいた、DPCデータ/レセプトデータをもとに構築している。当該データベースでは、収集が難しく実態を把握することが困難とされていた、病院における薬剤処方実態や疾患規模の実態などを明らかにすることが可能である。なお、取り扱っているデータは全て、個人情報保護の観点から匿名化処理をしている。
9  例えば、健康保険組合等で保有するレセプトデータでは、被用者とその家族に限定されてしまうのに対して、医療機関にあるデータでは、年齢や就労状況に関係なくデータを取得することができる。
10  医科診療報酬点数表の「K282水晶体再建術」とした。
11  同日に両眼とも手術をした場合や、何等かの事情で同日に片眼を2回手術した場合は2回とカウントした。
12  「NDBオープンデータ」など
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

村松 容子 (むらまつ ようこ)

研究・専門分野
健康・医療、生保市場調査

経歴
  • 【職歴】
     2003年 ニッセイ基礎研究所入社

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