2017年06月12日

欧州経済見通し-回復続くユーロ圏。ECBは慎重に緩和縮小を模索/EU離脱に揺れる総選挙後の英国-

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

文字サイズ

1.回復続くユーロ圏、ECBは慎重に緩和縮小を模索

( 現状:個人消費の堅調続く、投資、輸出も持ち直す )
ユーロ圏では個人消費の堅調に投資、輸出の回復が加わり、景気拡大テンポが速まっている。

6月8日公表の1~3月期の実質GDP(確報値)は前期比0.6%、前期比年率2.3%で速報値から上方修正された。10~12月の同0.5%、同2.1%からさらに加速し(図表1)、1%台前半と推計される潜在成長率を上回る成長が続いた。

4~6月期も景気拡大の勢いは鈍っていない。総合購買担当者指数(PMI)は4月、5月ともに56.8で1~3月期の平均水準(55.6)を上回る(図表2)。同指数は、実質GDPとの連動性の高さが注目される。4~5月の指数は実質GDP前期比0.7%に相当する。

景気拡大テンポの加速とともに、国別、需要別の裾野の広がりも見られる。

17年1~3月期の実質GDPはユーロを導入する19カ国で8日までに統計を公表している17カ国の成長率はすべてプラスだった。主要国では、スペインが前期比0.8%とさらに加速したほか、ドイツも同0.6%と高い伸びとなった。フランスは10~12月期を下回ったが、同0.4%と緩やかな拡大基調は維持、回復の遅れが目立ったイタリアも同0.4%と回復基調が続くようになった。仏伊の総合PMIも西独の水準に追いついており、拡大テンポは全体に加速している(図表1、図表2)。
図表1 ユーロ圏主要国実質GDP/図表2 総合購買担当者指数(PMI)/図表3 ユーロ圏の需要別GDP/図表4 ユーロ圏の雇用者所得
需要面では、個人消費が1~3月期も前年比0.3%増で安定的に成長を支えた(図表3)。17年入り後は、およそ2年にわたりゼロ近辺にあったインフレ率が上向いたことで実質所得の伸びは抑えられるようになっている(図表4)。しかし、雇用・所得環境の改善、失業率の低下も着実に進んでいるため(図表5)、家計のマインドも高めの水準で改善傾向にあり(図表6)、消費失速には至らなかった。企業の採用意欲は製造業、サービス業ともに高まっており、家計の雇用の先行きに対する見通しも明るいなど(図表7)、基調が変わる兆しはない。

固定資本投資の回復傾向も明確になってきた(図表8)。1~3月期は前期比1.3%で10~12月期の同3.4%には及ばなかったが、高い伸びを維持した。GDPギャップの縮小と潜在成長率引き上げの両面から回復の加速が期待されながらも、過剰債務や政治・政策の不透明感が重石となり弾みがつかない状態が続いた。製造業の稼働率は、長期平均を上回る状況が続いている。(図表8)、後述の通り、欧州中央銀行(ECB)の著しく緩和的な金融政策からの脱却も緩やかなペースに留まる。欧州委員会の設備投資計画調査も、昨年10~11月調査の実質前年比3%増から今年3~4月調査では同5%増に上方修正された(図表9)。3~4月調査での上方修正は例年見られるが、17年に関しては、外的ショックのような環境の急変がなければ、大幅な下方修正はないと見ている。
図表5 ユーロ圏の失業率と失業者数増減/図表6 ユーロ圏家計・企業の景況感/図表7 ユーロ圏製造業、サービス業、家計の雇用/失業失業見通し/図表8 ユーロ圏の稼働率と固定資本形成増加率
図表9 ユーロ圏の設備投資計画調査/図表10 ユーロ圏の輸出金額
輸出は1~3月期実質前期比1.2%と10~12月期の同1.7%に比べて伸びが鈍ったものの拡大基調が続いた。他方、内需、とりわけ投資の回復とともに輸入の拡大のペースも加速しているため、外需の成長への寄与度は10~12月は前期比0.8%のマイナス、1~3月期はゼロだった。

月次統計で輸出金額の推移を見ると、米国向けと中国を中心とする新興国向けの伸びが足踏み状態を脱して、17年初にかけて加速している(図表10)。全体の4割を占めるユーロ圏外の欧州(ユーロ未導入EU加盟国及びスイス)向けは、緩やかな伸びが続いている。米国の息の長い景気の拡大と中国の成長の持ち直しは、ユーロ圏の追い風となっている。
( インフレ動向:ゼロ近辺の推移を脱し、1%台を回復 )
インフレ率(CPI)は16年後半以降、ゼロ近辺を脱する動きが進み、17年入り後は1%台で推移している(図表11)。3~4月はイースター休暇の影響で不規則な動きとなったが、特殊要因が剥落した5月(速報値)は前年同月比1.4%に落ち着いた。

インフレ率がゼロ近辺を脱した最大の要因は原油価格にある。原油価格は、14年半ば以降、2年にわたってユーロ圏内のエネルギー価格を押し下げ、超低インフレの原因となってきた。しかし、16年12月以降、エネルギー価格は物価押上げ要因に転じている。

エネルギー価格の下げ止まりでデフレ・リスクは後退したが、ECBが安定の目安とする「2%以下でその近辺」の軌道に回帰する動きはまだ弱い。エネルギー・食品を除くコア・インフレ率は5月速報値で前年同月比0.9%、サービス価格は同1.3%で、鈍化傾向こそ止まったが、上向きのトレンドが確認できる訳でもない。

内生的なインフレ圧力が高まらない理由は賃金の伸び悩みにある。世界金融危機前は、一人当たり雇用者所得、時間当たり労働コストなどの賃金指標の伸びは2%を超えていたが、直近(16年10~12月期)は1%台半ばで加速の兆候もない(図表12)。

賃金の伸び悩みは、日本や米国、英国など広く先進国に共通して見られる現象だが、ユーロ圏の場合は、日米英と違い労働市場のスラックで説明できる部分もなお大きい。4月のユーロ圏の失業率9.3%は2009年3月以降で最も低い水準だが、まだ世界金融危機前のボトム(7.3%)よりも遥かに高い。

ECBは最新の月報で、求職活動を断念した非労働力人口や、フルタイムで働く意欲があるものの、パートタイムに甘んじている就業者などを含めた実際のスラックは、失業率が示すよりも高い可能性を指摘している。さらに、スラック以外の賃金伸び悩みの原因として、生産性の伸びの弱さや労働市場改革の影響、ゼロ近辺のインフレ率が続いたことの賃金形成への影響を挙げている(注1)

(注1)ECB economic bulletin, Issues 3 /2017 p.32-35及びp.16
図表11 ユーロ圏のインフレ率/図表12 ユーロ圏の賃金指標
( 見通し:実質GDPは17年2.0%、18年1.7%、インフレ率は17年1.6%、18年1.5%)
ユーロ圏の17年の実質GDPは前年比2.0%と引き続き潜在成長率を上回る見通しである。GDPギャップは、世界金融危機以降、開いた状態が続いてきたが、18年にはほぼ解消する見込みである(注2)

個人消費は、17年後半も雇用・所得環境の改善に支えられた拡大が続き、成長の牽引役を果たすだろう。

固定資本投資も企業業績の好調や高稼働率、緩和的な金融環境を背景に回復基調を維持しよう。引き続き一部の国では、過剰債務問題や不良債権問題が解消しておらず、スピードやレベルの差はあるが、景気と雇用の回復は圏内全体に広がっており、投資回復の環境は整いつつある。

外需の寄与は、16年10~12月期、17年1~3月期と内需の回復ペースの加速で輸入の伸びが輸出を大きく上回ったことで、17年は16年からマイナス幅がさらに拡大する。18年は徐々に輸出と輸入のバランスがとれた形となるだろう。

インフレ率は、年間では17年1.6%、18年1.5%と予測する。原油価格の物価押上げ効果は17年初がピークだが、18年末までの予測期間を通じて前年水準を上回ると想定しており、インフレ率は1%を安定的に超えるようになる。賃金の伸びも、今後は、スラックの縮小がさらに進むほか、16年後半以降のゼロ・インフレ脱却を反映するようになることで、緩やかに上向くと見られる。

ECBの定義による安定的なインフレ率への回帰は18年後半にかけて緩やかなペースで進むだろう。

(注2)欧州委員会、OECDはそれぞれ最新の経済見通しで18年のユーロ圏のGDPギャップをゼロと推計している。
Xでシェアする Facebookでシェアする

経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【欧州経済見通し-回復続くユーロ圏。ECBは慎重に緩和縮小を模索/EU離脱に揺れる総選挙後の英国-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

欧州経済見通し-回復続くユーロ圏。ECBは慎重に緩和縮小を模索/EU離脱に揺れる総選挙後の英国-のレポート Topへ