2017年05月17日

求められる20~40代の経済基盤の安定化-経済格差と家族形成格差の固定化を防ぎ、消費活性化を促す

生活研究部 上席研究員 久我 尚子

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1――はじめに

昨年あたりから、20~40代などの中核世代の経済基盤の安定化に向けた政策が目立つ。昨年6月に閣議決定された「ニッポン一億総活躍プラン」や今年3月の「働き方改革実現計画」には、若年層や女性で多い非正規雇用者の処遇改善策や育児と仕事の両立支援策などが盛り込まれている。

今の40代半ば以下の世代は景気低迷の中で新卒の就職時期を迎えた世代だ。年齢が若いほど非正規雇用者が多く、正規雇用者でもかつてほど収入は多くない。以前に述べた通り1、経済格差は家族形成格差にもつながる。就職氷河期世代は、すでに家族形成期に入っており、経済基盤の安定化は急務だ。

中核世代の経済力が増すことは、低迷が続く個人消費の底上げを考える上でも意義深い。家族形成期は、家や自動車の購入、教育費などの出費がかさむ時期であり、消費活性化の契機だ。20~40代の経済力が増し、希望通りの結婚や子育てが実現できれば、消費市場の持続的拡大が望める。逆に、この年代で消費が活性化しなければ、日本の消費市場は縮小の一途をたどることになりかねない。

本稿では、あらためて20~40代の経済基盤強化に向けた主な政策を振り返るとともに、雇用情勢や消費の観点から見た意義を述べる。
 
1 久我尚子「若年層の経済格差と家族形成格差~増加する非正規雇用者、雇用形態が生む年収と既婚率の違い」、ニッセイ基礎研究所、基礎研レポート(2016/7/14)など。
 

2――昨年度からの主な政策の動き

2――昨年度からの主な政策の動き

1「ニッポン一億総活躍プラン」(2016/6)~希望出生率1.8に向けた若者や女性の雇用環境の整備
「ニッポン一億総活躍プラン」では、日本経済の持続的成長に向けた根本課題である少子高齢化問題に立ち向かうとし、新たな三本の矢の一つに「夢をつむぐ子育て支援」を掲げている。若者の希望通りの結婚や出産を叶えるために、現状課題は「結婚」と「妊娠・出産・子育て」、「ひとり親家庭」に分解され、それぞれに対応するように生活基盤の安定化に向けた施策が並ぶ(図表1)。
図表1  「ニッポン一億総活躍プラン」における「希望出生率1.8」へ向けた施策
例えば、「結婚」については、「①若者の雇用安定・待遇改善」では、非正規雇用者の雇用転換・待遇改善や若者の雇用促進・能力開発等が、「③結婚支援の充実」では、出会いの場の提供など自治体や企業の取り組み支援がある。子育て関連については、待機児童の解消に向けて、「⑥多様な保育サービスの充実」(保育の受け皿拡大や企業主導型保育の推進、放課後児童クラブの充実)や「⑦保育人材の確保・生産性の向上」(保育士の処遇改善等)がある。さらに、仕事と育児の両立環境の整備に向けては、「⑧働き方改革の促進」(女性や若者で多い非正規雇用者の待遇改善として同一労働同一賃金の実現、長時間労働の是正等)や「⑨女性の活躍促進」(再就職支援、女性リーダーの人材育成等)がある。

なお、いずれも2026年度までの10年間の工程表が記されている。政府資料としてはめずらしい印象があり、強い意思表示のようにも見える。各施策の達成状況については、今後、丁寧に見ていく必要があるが、実現に向けた決意は高く評価できるのではないか。
2「働き方改革実行計画」(2017/3)~非正規雇用者の処遇改善・長時間労働の是正で家族形成の促進も
「ニッポン一億総活躍プラン」を受けて、今年3月に「働き方改革実行計画」がまとめられた。具体策を見ると、「①同一労働同一賃金など非正規雇用者の処遇改善」では、基本給だけでなく各種手当てや福利厚生、教育訓練等も含めて均等・均衡待遇の確保に向けたガイドライン案が定められている(図表2)。不安定な雇用環境は家族形成を阻む要因でもある。均等・均衡待遇の確保が実現すれば、この状況に一定の改善が望めるだろう。
図表2  「働き方改革実行計画」における具体策 また、長時間労働の是正(③)も強く押し進められている。実行計画の本文にある通り、長時間労働は「健康の確保だけでなく、仕事と家庭生活との両立を困難にし、少子化の原因や、女性のキャリア形成を阻む原因、男性の家庭参加を阻む原因」だ。また、そもそも結婚の出会いを阻む原因でもあるだろう。若者が希望する結婚や子育てを実現するためには、長時間労働の是正も必要だ。

「⑤女性・若者の人材育成など活躍しやすい環境整備」では、女性の再就職支援や更なる活躍促進などに加えて、就職氷河期世代の雇用環境の整備にも言及している。足元、アベノミクスによる企業活動の活発化により新卒内定率は上昇している2。一方、就職氷河期に学校を卒業した世代は取り残されており、正社員になれず非正規のまま就業又は無業を続けている者が40万人以上存在する(実行計画本文)。当該層では家族形成期にある者も多いだろう。同一労働同一賃金の実現に加えて、就職氷河期世代の救済にも言及することは、経済格差を是正し、希望する家族形成を促す上で非常に意義深い。
 
2 文部科学省「平成28年度大学等卒業予定者の就職内定状況調査」
3結婚・子育て資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置(平成27年度税制改正)
「平成27年度税制改正大綱」では、結婚・子育て資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置が創設されている。将来の経済的不安は若年層に結婚・出産を躊躇させる大きな要因の一つであり、祖父母や両親の資産を早期に移転させることで、子や孫の結婚・出産・子育てを支援するというものだ。非課税の上限は1000万円(結婚関係は300万円)で、結婚式や新居の家賃、引越、不妊治療や妊婦検診、出産、子どもの医療や保育、ベビーシッター代などが対象となる。

日本の家計金融資産は高齢世帯に偏在し、その傾向は強まっている。家計金融資産の保有率は世帯主年齢60歳以上の世帯が6割強を占めて上昇傾向にある(総務省「全国消費実態調査」を用いた推計)。若年層には雇用環境の整備をはじめ、多方面からの経済支援策が必要である。
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生活研究部   上席研究員

久我 尚子 (くが なおこ)

研究・専門分野
消費者行動、心理統計、マーケティング

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