2017年04月28日

損失抑制に向けたDB運用-国内債券の保険的な役割の有効性や必要性を踏まえて

金融研究部 企業年金調査室長 年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 梅内 俊樹

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1――転機を迎えるDB運用

世界的な金融危機の影響から2008年度に運用利回りが2桁のマイナスとなった確定給付企業年金(DB)の運用は、その後、良好に推移している。2010年度以降のDB平均の運用利回りは、昨年度末までに年平均で4.7%程度に達し、その間の予定利率の平均3%弱を上回る。予定利率を上回る運用利回りを確保できたのは、アベノミクスへの期待から株高・円安が進展した2012年度から2014年度にかけて、年平均で10%近い利回りを達成できたことが大きく寄与している。しかしながら、2015年度単年度の運用利回りが小幅ながらもマイナスとなったことにも現れているように、市場環境には変化の兆しも見られ始めている。
(図表1) DB平均の主要資産の構成比率の推移 市場環境が時間の経過とともに変わるなかで、DBの資産構成も徐々に変化している。DB平均の資産構成において、株式、取り分け、国内株式の構成比率は、2009年度末以降ほぼ一貫して引き下げられている。市場金利の低下に伴い、予定利率の引き下げが余儀なくされる中、高いリターンが期待される株式の構成比率を高位に維持する必要がなくなったことが背景にある。ただ、株式の構成比率引き下げの主な受け皿となっているのが、ヘッジファンド等の“その他資産”であることからは、世界的な金融危機時の教訓により、幅広く分散投資することの重要性が認識されてきた結果と捉えることもできる。

他方、国内債券の構成比率には大きな変化は見られない。2016年度末の構成比率は、2009年度末とほぼ同水準の30%近くに維持されている。もちろん、構成比率が高位に維持されているとは言え、継続的に金利が低下し、昨年度には10年国債金利までもが短期的にマイナスに陥る過程で、国内債券の運用については、既に様々な工夫や変更が実施されているものと思われる。しかしながら、昨年9月に金融緩和政策の転換が決定されたことを受け、市場金利の見通しに修正が迫られつつある中、改めて国内債券の運用のあり方を検証することは無駄ではないであろう。以下では、国内債券の運用のあり方を、主に市場金利が一定のレンジで推移することを前提として確認し、その上で、金利上昇にも備える運用のあり方について考えたい。
 

2――金融緩和政策で変わるイールドカーブの推移

2――金融緩和政策で変わるイールドカーブの推移

アベノミクスの第一の矢として、量的・質的金融緩和政策が導入されたのは2013年4月。その後、量的・質的金融緩和政策の拡大を経て、量と質から金利も政策目標とする「マイナス金利付き量的・質的金融緩和政策」の導入が2016年1月に決定された。銀行が新たに積み増す当座預金に対して、マイナス0.1%の金利を適用するという政策だが、マイナス金利の適用を“新たに積み増す”部分に限定したのは、銀行の収益への影響が大きいことへの配慮からである。しかし、市場はこうしたマイナス金利政策に過剰反応し、10年国債金利までもがマイナスに沈むこととなった。

こうした状況下、昨年9月に導入が決定されたのが、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和政策」だ。10年国債金利にも目標水準0%を設定する「イールドカーブ・コントロール」と、物価上昇率の実績値が安定的に2%の「物価安定の目標」を超えるまでマネタリーベースの拡大を続ける「オーバーシュート型コミットメント」の導入を柱とする政策への転換である。10年国債金利のマイナス幅拡大に歯止めが掛かったという点で、あるいは、金融緩和政策の長期戦が視野に入れられている点で、国内債券の運用のあり方にも影響を及ぼす政策変更と言える。
(図表2) 国債複利イールドカーブのレンジ(仮定)と直近値 以下では、イールドカーブ・コントロール下での、当面の国内債券の運用のあり方について確認する。具体的には、国内債券以外の資産で生じる損失の一部を相殺する機能、財政上あるいは会計上の年金負債に対する積立不足の発生・拡大を抑制する役割という、国内債券に求められてきた保険的な機能と役割の有効性や必要性の面から確認する。その際、イールドカーブが図表2に示す様に、過去1年程度の最高と最低を上下限とするレンジ内で推移することを仮定する。このレンジは、トランプ政権の経済政策への期待から米長期金利が高めに推移し、国内金利にも上昇圧力がかかる局面で、10年国債金利が日銀による強力な国債買入れ介入により0%程度と判断できる範囲内に抑制されたこと、一方で、マイナス金利の拡大には弊害があり、長短金利の目標水準引き下げには慎重にならざるを得ないと考えられることを踏まえたものである。直近では原油価格が底入れし、エネルギー価格の物価押し下げ圧力は緩和されつつある。しかしながら、2%という物価目標が早期に実現されるとの見方は多くはなく、日銀が長期戦を視野に入れていることを踏まえると、イールドカーブ・コントロールが継続されること自体に異論はないものと思われる。
 

3――大きく低下する国内債券の保険的な機能や役割

3――大きく低下する国内債券の保険的な機能や役割

(図表3) 国内債券月次リターンとの36カ月相関係数の推移 1他の資産で生じる損失穴埋め機能
DBの平均的な内外株式の構成比率は、国内株式を中心に年々引き下げられてきた。しかしながら、内外株式のポートフォリオ全体のリスクに占める割合は8割弱を占め、内外株式のリターンが年金資産全体のパフォーマンスを大きく左右する状況は、過去から大きく変わっていない。株価下落局面で、ポートフォリオ全体の運用損失を如何に抑制するかが、安定的なDB運営を実現する上での重要な課題となっている。

過去を振り返ると、国内債券がその役割を果たしてきたことが分かる。国内債券と国内株式の相関係数の推移を見ると、1994年以降ほぼ一貫してマイナスで推移している。国内債券と外国株式との相関係数についても、1994年から2007年にかけて0近辺で推移したものの、その後はマイナスに転じ、2007年以降は、国内株式とほぼ同水準でのマイナスが続いている。また、国内債券と外国債券の相関係数が2012年以降、大幅なマイナスで推移していることも特徴的だ。国内債券と円ドルレートの相関がここ数年マイナスとなっていることが、為替レートの変動に左右されやすい外国債券との相関にも反映されているためである。

こうした国内債券と他の資産との間に見られる負の相関関係は、経済のグローバル化の進展により、内外株式の連動性が高まっていることや、リスクオフ時に円が買われる傾向が強まっていることが背景と考えられる。リスクオフ時に円高が進むことについては、理論的な裏づけがある訳ではないが、円キャリートレードが一因であることを勘案すれば、日本で超金融緩和政策が続く限り、国内債券と他の資産との負の相関関係が継続される可能は高いと見ることもできる。その意味では、年金運用の安定化を図る上で、国内債券に期待される役割は引き続き重要と言える。

しかしながら、国内のイールドカーブが仮定のレンジ内で推移することを前提にすれば、当面は、国内債券に期待されてきた役割が十分に機能しない可能性がある。市場金利の低下余地が限られ、十分な収益を上げられないためだ。特に、残存10年以下の債券で、こうした傾向が顕著である。このため、イールドカーブが一定のレンジ内で推移するとの仮定の下では、レンジの下限までの金利低下余地が大きく、相対的に高いリターンが見込まれる残存10年超の超長期債を重視すべきことになる。ちなみに、市場金利が現在の水準から下限まで低下する場合、超長期債への投資により10%程度のリターンが見込まれるため、その効果は決して小さくはない。また、残存10年超の債券は、10年以下の債券に比べ高めのキャリー収益が見込まれ、イールドカーブが一定で推移した場合の収益性も相対的に高い。こうした点を踏まえると、国内債券を一括りに捉えるのではなく、当面は残存10年以下と10年超に分けて、投資のあり方を考えることが重要だろう。
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金融研究部   企業年金調査室長 年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

梅内 俊樹 (うめうち としき)

研究・専門分野
企業年金、年金運用、リスク管理

経歴
  • 【職歴】
     1988年 日本生命保険相互会社入社
     1995年 ニッセイアセットマネジメント(旧ニッセイ投信)出向
     2005年 一橋大学国際企業戦略研究科修了
     2009年 ニッセイ基礎研究所
     2011年 年金総合リサーチセンター 兼務
     2013年7月より現職
     2018年 ジェロントロジー推進室 兼務
     2021年 ESG推進室 兼務

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