2017年03月31日

製造業を支える高度部材産業の国際競争力強化に向けて(後編)-我が国の高度部材産業の今後の目指すべき方向

社会研究部 上席研究員 百嶋 徹

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(3)アップルのものづくり経営に学ぶ
競争力が低下した川下の電機メーカーにとって、アップルのものづくり経営10に学ぶべきことは多々ある。アップルでは、世界を良くしたいという社会的ミッションの実現が起点となり、世界を変えるような機能美を極めた最高の製品を開発することが何よりも最優先される。それに最適な素材・部品や加工技術を見極め確保するために、調達・生産技術のスタッフは世界中を奔走し、的確なサプライヤーや製造委託先を世界中から厳選しているとみられる。優れたサプライヤーを世界中からきめ細かく厳選するスタンスは、米インテルや韓国サムスン電子など優れた世界的大手電機メーカーに共通していると思われる。社会的ミッションの実現を上位概念とするきめ細かいサプライチェーンの構築は、日本の電機メーカーも実践すべき視点であろう。

アップルのように、デザイナーや開発者がコストを意識せずに、社会的ミッション起点・顧客視点の製品デザイン開発に専念できる組織体制を構築するためには、調達部門が生産技術にも精通し、サプライヤーの製造スペックやコストを厳格にコントロールできる「ベンダーマネジメント力」を持ち合わせることが求められる。日本企業では、調達部門に人材を割かない傾向が強いとみられるが、ベンダーマネジメント力を強化するためには、調達部門の人材育成・強化も重要だ。

iPodに用いられた燕市の地場の中小企業や職人が持つ研磨技術のように、川下製品の開発のブレークスルーにつながりうるものづくり基盤技術を探索するためには、自治体などが運営する地域の産業支援機関11による中小企業の掘り起こしとマッチングの機能を活用することも勿論有用だが、アップルのように社外の技術知見に関わる目利き力を磨き、世界中から最適な知見を実際に探し当てる気概を醸成することも求められる。アップルの「サプライヤーリスト」2016年版に掲載された日本企業は、前述の通り41社だが、そのうち34社が資本金10億円超の大企業が占め、また17社が同500億円超の超大企業が占める一方、ポリマテック・ジャパン(本社所在地:埼玉県さいたま市)、東陽理化学研究所(同:新潟県燕市)、スリーボンドホールディングス(東京都渋谷区)、錢屋アルミニウム製作所(同:大阪府池田市)、ツジデン(同:東京都杉並区)の5社12が、資本金10億円未満の中堅・中小企業である(図表5)。

日本の大手メーカーからは、「日本の中小企業に関わる技術情報(技術内容、匠の職人・熟練工の所在等)を実際に探し出すのは難しい」との意見がよく聞かれるが、日本企業もアップルのこのようなスタンスを学び実践することが重要だろう。

そしてアップルから学ぶべき最も重要な視点は、会社がこだわり続けて変えてはいけないものは、「世界を良くしたいという社会的ミッション」の追求であり、「社会変革への高い志・思い」を経営の原動力とすることだ。このような視点は、川下メーカーだけでなく部材メーカーにおいても、組織風土として醸成しなければならない。
図表5 アップルの「サプライヤーリスト」2016年版に掲載された日本企業の資本金規模ランキング(2016年3月末または2015年12月末)
 
10 アップルのものづくり経営に関わる考察については、拙稿「アップルのものづくり経営に学ぶ」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2013年3月29日、同「アップルの成長神話は終焉したのか」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2013年10月24日、同「アップルに対する誤解を解く」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2014年7月8日を参照されたい。
11 産業支援機関については、拙稿「地域イノベーションと産業支援機関」『ニッセイ基礎研REPORT』2008年11月号を参照されたい。
12 図表5ではオムロンプレシジョンテクノロジーおよびシャープも資本金が10億円未満となっているが、前者はオムロンの完全子会社であること、後者では資本金が2015年3月末の約1,219億円から同6月末に5億円に減少したが(台湾・鴻海精密工業からの出資を受けた後の2016年9月末には50億円に増加)、会社の実質的な形態としては大企業であること、から両者とも大企業とみなした。
5オープンイノベーションの場の形成
(1)産業支援機関に求められる役割1:イノベーション創出の触媒機能
企業にとって、製品・サービスのライフサイクルが短縮化する中、顧客ニーズの多様化や産業技術の高度化・複雑化に伴い、異分野の技術・知見の融合なしには、イノベーションのスピードアップが難しくなってきている。とりわけ社会を変える革新的な製品・サービスの開発は、企業が自社技術のみで完結させることがますます困難となってきている。

イノベーションを巡るこのような環境変化の下で、企業は社内の知識結集だけでなく、大学・研究機関や他社などとの連携によって、外部の叡智や技術も積極的に取り入れる「オープンイノベーション」13の必要性が高まっている。自社技術に固執するクローズドイノベーションやNIH症候群14からの脱却が求められる。アジア企業の台頭などグローバル競争が激化する中で、我が国の企業では差別化につながる知識創造活動が極めて重要であり、社内外の創造性を融合することで画期的なイノベーションを生み出し続けることが求められている。

しかし、我が国では、自前主義の傾向が強く、これまでオープンイノベーションの取組が十分に進展してこなかったとみられる。

オープンイノベーションを効率的に推進するためには、当該産業の川下メーカー、部材・部品メーカー、装置メーカー、ソフトウエアベンダーなどサプライチェーンに関わる多様な企業、さらには大学・研究機関など異分野の研究者・エンジニアが一堂に会して叡智を結集する出会いの「場」の形成が不可欠である。このようにオープンイノベーションでは、多様な組織や異分野の研究者・エンジニアが相互作用を及ぼしながら連携を図る「イノベーション・エコシステム」15の構築が非常に重要となる。

このようなオープンイノベーションの「場」は、米国シリコンバレーのようにコミュニティベースで形成されるケースがある一方、欧州では公的研究機関や産業支援機関が担うケースが多いとみられる。我が国では、これまで地域産業振興のための財団など産業支援機関が各地域で整備されてきた経緯を踏まえ、これらの機関が地域のイノベーション創出の「触媒機能」を果たす「欧州モデル」が望ましいと思われる。
 
13 オープンイノベーションについては、拙稿「オープンイノベーションのすすめ」『ニッセイ基礎研REPORT』2007 年8月号を参照されたい。
14 NIH(=Not Invented Here)とは、「『ここ(自社の研究所)で開発されたものではない』から受け入れない」という意味で用いられており、自社技術に固執する企業行動を指す。
15 イノベーションが創出されるシステム全体を生態系になぞらえて表現したもの。生態系では生物間および生物と環境要因の相互作用が重要となる。
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社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営

経歴
  • 【職歴】
     1985年 株式会社野村総合研究所入社
     1995年 野村アセットマネジメント株式会社出向
     1998年 ニッセイ基礎研究所入社 産業調査部
     2001年 社会研究部門
     2013年7月より現職
     ・明治大学経営学部 特別招聘教授(2014年度~2016年度)
     
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・(財)産業研究所・企業経営研究会委員(2007年)
     ・麗澤大学企業倫理研究センター・企業不動産研究会委員(2007年)
     ・国土交通省・合理的なCRE戦略の推進に関する研究会(CRE研究会) ワーキンググループ委員(2007年)
     ・公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会CREマネジメント研究部会委員(2013年~)

    【受賞】
     ・日経金融新聞(現・日経ヴェリタス)及びInstitutional Investor誌 アナリストランキング 素材産業部門 第1位
      (1994年発表)
     ・第1回 日本ファシリティマネジメント大賞 奨励賞受賞(単行本『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』)

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