2017年03月31日

英国のEU離脱とロンドン国際金融センターの未来

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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4――欧州の金融都市の市場間競争

1|業務移転の候補都市
英国で活動する金融機関の一部業務の移管先としては、EU加盟国でユーロを導入している国の金融都市、特にフランクフルト(ドイツ)、パリ(フランス)、アムステルダム(オランダ)、ダブリン(アイルランド)の名前が挙がることが多い。

図表7には、移転候補先都市の特徴を明らかにするため、人口とともにロンドンが世界第1位と評価されている国際金融センターランキングと都市力ランキング、さらに世界銀行が世界190カ国を対象に作成しているビジネス環境ランキングの順位を示した。併せて、EUの金融監督当局などの設置状況も示した。

フランクフルトは、ユーロの番人であり、ユーロ参加国銀行の一元的銀行監督機能を担う欧州中央銀行(ECB)の本拠地である。世界金融危機の後、EUが整備した3つのミクロ・プルーデンス監督機構のうち銀行監督庁(EBA)はロンドン、保険年金監督庁(EIOPA)はフランクフルトに所在する。欧州最強の経済力を誇るドイツの金融都市であり、ドイツの中央銀行のドイツ連銀の本拠地でもある。金融監督機関のドイツ連邦金融監督庁(Bafin)の保険・年金、証券・資産運用の監督機能はフランクフルトにあるが、銀行監督機能は旧西ドイツの首都であったボンに置かれている。Bafinとドイツ連銀は、英国のEU離脱に対応してドイツ国内での拠点の新設、増強を希望する金融機関の問い合わせに対応するため、ホームページに特設ページを開設するなど体制を強化している。

フランクフルトは、ドイツ国内でも首都ベルリン(人口347万人)、ハンブルグ、ミュンヘン、ケルンに続く第5位の都市であり、人口71万人は4つの候補都市の中で最も少ない。グローバル金融センターランキングは19位、ビジネス環境ランキングは17位で、ロンドンに大きく見劣りするが、候補都市の4カ国では最も高い。都市力ランキングではフランクフルトは評価対象の30都市に入っていない13

パリは、ユーロ圏第2位のフランスの首都であり、ロンドンからの金融機関の誘致に最も強い意欲を示している都市だ。EUの3つのミクロ・プルーデンス監督機構のうち証券市場監督庁(ESMA)も立地する。金融監督権限は中央銀行のフランス銀行の独立組織であるACPR(金融健全性監督破綻処理機構)と金融市場機構(AMF)が担うが、ともにパリが本拠地である。グローバル金融センターランキングは87都市中で29位、ビジネス環境ランキングは29位と評価は低めだが、都市力評価はロンドン、シンガポール、トロントに次ぐ第4位と高い。フランスを母国とするグローバルな金融システム上重要な金融機関(G-SIFIs)は4行あり、英国と並ぶ。
図表7 ロンドンとEU域内の金融都市の比較
アムステルダムは、人口1600万人余りの中規模国家であるオランダの首都であり、同国最大の都市である。スキポール空港は、第2の都市のロッテルダム港とともに欧州の物流のハブの役割を担っている。アムステルダムは都市力ランキングではパリに次ぐ第5位と評価されている。中央銀行で金融監督権限を担うオランダ中央銀行はアムステルダムに所在する。政治の中心地は第3の都市・ハーグであり、議会、政府機関、各国大使館、さらに国際司法裁判所が立地する。オランダは、英語の通用度も高く、法人税率は25%だが、一定の条件を満たせば、一部の配当金や利益は法人税課税の対象外となるため、多国籍企業は税負担の軽減を図ることができる。高度な技能を持つ外国人材を積極的に誘致している。日本企業の地域統括拠点の設置先としてはオランダが97社と英国の87社を上回る。

ダブリンは、英国に隣接するアイルランドの首都である。アイルランドは人口472万人の小国だが、法人税率は12.5%とユーロ圏内で最も低く、英語が第2公用語であることから、多くの外国企業、とりわけ米国企業、IT企業や製薬企業の投資先として選ばれている。外国金融機関のバックオフィスが置かれているケースも多い。多文化社会で労働市場の柔軟性が高いことも、国際的な金融ビジネスの移管先としては優位性につながると思われる。
 
 
13 ドイツではベルリンが評価対象で第12位である。
2|ロンドンの機能の代替可能性
ロンドンには金融機関と専門サービスの分厚い集積が形成されている。英国政府の白書では、金融業における英国の強みとして、法体系と言語、インフラの水準を挙げる。労働規制や税制面でも、英国はドイツ、フランスよりビジネス・フレンドリーだ。

グローバル金融センター・ランキングで、ロンドンと他都市に大きな開きがあることが示す通り、ロンドンのように総合力を兼ね備えた欧州の都市はない。オフィスのスペースや住居、インフラなどキャパシティーにも限界がある。言語や住環境、税制など様々な理由から、ロンドン在勤の専門的な人材が、言語や住環境、ロンドン以外に勤務する配置転換を受け入れるかという問題もある。

主要金融機関のロンドンからの機能の移転は、個々に、従来から設置していた拠点の機能の増強という形をとり、移転先はフランクフルトやパリなどを中心に幾つかの都市に分散すると見られている。金融機関の経営には負担となり、顧客の利便性も低下するおそれがある。
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

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