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韓国における公的扶助制度の現状と課題(後編)-国民基礎生活保障制度の改革と概要、そして残された課題-
生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中
4――残された課題
国民基礎生活保障制度の導入により生計給付の受給者数は既存の生活保護制度に比べて増加したものの、相変わらず貧困の死角地帯が存在しており、助けを必要とする多くの生活困窮者が公的扶助制度の対象から除外されていた。ノデミョン(2016)は、セーフティネットが十分ではなく、貧困層が増加しているにもかかわらず受給者選定基準を厳しく維持したことが死角地帯の解消が容易ではなかった要因であると指摘している。韓国政府は死角地帯の解消を目的に国民基礎生活保障制度の予算を毎年増やしたものの、厳しい受給者選定基準は増加された予算を新しい受給者の数を増やすより、既存の受給者の給付を増やす方向に働き、死角地帯の問題はあまり改善されなかった。さらに、以前より手厚くなった給付により、既存の受給者の間には受給権を手放したくないという考えが広がり、自立を阻害する要因として作用した。そこで、韓国政府は2015年7月に給付方式をパッケージ給付から個別給付に変更する改革を行った。その効果なのか2014年に133万人まで減少していた受給者数が2015年には165万人に急増した。まだ受給者に関する詳細なデータが公表されておらず、受給者数の増加が給付方式の変更による効果であるかどうか確言することはできないものの、既存の方式より多くの貧困層が制度の恩恵を受けられることになったことは事実である。今後の課題はどのような方法で受給者の自立を促進させるかにある。低成長・高齢化が予想される中で、制度改正が死角地帯を解消し、自立や勤労誘引にプラスの影響を与え、その結果受給者数の減少に繋がることを韓国政府は望んでいるだろう。しかしながら受給者が自立するのはそれほど簡単ではない。すでに実施している勤労奨励税制(EITC)を有効に活用しながら受給者の自立を促進する方法を模索すべきである。
国民基礎生活保障制度においてもう一つ慎重に検討しなければならないのが「扶養義務者基準」である。韓国では2015年の改正により教育給付の選定基準から扶養義務者基準がなくなり、他の給付では扶養義務者の扶養能力判断基準が以前より緩和された。しかしながら市民団体等は厳しい扶養義務者基準が福祉の死角地帯が解消できない最も大きな理由であると主張しながら扶養義務者基準の完全廃止を要求している。日本の場合、生活保護法の第四条において「民法に定める扶養義務者の扶養及び他の法律に定める扶助は、すべてこの法律による保護に優先して行われるものとする。」としているものの、一般的には現行生活保護法上,扶養は保護の要件ではないと認識が強い。そこで、韓国においても日本や先進国の事例を参考に扶養義務者基準の見直しを検討するのが望ましい。
今後、制度改正、特に、給付別に受給者選定基準を差別化した「個別給付方式」がどのような効果として現われるのか今後の結果が注目されるところである。
- イインゼ・リュジンソソック・コンムンイル・キムジング(2015)「第13章国民基礎生活保障制度」、『社会保障論(改正3版)』ナナム
- ガンシンウック(2016)「基礎生活保障改編の効果:選定基準の変化を中心に」『保健福祉フォーラム』2016年11月
- 金種基(2001)「零細民の大都市集中抑制対策」韓国開発研究院」
- 金明中(2012)「増え続ける生活保護受給者に対する対策は?― 韓国の「社会福祉統合管理網」は参考になるのか!―」研究員の眼、2012年11月27日
- 金明中(2017)「韓国における公的扶助制度の現状と課題(前編)-生活保護制度から国民基礎生活保障制度の導入まで-」 基礎研レター、2017年3月8日
- ノデミョン(2016)「基礎生活保障改編:趣旨と経過、そして今後の課題」『保健福祉フォーラム』2016年11月
- 保健福祉部(2015)「2015年保健福祉統計年報」
- 保健福祉部(2016)「2016年保健福祉統計年報」
- 保健福祉部(2017)『2015年国民基礎生活保障受給者現況』
- 保健福祉部(2017)「2017年国民基礎生活保障事業案内」
- 保健福祉部「国民基礎生活保障受給者現況」各年
- 保健福祉部・韓国保健社会研究院(2010)「国民基礎生活保障制度10年史」
生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任
金 明中 (きむ みょんじゅん)
研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計
03-3512-1825
- プロフィール
【職歴】
独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職
・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
・2021年~ 専修大学非常勤講師
・2021年~ 日本大学非常勤講師
・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
・2024年~ 関東学院大学非常勤講師
・2019年 労働政策研究会議準備委員会準備委員
東アジア経済経営学会理事
・2021年 第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員
【加入団体等】
・日本経済学会
・日本労務学会
・社会政策学会
・日本労使関係研究協会
・東アジア経済経営学会
・現代韓国朝鮮学会
・韓国人事管理学会
・博士(慶應義塾大学、商学)
(2017年03月28日「基礎研レター」)
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