2017年02月07日

生活保護と医療-医療の格差は生じていないか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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1――はじめに

日本では、生活保護の受給が過去最多の水準になっている。生活保護受給者にとって、健康の維持や、病気になったときの医療へのアクセスは、大きな関心事となる。一方、生活保護による医療は、過剰診療につながりやすいとの課題も指摘されている。本稿では、生活保護と医療の現状について、見ていくこととしたい。
 

2――生活保護受給者の増加

2――生活保護受給者の増加

近年、非正規雇用の増大などに伴うワーキングプアの増加の問題をはじめ、低所得者が拡大する傾向にある。加えて、家族の介護等で職を離れるなどして、収入を失い、生活保護を申請する人も発生している。まず、その実態から見ていこう。

1高齢者世帯を中心に生活保護世帯は増加している
生活保護は、社会経済情勢に連動するとされる。生活保護受給者数は、2008年の世界金融危機の時期に急増し、2014年度にピークとなった。2016年度は11月までの平均で、約215万人と高水準で推移している。生活保護世帯数も増加し、2016年度には、約164万世帯と過去最高水準となっている。高齢の夫婦のみ世帯や、単身世帯が増えており、生活保護でも高齢者世帯の増加につながっている。1
図表1. 生活保護世帯・受給者の推移
 
1 「平成26年版厚生労働白書」(厚生労働省)では、「(生活保護受給者の)増加の要因は、就労による経済的自立が容易でない高齢者世帯等が増加するとともに、厳しい社会経済情勢の影響を受けて、失業等により生活保護に至る世帯を含む世帯が急増している(略)こと等によると考えられる。」とされている。(第2部第4章 第1節 2 生活保護の現状と課題 より抜粋)
2低所得世帯の割合が高まっている
通常、世帯間の経済格差は、当初所得だけでは決まらない。それに、社会保障制度の給付・保険料や、税金を加減算する(「所得再分配」と呼ばれる。)ことで、格差が是正される。しかし、生活保護受給者の場合、社会保障制度に加入していないケースもある。この場合、所得再分配による格差の是正は限定的となろう。そこで所得再分配後ではなく、当初所得で、低所得者層の分布を見てみる。すると近年、低所得世帯の割合が、徐々に高まっていることがわかる。
図表2. 低所得世帯割合 [当初所得] (世帯全体 =100%) の推移
3|生活保護費のうち、医療扶助が半分を占める
生活保護は、生活を営む上で必要な費用に対して扶助が支給されるもので、生活扶助、住宅扶助、教育扶助、医療扶助、介護扶助、出産扶助、生業扶助、葬祭扶助の8種類からなる。要保護者の年齢、健康状態等、個人や世帯の生活状況を考慮して、1つまたは複数の扶助が支給される。各扶助ごとに、支給方法が決まっている。医療扶助や介護扶助は、原則として、サービスやモノが直接支給される(原則現物給付)。扶助の実績額を見ると、医療扶助と介護扶助で、全体の約半分を占めている。
図表3. 生活保護費負担金実績額 (2014年度)

3――生活保護受給者に対する医療扶助の現状

3――生活保護受給者に対する医療扶助の現状

日本は、1961年に国民皆保険体制を築いた。しかし、生活保護受給者に対しては、公的医療保険制度の給付の代わりに、医療扶助が行われることが一般的である。その中身について、見ていこう2

1生活保護受給者は、国民健康保険制度や後期高齢者医療制度が適用除外となる
生活保護受給者は、国民健康保険制度や後期高齢者医療制度が適用除外となる3。代わりに、医療扶助として、原則、医療費がすべて扶助される。ただし、母子保健法や障害者総合支援法等の公費負担医療が適用される人や、被用者保険の被保険者・被扶養者は、各制度で給付されない部分が、医療扶助の給付対象となる。被保護者のうち、被用者保険に加入する人の割合は、2~3%程度と見られる4
図表4-1. 国民健康保険法の規定 (抜粋)/図表4-2. 高齢者の医療の確保に関する法律の規定 (抜粋)
 
2 この他、国民健康保険には未納者がいる。国民健康保険の保険料収納率は、2014年度に90.95%(「平成 26年度 国民健康保険(市町村)の財政状況について(速報)」(厚生労働省)より) にとどまっており、約9%の被保険者が未納となっている。
3 一方、介護については、被保護者が、医療保険未加入で40~64歳の場合、公的介護保険制度に加入せず、要介護時には介護扶助が支給される。被保護者が、65歳以上の場合や、医療保険に加入している40~64歳の場合、公的介護保険制度に加入することとなる。その場合の保険料は、生活扶助の一部として支給される。また、要介護時に公的介護保険制度から給付されない自己負担分は、介護扶助として支払われる。
4 「平成18年被保護者全国一斉調査」(厚生労働省)によると、147.3万人中3.6万人(加入率2.5%)であった。
2医療扶助を受けるためには申請や、医療券等の手続きが必要
被保護者が医療を受けるためには、福祉事務所に申請をする必要がある5。申請を受けた福祉事務所は、医療扶助の適否を判断するための資料として、申請者に対して医療要否意見書(以下、「意見書」)を発行する。申請者は、指定医療機関で意見書に記入をしてもらい、福祉事務所に提出する。意見書は、1医療機関につき1枚必要で、外来では6ヵ月ごと、入院では1回の入院ごとに1枚必要となる。入院が6ヵ月を超えた場合には、そのつど必要となる。福祉事務所は、意見書の内容を精査し、医療の要否を検討する。併せて、障害者総合支援法等の他の法律の適用を確認し、申請者の生活状況などを総合的に判断した上で、医療扶助の決定を行う。

医療扶助が決定された場合は、入院、入院外、歯科、調剤等の必要な医療の種類に応じて、医療券・調剤券(以下、「医療券」)が発行される。医療券は暦月単位で発行され、有効期間や、指定医療機関が記載される。調剤券として発行される場合は、指定医療機関の記載欄に、指定薬局名が記載される。
 
5 ただし、緊急を要する場合で、保護の必要があると認められれば、申請がなくても必要な保護が行われる。
3医療扶助は指定医療機関での受診に限られる
医療扶助の対象範囲は、基本的に、国民健康保険と同じ内容となる6。例えば、入院費は支給されるが、本人希望で個室等に移る際の差額ベッド代は自己負担となる7。また、先進医療等の保険外併用療養費に関する医療は原則として適用されない。

国民健康保険との違いは、指定医療機関での受診が必要な点である8,9。指定医療機関以外での受診は、患者の全額自己負担となる。即ち、医療扶助では、医療へのアクセスが制限されることとなる。
 
6 具体的には、(1)診察、(2)薬剤又は治療材料、(3)医学的処置、手術及びその他の治療並びに施術、(4)居宅における療養上の管理及びその療養に伴う世話その他の看護、(5)病院又は診療所への入院及びその療養に伴う世話その他の看護、(6)移送が対象。
7 しかし、病院側が治療に必要と判断した場合は医療扶助の範囲内となる。
8 医療扶助の場合、複数の病院で、同時に同じ科を受診することはできない。例えば、ある病院で受診しながら、別の病院で、セカンドオピニオンを聞くようなことはできない。
9 ただし、緊急を要する場合には、医療券を持たない被保護者でも、受診後に届け出る等の取り扱いが認められることが一般的。(具体的な手続きは、自治体により異なる。)
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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