2016年12月30日

製造業を支える高度部材産業の国際競争力強化に向けて(前編)-エレクトロニクス系高度部材産業の現状と目指すべき方向

社会研究部 上席研究員 百嶋 徹

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2一部の分野で構造改革を迫られるサポーティングインダストリー

一方、高度なものづくり基盤技術を持つ匠の中小企業群(サポーティングインダストリー)の競争力については、東京都大田区、大阪府東大阪市、新潟県燕三条地域など特定地域での「土着型産業」として、熟練工が長年にわたって技能・ノウハウ(いわゆる暗黙知)を熟成・蓄積するため、基本的に海外勢からキャッチアップされにくい構造にはあるとみられる。

しかし、金型など一部の分野では、最先端のインフラ導入(金型産業では3次元CAD/CAMや先進国製の成型機など)、日本企業への資本参加、日本人熟練工の引き抜きや日本企業のアジア拠点の現地スタッフの独立による日本企業の技能・ノウハウ流出などを背景に、中国や韓国などアジア勢の技術水準が向上してきている。金型産業では、このようなアジア勢の台頭にリーマン・ショック後の大幅な生産減が加わり、収益が大幅に悪化し、業界大手でさえ抜本的な構造改革を迫られた。

当時業界首位だったオギハラ(現在の資本金:1億円)は、2009年にタイの自動車部品大手サミットグループの傘下に入り、10年には館林工場を中国の自動車メーカーである比亜迪汽車(BYD) に売却した。「ピーク時は900人弱だった従業員数も現在は400人に、生産額も約半分(100億円)に減少したが、技術力や生産性向上を図るなどして、再建を進める」31という。一方、業界2位だった富士テクニカは、10年に企業再生支援機構(現・地域経済活性化支援機構)の支援を受けて、同3位の宮津製作所との経営統合に踏み切った。両社の経営統合により誕生した富士テクニカ宮津(現在の資本金:3,081百万円、従業員数:505人)は、13年に地域経済活性化支援機構による再生支援が完了した後、16年に東洋製罐グループの薄板メーカーである東洋鋼鈑の完全子会社となった。

業界の上位3社ですら、このような抜本的な構造改革を迫られたことは、金型産業の業界環境の厳しさを物語っている。金型産業の生産金額は、90年代半ば以降、景気変動に対応して循環変動しながら水準をやや切り下げる傾向にあったが、リーマン・ショック後の09年に一気に前年比▲32%減の大幅減産に陥った(図表8)。財務体力に余裕のない中小・零細企業が多くを占める業界構造のため、この大幅な減産は、これまでの事業所の減少傾向に拍車を掛けた。14年末の事業所数は7,820か所と95年末に対して63%の水準まで低下し、減少に歯止めがかからない。

この事業所数の大幅な減少は、事業環境の悪化に加え、経営者・金型職人の高齢化による廃業の増加も大きく影響しているとみられる。中小・零細企業におけるオーナー経営者・創業者や熟練工・職人の高齢化により、事業そのものと技能・ノウハウの継承問題が、金型産業だけでなくサポーティングインダストリー全体にとっても、共通の喫緊の課題となっている。

因みに、金型産業でアジア勢の追い上げが強まっているのは、主として技術難易度が相対的に高くないプラスチック用金型の領域であり、プレス金型の中でも高精度による短納期が要求されるものや、自動車の軽量化=燃費向上に貢献し電気自動車(EV)のボディーにも用いられるアルミ材32の金型技術など技術難易度の高い領域では、日本企業が依然として高い競争優位性を維持している。
図表8 金型製造業の生産額と事業所数の推移(全事業所ベース)
 
31 金型新聞(電子版)2016年5月18日「『世界のオギハラ』再建─長谷川和夫社長に聞く」より引用。
32 アルミニウム材は鉄に比べて柔らかく伸びにくいという特性から、プレス成形が非常に難しいとされる。
 

5――前編のまとめ

5――前編のまとめ

前編の本稿では、エレクトロニクス系製品分野を中心に、競争力等の視点から我が国の高度部材産業の現状と課題について考察してきたが、ポイントをまとめると、以下のようになるだろう。
 
  • 日本のエレクトロニクス産業の国際競争力が急速に低下する一方、これらのエレクトロニクス製品を支える高度部材(機能性部材およびものづくり基盤技術)の分野では、日本メーカーが依然として高い競争力を有しているものが散見される。
     
  • エレクトロニクス製品を支える高度部材の分野では、これまで日本企業が優位に立ってきたが、足下では一部の製品で韓国・台湾・中国などのアジア勢を中心とした海外メーカーの追い上げもあり、競争力が低下しつつある。日本の高度部材産業は、これまで日本の川下産業との緊密な擦り合せにより、技術力を向上させてきた面が強いため、川下のエレクトロニクス産業の競争力低下が一部の高度部材の競争力低下に拍車をかけている可能性がある。
     
  • これまで高い国際競争力を有してきた日本の高度部材産業では、一部の製品で競争力に陰りが見え始めている一方で、電子材料分野では、ArFフォトレジストやシリコンウエハーなど先端の半導体用材料、リチウムイオン電池用材料のセパレーター、金型分野では、高精度金型、アルミやハイテン(高張力鋼)など難加工材に対応したプレス金型など、技術難易度が高い製品群では、日本企業が依然として高い競争力を維持している。
     
  • アップルは、世界中の数多くの企業の中から、我が国の一部の中小企業が持つ技術をピンポイントで探し当て、それらの企業を重要なサプライヤーと位置付け、当該技術を製品開発に活かしているケースがみられる。このことは、アップルが社外の技術知見・ノウハウに関して卓越した情報収集力・目利き力・探索力を有するとともに、製品開発に最適な技術を世界中から何としてでも掘り起こすという強い気概・情熱を持っていることを示していると思われる。日々の偶然の出会いを大事にして、それを手掛かりに貪欲かつ愚直に情報収集・探索を行い、イノベーション創出にとって重要な情報を引き寄せるスタンスがうかがえる。
     
  • 高度部材産業と川下産業が国内にバランスよく集積することは、両者間での迅速かつ高度な擦り合わせを可能にするという視点にとどまらず、部材産業側の開発のモチベーションを維持するという視点にとっても重要である。部材メーカーとしては、国内の川下産業とともにイノベーションを起こし成長・発展したいとの気概を常に持ち続けることが、日本の産業競争力を強化する上で、極めて重要であると思われる。


後編の次稿では、前編の本稿での考察を受けて、我が国の高度部材産業の競争力強化に向けた今後の在り方について検討を行いたい。
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社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営

経歴
  • 【職歴】
     1985年 株式会社野村総合研究所入社
     1995年 野村アセットマネジメント株式会社出向
     1998年 ニッセイ基礎研究所入社 産業調査部
     2001年 社会研究部門
     2013年7月より現職
     ・明治大学経営学部 特別招聘教授(2014年度~2016年度)
     
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・(財)産業研究所・企業経営研究会委員(2007年)
     ・麗澤大学企業倫理研究センター・企業不動産研究会委員(2007年)
     ・国土交通省・合理的なCRE戦略の推進に関する研究会(CRE研究会) ワーキンググループ委員(2007年)
     ・公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会CREマネジメント研究部会委員(2013年~)

    【受賞】
     ・日経金融新聞(現・日経ヴェリタス)及びInstitutional Investor誌 アナリストランキング 素材産業部門 第1位
      (1994年発表)
     ・第1回 日本ファシリティマネジメント大賞 奨励賞受賞(単行本『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』)

(2016年12月30日「基礎研レポート」)

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