2016年12月27日

マレーシア・ジョホールバルの住宅市場~供給過剰のイスカンダル計画にさらなる巨大プロジェクトが追加~

増宮 守

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5.中国資本による積極投資

フォレストシティはその開発主体にも特徴があり、中国本土企業が6割を出資する7カントリー・ガーデン・パシフィックビュー(CGPV)が開発を担っている。多数の住宅、商業施設、ホテル、オフィス、病院、学校、国際会議場を含むものの、CGPVによる単独プロジェクトである。

中国本土で積極的な販売プロモーションを展開しているため、フォレストシティの住宅の多くは中国本土の投資家によって取得されている。フォレストシティのモデルルームには、中国本土の投資家を乗せたバスが連日到着し、その場で取得契約を済ませる投資家が後を絶たない。2016年から広州とジョホールバルを結ぶ格安航空の直行便が就航しているが、乗客の大半が不動産投資家のケースも珍しくない。

イスカンダル計画における海外からの投資をみると、計画始動の当初はシンガポール政府や企業による投資額が他を圧倒していた(図表-6)。しかし、最近は中国企業による投資額が他を圧倒しており、当初からの累積額でもシンガポールからの投資額を上回っている。
図表-6 イスカンダルマレーシア累積投資額
シンガポールでは、既にジョホールバルに住宅を保有する投資家も多く、中国資本による巨大プロジェクトはジョホールバルの供給過剰に拍車をかけるものとして、悲観的な見方が支配的となっている。フォレストシティ始動の背景には、ナジブ政権のマレーシアと中国とのかつてない結びつきの強さがあり、所有権の付与という特別な配慮や、シンガポール海軍基地に近い立地、周辺自然環境や漁業へのダメージに対する懸念なども、シンガポール人に非常にネガティブな印象を与えている。
 
 
7 CGPVは、中国本土の碧桂園(カントリーガーデンホールディングス)が60%、ジョホール州政府系投資会社クンプラン・プラサラナ・ラヤット・ジョホール(KPRJ)が40%を出資。
 

6.シンガポールのベッドタウンとしてのジョホールバル

6.シンガポールのベッドタウンとしてのジョホールバル

短期の投機目的を除けば、シンガポール人によるジョホールバルの住宅取得は、将来の自己居住を視野に入れたケースも多い。しかし近年、コーズウェイやセカンドリンクの渋滞が悪化しており、想定されるジョホールバルからシンガポールへの通勤時間が延び、ジョホールバル移住の大きな障壁になっている。おそらく、10年後にはRTSやHSRシャトルが開通し、ジョホールバルからシンガポールへの通勤時間は、東京で一般的にみられる通勤時間以下に収まっている可能性が高い。その場合、シンガポール人やシンガポールに勤務する外国人にとって、ジョホールバルに居住してシンガポールに通勤するケースは現実的な選択肢となる。

また、現在、ジョホールバル域内の移動手段はほとんど自家用車に依存している。しかし、イスカンダル・プテリと旧市街のバスターミナルを結ぶシャトルバスの運行が始まるなど、徐々に公共交通機関の整備も進んでおり、今後の数年間で生活環境の飛躍的な改善が期待される。
 
日本の投資家にとっては、インカムゲインを期待できないジョホールバルでの住宅投資は、特別に入居者を確保できる物件でもない限り、健全な不動産投資とはいえない。ただし、自己居住も視野に入る場合は検討の余地があり、固定資産税などの所有にかかるコストが低いことから、別荘として利用する前提も悪くないと思われる。

現在、世界的潮流として富裕層とそれ以外で経済的二極化が進んでいる。たとえば、東京では高級物件の価格が高騰しており、一般的給与水準の会社員にとって、都心で広々とした高級物件を取得することは生前贈与でも受けない限り難しい。また、香港やシンガポールでは、東京以上に高級物件の取得は難しくなっている。アジア新興国の主要都市でも、グローバル不動産投資ブームによって高級物件の開発が進んでおり、それらは海外の富裕層などの取得によって価格が高騰し、一般実需向けの物件とは乖離した市場を形成している。

そのような中、ジョホールバルで広々としたリゾート高級物件を取得できることは、相当に魅力的といえそうである。マレーシアはアジア新興国のなかでも経済発展が進み、日本人にも住み易い国といえる。さらに、新たに開発の進むイスカンダル・プテリやフォレストシティでは、商業施設の増加やインフラ整備の進展につれて、シンガポールに近い高水準の生活が期待できる。実際、交通インフラが完成する将来には、シンガポールが生活圏に入ってくる。

ジョホールバルの高級物件の価格は、近年の高騰によって首都のクアラルンプールの水準に近づいたものの、依然、東京やシンガポールに比べ5分の1程度の水準にある(図表-7)。そのため、ジョホールバルの高級物件は、日本の一般的給与水準の会社員にも十分に取得可能である。現在、中国本土の投資家による積極取得が高騰した価格を支えているが、今後の動向次第では有利な取得環境にもなり得る。安価に取得できれば、生活環境およびシンガポールへのアクセスが改善した将来、自己居住目的のシンガポール人などに売却し、売却益を確保できる可能性もある。
図表-7 マンション/高級住宅(ハイエンドクラス)の価格水準の比較

7.おわりに

7.おわりに

世界の注目を集めたジョホールバルのイスカンダル計画は、2006年の始動から10年を経ている。一時は多くの投資家に短期間でかなりの売却益を与えていたジョホールバルの住宅投資も、価格上昇の一巡後は、供給過剰と賃貸需要の不足によって収益性を期待できない状況になっている。さらに、新たな巨大プロジェクトの追加によって、供給過剰懸念に拍車がかかっており、シンガポールでは、ジョホールバルの住宅投資に対する悲観論が支配的となっている。

安定的なインカムゲインが見込めないジョホールバルの住宅投資は、健全な不動産投資とは言えないものの、自己居住も視野に入る場合は検討の余地がある。

イスカンダル計画は、始動当初から世界的にも稀といえるダイナミックな都市開発計画として注目を集めてきたが、さらなる巨大プロジェクトの追加によって今後のエリア発展への期待が一層大きくなっている。一方、需給悪化懸念から多数の開発プロジェクトが延期、変更となる可能性や、プロジェクト規模が過大なために開発主体の信用力が問題となる可能性などもあり、今後も注意深くフォローする必要がある。
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増宮 守

研究・専門分野

(2016年12月27日「不動産投資レポート」)

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