2016年12月16日

【アジア・新興国】東南アジア・インドの経済見通し~短期的に景気下振れも、17年も消費主導の緩やかな成長が続く

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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2.各国経済の見通し

(図表5)マレーシアの実質GDP成長率(需要側) 2-1.マレーシア
マレーシア経済は資源価格の下落を受けて景気減速が続き、4-6月期には実質GDP成長率が前年同期比4.0%増と、2009年以来の最低水準まで落ち込んだ。しかし、16年7-9月期の実質GDP成長率は前年同期比4.3%増と、民間消費が改善して6四半期ぶりの上昇に転じた。民間消費は(1)3 年半ぶりの法定最低賃金の引上げ1と昨年4月の物品・サービス税導入に伴うインフレ圧力が後退したことによる家計の購買力の改善、そして7月に中央銀行が政策金利を0.25%引き下げるなど緩和的な金融政策の継続などがプラスに働いた。一方、公共部門は緊縮的な財政運営を続けており、政府消費と公共投資は総じて成長率全体を下回る伸びが続いている。また民間投資もサービス業こそ高い伸びを記録しているものの、輸出の低迷によって輸出型製造業の投資需要が弱く、全体として伸び悩んでいる。

10-12月期も民間消費の拡大が公共部門と輸出の落ち込みを相殺する構図に変化はなく、横ばい圏の成長が続くと予想する。民間消費は7-9月期同様に低インフレ環境のもとで堅調に推移するだろう。一方、景気底打ち後も企業の景況感は低迷したままとなっており、投資の回復は見込みにくい。また足もとで輸出も低迷しており、外需の拡大も期待できないだろう。

17年は、資源価格の上昇によって景気が上向くだろう。まず輸出は海外経済の緩やかな回復とリンギ安の恩恵で拡大傾向が続くこと、また最近の資源価格の上昇によって資源関連企業の業績が回復に向かうなか、民間投資も徐々に上向くだろう。民間消費は緩やかな物価上昇が消費需要の重石となるものの、年前半までは最低賃金引上げ、年後半からは雇用の回復が家計の購買力の支えとなり、堅調な伸びを維持するだろう。一方、政府部門は2017年度政府予算案では歳出総額が16年度補正予算対比3.4%増に止まったことから、政府消費と公共投資が伸び悩む状況は続くだろう。もっとも景気への配慮から物品・サービス税(GST)の引上げを回避するとともに低所得者支援策「1マレーシア・ピープルズ・エイド(BR1M)」や公務員への特別支給金の拡充など分配政策を充実させており、民間消費をサポートするとみられる。また2018年には総選挙を控えていることもあり、足元の資源価格の上昇が続いて資源関連収入が増えれば、景気浮揚策を打ち出す可能性もあるだろう。

金融政策は、中央銀行が7 月にインフレ見通しを下方修正し、政策金利を0.25%引き下げた。しかし、先行きは景気が回復に向かうとともに、通貨下落を警戒して現状の金融政策を維持すると予想する。

実質GDP成長率は16年が4.2%と、15年の5.0%から低下した後、17年が4.4%、18年が4.6%と緩やかに上昇すると予想する(図表5)。
 
1 政府は16 年7月から法定最低賃金をマレー半島でこれまでの900 リンギから1,000 リンギ、東マレーシアで800 リンギから920 リンギに引き上げるとした。2013 年1月に最低賃金制度を導入して以来、初めての改定になる。
(図表6)タイの実質GDP成長率(需要側) 2-2.タイ
タイは14年5月の軍事クーデター後に政治が安定して以降、景気の回復基調が続いている。16年7-9月期の成長率は前年同期比3.2%増と、4-6月期の同3.5%増からは低下したが、これは経常予算の早期執行や昨年同期に遅れていた公務員給与の引上げ分の支出があったことの反動による影響が大きい。景気の牽引役である観光業は外国人観光客数の二桁増によって好調で、公共投資は鈍化しつつも全体を上回る伸びを続けている。また個人消費は低インフレ環境や8四半期ぶりの農業生産の回復による農業所得の増加によって堅調な伸びを維持している。一方、財輸出は小幅のプラスに転じたとはいえ停滞局面から脱していないほか、民間投資も輸出不振と住宅購入支援策の終了(4 月)の影響で低迷している。

10-12月期は、10月のプミポン国王の死去に伴う自粛ムードの広がり2で消費が大幅に落ち込み、成長率は下振れるだろう。また二桁増が続いていた外国人観光客数は10月が前年比0.5%増と、中国人を対象とした違法格安ツアーの取り締まり強化によって落ち込んでおり、観光業の景気の牽引力は弱まるものと見込まれる。一方、政府は11-12月に低所得者向けの現金給付(128億バーツ)を支給すると共に、12月には追加の消費刺激策3を打ち出しており、民間消費の落ち込みを和らげる公算だ。ただし、10月から始まる新年度予算は赤字予算を編成したが、歳出額は前年度比2.6%減となっている。もっとも10-12月期は予算の早期執行によって政府支出の急速な落ち込みは回避されるだろう。

17年は、政府部門による景気の押上げ効果は期待しにくいものの、民間部門の回復によって3%強の底堅い成長が続くだろう。これまで景気を牽引してきた公共投資は大型インフラ整備事業への継続的な資金投入によって底堅い伸びが続くほか、外国人観光客数は違法業者の取り締まりの影響が和らぐなかで回復してサービス輸出も高めの伸びを続けるだろう。財の輸出は、海外経済の緩やかな回復が続くなかで小幅の増加基調が続いて、冷え込んだ民間投資も回復に向かうだろう。一方、民間消費は自粛ムードによる消費者の購買意欲の低下、インフレ率の上昇による実質所得の目減り、高水準の家計債務を背景とする銀行のローン審査の厳格化などが重石となって消費の伸びは鈍化するものと予想する。もっともファーストカー減税で定められた5年間の車両保有義務期間の満了によって自動車の買い替え需要が生じるほか、政府が既に公表した約1,000億バーツの地方振興策、そしてこれまでと同様の所得控除策の実施が見込まれることも消費の下支えとなるだろう。

金融政策は、昨年4月の利下げを最後に政策金利が据え置かれている。先行きも国内経済は底堅い成長が続くことから政策金利は据え置かれるだろう。また今後の物価上昇は中銀目標の1~4%の範囲内に止まると見込み、当面は米国追随の利上げには踏み切らないと予想する。
実質GDP成長率は16年が3.2%、17年が3.2%、18年が3.4%と概ね横ばい圏で推移すると予想する(図表6)。
 
2 プラユット首相はプミポン前国王が死去した10月13日に服喪期間を1年とすると発表し、国民に娯楽イベントなどを30日間自粛するよう呼び掛けた。
3 政府は(1)12月中の国内旅行関連費用に対する所得控除(上限15,000バーツ、昨年の同様の施策による控除を受けていない場合は上限30,000バーツ)、(2)年末(14~31日)の物品・サービスの購入額に対する所得控除(上限15,000バーツ)を実施している。なお、政府は16年4月にソンクラーンに伴う9日間の休暇中の飲食・旅行費用を対象に所得控除策(上限15,000バーツ)を実施している。
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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

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