2016年12月06日

ソルベンシーIIの今後の検討課題について(1)-技術的準備金及びリスクの評価に関する項目-

中村 亮一

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3|動的ボラティリティ調整(Dynamic Volatility Adjustment

(1)概要
「動的ボラティリティ調整」とは、ストレス条件下で、スプレッド水準の変動等に対応して、ラティリティ調整の水準を変動させることをモデル化して適用する、ことをいう。動的ボラティリティ調整の使用により、保険会社は必要資本を減らすことができる。

SCRの算出に標準式を使用する会社は、動的ボラティリティ調整の恩恵を受けることはできないが、EU指令は内部モデルでの使用に関して何も述べていないため、各国監督当局の裁量が発揮された形になっている。

(2)各国の監督当局の方針
そのため、動的ボラティリティ調整の使用に関して、各国の監督当局間で異なる方針が採用されている。各国の監督当局の考え方は、概ね以下の通りと言われている。

オランダの監督当局であるDNB(De Nederlandsche Bank:オランダ国立銀行)は、一定の条件を満たせば動的ボラティリティ調整を適用してもよい、としており、内部モデルにおいて、動的ボラティリティ調整を使用するために、どのような点を考慮すべきかを公表している。

一方で、英国のPRAは、動的ボラティリティ調整の使用により、要求資本の軽減を図ることは、ボラティリティ調整の「会社の貸借対照表のカウンターシクリカル軽減」という目的を傷つけるものだとして、動的ボラティリティ調整を認めない旨のガイダンスを2015年6月に発行している4

ドイツの監督当局であるBaFin(Bundesanstalt fur Finanzdienstleistungsaufsicht:連邦金融監督庁)は、負債評価とリスク・モデリングの整合性が図られることから、動的ボラティリティ調整を支援している。

フランスの監督当局であるACPR(Autorité de contrôle prudentiel et de résolution:健全性規制・破綻処理庁)は、ボラティリティ調整が変化しなければ、時間不整合を引き起こし、意味のある使用に適したアウトプットを得るという目的を危険に晒すことになるとして、むしろ市場リスクをモデル化する際に動的ボラティリティ調整は使用が奨励されるものだとしている。

(3)課題と今後の動向
動的ボラティリティ調整を使用するためには、参考資産ポートフォリオの構成、大量解約リスクとの相互作用や契約者行動との相互作用を含む多くの複雑な要素の変化を考慮しなければならない。これらを信頼が置ける形でモデリングすることが必要になってくるが、これは容易なことではない。

EIOPAは、保険会社がどのような状況や条件下で、動的ボラティリティ調整を使用しているのかについて、監視し、情報を収集している。EIOPAは、ボラティリティ調整に関するモデリングに関して、グッド・プラクティスとなる基準を設定し、監督上の意見を作成することを目指しており、今後の動向が注目される。

(参考) ボラティリティ調整への各国監督当局への対応の差異

そもそも、ボラティリティ調整については、オムニバスII指令では、その使用に関して、監督当局による事前承認はオプションであるとしており、監督当局は「例外的な状況」において、ボラティリティ調整の使用を停止することができる、と規定されている。

これを受けて、各国の監督当局の対応は異なっており、例えば、フランスやスウェーデンは事前承認を必要としていないが、ドイツは事前承認を必要としている。

さらに、具体的な適用要件に関しても、「EUの規制やEIOPAのガイドラインが既に十分な詳細を提供しているため、これ以上のガイダンスは必要ない。」「ボラティリティ調整は、会社固有のものではなく、通貨又は国別のものであるため、追加の要件を課すことなく、適用されるべきだ。」との意見がある。

ただし、事前承認を必要としない場合でも、ボラティリティ調整を適用する保険会社は、監督当局に通知することに加えて、精査を受けることになり、必要に応じて、ボラティリティ調整の使用に関連するリスクを補うために自己資本増強を求められることにもなる。

なお、ボラティリティ調整を使用する場合には、調整が適用されるポートフォリオの入出金キャッシュフローを予測する流動性計画をまとめなければならず、さらに、自己資本における資産の強制売却の可能性と、ボラティリティ調整がゼロに引き下がる場合の影響を定期的に評価し、財務報告書において調整に伴うベネフィットを開示する必要がある。

 
4 Solvency ii: supervisory approval for the volatility adjustment – SS23/15  01 June 2015
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4―ソルベンシーIIの今後の検討課題-リスク評価に関する項目-

4―ソルベンシーIIの今後の検討課題-リスク評価に関する項目-

ここでは、リスク評価に関する項目について、その内容の概要とそれを巡る現在の状況について、報告する。

1|ソブリンリスク-リスクチャージの賦課-

(1)概要
現在、ソルベンシーIIの標準式においては、ソブリン債にはリスクチャージは課せられない。具体的には、標準式におけるスプレッドと集中のサブモジュールから、ソブリン債を除外することにより、0%のリスクチャージをソブリン債に適用できる、こととなっている。これは、ソルベンシーII指令の決定時に、ソブリン債務危機の流れの中で、より一層の悪化を回避する観点から必要と判断されて認められた。 

(2)各国の監督当局の対応
ただし、EIOPAは、内部モデルを使用している会社に対しては、「国債をリスク加重すべき」と勧告している。さらには、いくつかの国の監督当局は、国債に対してもリスクを加重する方向で、保険会社にプッシュしてきている。

例えば、ドイツの保険会社は、国債に対して非常に大きなエクスポジャーを有しているが、BaFinはこれらの投資に対して、ソルベンシーIIの標準式を採用している会社も含めて、追加の資本を保持しなければならない、としている。BaFinは、会社が標準式で使用する仮定をチェックするORSA(Own Risk and Solvency Assessment:リスクとソルベンシーの自己評価)において、国債のリスクに対処するように、各社に求めている。スプレッドと集中リスクモジュールの中に一定水準以上の偏差がある場合には、何らかの対応を求められることになる。EUの要件によれば、保険会社は信用リスク評価を実施して、その債券の信用格付を決定することが求められるが、ドイツの保険会社は、各国の国家財政の概要を把握して、政府保証等の基準も考慮して、ソブリン債への投資を正当化することが要求されることになる。

(3)賛成の意見と慎重な意見
ソブリン債へのリスクチャージに対する賛成の意見と慎重な意見は、以下の通りである。

1) 賛成の意見
保険会社がソブリン債に対して資本を保持することにより、モラルハザードを削減し、市場の安定性が改善される。格付会社も、資本がソブリン債のリスクのために保持されているかどうかは重要な要素と見なしている。

2) 慎重な意見
ソブリン債への投資のリスク加重付けは、国家間の非対称性を形成し、公的債務のコストを高騰させる可能性があることから、金融の安定性に対する潜在的な脅威となりうる。そもそも、ソルベンシーII規制は、(ソブリン債へのゼロ・リスクチャージで)ソブリン債への投資を奨励する形になっているが、これが変更される場合は、国家間の資金の大規模なシフトが起こることになる。ソブリン債に高いリスクチャージが課される国の保険会社は、自国の負債に対応する資産として、低リスクのソブリン債への投資にシフトせざるをえなくなるが、これは合理的でも、当該国の国益にも沿ったものとならない。

こうした議論を踏まえて、仮に何らかの修正を行うとしても、無条件にソブリン債に対してリスクチャージを行うのではなくて、特定の臨界点を超えるソブリンに対する、実際のクレジットチャージに適用される集中リスクチャージとすべき、との考え方もある。

(4)欧州委員会のスタンス
ソルベンシーII制度の中で、そもそもこの問題は2018年末までの標準式のレビューにおいて議論されることが想定されていた。ただし、上記で述べた状況下で、欧州委員会は、この点に関しても、消極的なスタンスをとっているようである。

「欧州委員会によるEIOPAに対する技術的助言要求項目」の中では、ソブリン債へのリスクチャージの問題については触れられておらず、欧州委員会は、「この問題が銀行サイドでどのように取り扱われるのかが明確になった時点で、後日検討する。」とのスタンスのようである。

欧州委員会には、ソブリンリスクが織り込まれていないことで、より多くの利益を受ける加盟国からの代表者がいることから、積極的に議論が行われていく状況には無い。ソブリン債に対するリスクチャージの問題は、極めて政治的な問題であり、そのため欧州委員会もタブー視せざるを得ない状況にあるようである。

(5)今後の動向
このように、この問題も、EU加盟国間の分裂をほのめかす難しい問題となっている。

ソルベンシーIIがリスクベースの制度を目指しているという、その本来的な趣旨からは、何らかの対応が図られることが望まれることになる。そうでなければESRB等から強い批判を浴びることになる。従って、例えば、ソブリンが有する最大のリスクである集中リスクについては、何らかの対応が必要と思われる。ただし、仮に、ソブリン債に対するリスクチャージを導入する際には、コングロマリット内での裁定の機会を創り出さないように、銀行と保険のルールでの整合性の確保も求められることになる。さらには、その影響度合いによっては、経過措置等も必要になってくるかもしれない。

いずれにしても、この問題は、国際的な資本規制の検討等を通じて、日本にも大きな影響を与える可能性があることから、その動向を注視していく必要がある。
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中村 亮一

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