2016年12月06日

ソルベンシーIIの今後の検討課題について(1)-技術的準備金及びリスクの評価に関する項目-

中村 亮一

文字サイズ

1―はじめに

EUにおける新たなソルベンシー規制であるソルベンシーII制度については、その導入までに各種の課題が提起され、当初のスケジュールも延期されてきたが、ようやく2016年1月からスタートしている。ソルベンシーIIに基づく実際の監督当局への四半期報告も行われて、各保険会社・保険グループによるソルベンシーIIベースでの数値公表も行われてきている。ただし、パブリック・ディスクロージャーは2017年5月から行われることになっており、各社ベースでのソルベンシー比率の算出手法の見直し等も四半期毎に引き続き継続的に行われていることから、実際には本格的な実施には至っておらず、いまだ試走段階にあるという言い方もできるものと考えられる。

こうした中で、ソルベンシーII制度そのものに関係するいくつかの項目についての課題が指摘され、多くの意見が各種方面から提出されている。意見の内容は、実際の監督対象になる保険会社や、その公表結果に基づいて保険会社の財務内容等の分析を行う投資家からの批判にとどまらず、ソルベンシーIIの具体的な内容を実質的に定めているEIOPA(欧州保険年金監督局)のメンバーである各国の監督当局間の考え方の違いを反映するものも含まれており、それらの課題解決が容易ではないことを改めて認識させるものとなっている。

ソルベンシーII制度は、「第1の柱:リスクベースの必要資本の算出」、「第2の柱:ガバナンスとリスク管理」、「第3の柱:監督当局への報告とパブリック・ディスクロージャー」の3つの柱から構成されている。

今回と次回のレポートでは、このうちの第1の柱の「リスクベースの必要資本の算出」に関する事項を中心に、現時点で今後の検討課題とみなされている項目とそれらを巡る状況について報告する。

これらの項目は、今後、日本における経済価値ベースのソルベンシー規制の導入の検討を行っていく上にあたっても、重要な課題となってくることが想定されることから、大変参考になるものと思われる。

まずは今回のレポートでは、全体の検討スケジュールについて概観した後、技術的準備金の評価とリスク評価に関する項目について、報告する。
 

2―ソルベンシーIIの今後の検討スケジュールと全体の動向

2―ソルベンシーIIの今後の検討スケジュールと全体の動向

定量的要件の構成要素 1|SCR比率の算出方式の概要

ソルベンシーII制度のベースとなるソルベンシー比率の水準を表すSCR比率(=自己資本/SCR(Solvency Capital Requirement:ソルベンシー資本要件))の算出において、分母の必要資本を表すSCRについては、標準的な算式が定められている。標準式では、SCRはモジュラー・アプローチと呼ばれる構造に基づいて算出され、保険引受けリスク、市場リスク等の各種のリスク・モジュールでの算出を行った後、各種リスク間の分散効果等を反映させる形で算出されていく。一方で、分子の自己資本の算出に大きな影響を有する技術的準備金の算出においては、LTGM(Long-term Guarantees Measure:長期保証措置)1等の措置が認められる形となっている。

なお、SCRの算出にあたっては、標準式によらずに、監督当局の承認を得て、各社のリスク管理を反映した(部分)内部モデルを使用することもできる。
2|SCR比率算出方式のレビュー

これらのソルベンシーII制度に関しては、EUの指令に基づいて、「(1)2018年までに標準式のレビュー」が、「(2)2021年までにLTGMのレビュー」が行われることになっている。

具体的には、「(1)2018年までに標準式のレビュー」については、ソルベンシーII指令を修正した2014年のオムニバスII指令(OmnibusIIDirective)の見直し条項(Recital 60)が、欧州委員会に対して、「標準式を用いてSCRを算出するために使用される手法・前提・標準パラメータを、新しい制度の適用後5年以内(即ち、2021年末まで)に見直す」ことを求めている。ただし、欧州委員会の委任規則(Commission Delegated Regulation)のリサイタル(Recital 150)は、この見直しを2018年末までに繰り上げている。この見直しに当たっては、ソルベンシーII適用の最初の数年間で得られる経験が利用されることになる。

一方で、「(2)2021年までにLTGMのレビュー」については、オムニバスII指令の第77f条は、(1)EIOPAは毎年、2021年1月1日まで、LTGM等の措置の適用の影響について、欧州議会、欧州理事会及び欧州委員会に報告しなければならない。(2)EIOPAは、必要に応じて、ESRB(European Systemic Risk Board:欧州システミックリスク理事会)と協議し、公開協議を行って、欧州委員会に対して、LTGM等の措置の適用評価に関する意見を提出しなければならない。これらの評価は、保険商品における長期保証の提供可能性、長期投資家としての(再)保険会社の行動、さらには金融の安定に関連して、行われなければならない。(3)欧州委員会は、EIOPAの意見に基づいて、2021年1月1日までに、欧州議会と欧州理事会に対して、LTG(長期保証)パッケージの影響、特に欧州保険市場の機能と安定性、(再)保険会社が長期投資家として事業を継続する程度、長期保険商品の入手可能性と価格付等に対する影響について、報告書を提出しなければならない、と規定している。

このように、EIOPAによるLTGM等の適用状況に関する年間報告書の作成等を通じて、LTGM等のレビューの検討が行われていくことになる。

なお、こうした指令等が定めるレビューのスケジュールに関わらず、ソルベンシーIIの各種の項目について、加盟国間や各社間での整合的な取扱を目指して、EIOPAによるガイダンス等の作成の検討が進められている。
3|欧州委員会によるレビュー項目リストの発出

こうしたスケジュール感の中で、7月18日に、欧州委員会がEIOPAに対して、ソルベンシーIIのレビューに関する技術的助言を求める検討項目(以下において、「欧州委員会によるEIOPAに対する技術的助言要求項目」と呼ぶ)のリストを含むレターを提出している2

なお、これに先立って、欧州委員会は、2015年9月30日に、EUにおける金融サービスの監督枠組みに関する「Call for Evidence」3を開始し、全ての利害関係者から、現行の監督枠組みの統一性に関するベネフィット、意図せざる影響、一貫性、不均衡についての意見を求めている。これに対して、2016年1月31日の締切りまでに、保険セクターからは50の回答が行われている。

今回のレターについては、この「Call for Evidence」で示された意見等を反映する形で作成されている。EIOPAからの回答は2017年10月31日が期限となっているが、必要に応じて、段階的な提出や最終助言以前の部分的な助言の提出も行われることになっている。いずれにしても、これにより、2018年の標準式のレビューに向けてのソルベンシーII改革がスタートした形になった。

4|今回と次回のレポートでカバーする項目

次章では、このリストに含まれた(2018年の標準式のレビューに関する)項目に加えて、2021年までに検討が予定されているLTGMに関連する項目も含めて、一般的に検討が必要と認識されている項目の中から、日本における制度を考える上においても興味深い項目について掘り下げて、それらの項目を巡る現在の状況について報告する。
 
1 LTGM(長期保証(契約に対する)措置)の具体的な内容については、基礎研レター「EUソルンシーIIの動向-長期保証措置(MA・VA・経過措置)の適用申請・承認等の状況はどのようになっているのか-」(2015.10.13)を参照いただきたい。
2 REQUEST TO EIOPA FOR TECHNICAL ADVICE ON THE REVIEW OF SPECIFIC ITEMS IN THE SOLVENCY II DELEGATED REGULATION (Regulation (EU) 2015/35)
http://ec.europa.eu/finance/insurance/docs/news/call-for-advice-to-eiopa_en.pdf#search='Ref.Ares%282016%293573955'
3 「Call for Evidence」の結果のサマリーについては、以下を参照のこと http://ec.europa.eu/finance/consultations/2015/financial-regulatory-framework-review/docs/summary-of-responses_en.pdf#search='call+for+evidence+solvency+%E2%85%A1'
Xでシェアする Facebookでシェアする

中村 亮一

研究・専門分野

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【ソルベンシーIIの今後の検討課題について(1)-技術的準備金及びリスクの評価に関する項目-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

ソルベンシーIIの今後の検討課題について(1)-技術的準備金及びリスクの評価に関する項目-のレポート Topへ