2016年08月03日

災害時のトリアージの現状-救急医療の現状と課題 (後編)

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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5――トリアージの必要性

本章以下では、トリアージについて紹介していく。災害医療を、象徴的に表す概念として、トリアージ(Triage)が挙げられることが多い。トリアージの語源は、フランス語で、「3つに分ける」という意味の‘trier’を名詞にしたものと言われる11。災害医療にあっては、発生した多数の傷病者を、選別することを指す。即ち、災害医療のトリアージとは、多数の傷病者に対して、緊急度と重症度により、搬送や治療の優先度を決めることである。

一般に、災害医療は、トリアージ(Triage)、治療(Treatment)、搬送(Transport)の3つで、実践される、と言われる。これらは、災害医療の3Tと呼ばれている。トリアージは、3Tの入り口にあたる。

トリアージは、「避けられた災害死(PDD)」をなくすための活動といえる。災害という、環境や条件の制約がある中で、医療のパフォーマンスを最大限に引き出すことで、不足しがちな医療資源を、緊急度・重症度の高い傷病者に、優先的に供給する。これにより、PDDを極力減らすことを目指す。

1|トリアージは、「最大多数に対する最大幸福の達成」を目指して行われる
災害医療は、平時の救急医療と異なり、医療需給が逼迫する。そのため、全ての傷病者に、最善の救急医療を行うことは、物理的に不可能となる。そこで、限られた医療資源をどのように傷病者に割り振るか、という問題が生じる。トリアージは、「最大多数に対する最大幸福の達成12」を原則とする。そこでは、何よりもまず救命が優先される。そして、「生命は四肢に優先し、四肢は機能に優先し、機能は美容に優先する」との、優先順位付けがなされる。

2|トリアージでは、正確性と迅速性を両立させることが必要
トリアージでは、正確性と迅速性という、相反するテーマを両立させることが必要となる。そこでは、通常の医療においては重視される正確性を、ある程度、犠牲にしてでも、迅速な判断を行うことが求められる場合が生じる。

多数の傷病者が出ている場合、現場でのトリアージは、傷病者1人あたり、長くとも30秒以内に抑えなくてはならない。これは、次のように考えるとわかりやすい。災害現場で、30名の傷病者が発生していて、トリアージを行うとする。仮に、1人に2分ずつかけて、トリアージを行ったとする。すると、30人目は、58分後に、ようやくトリアージが開始される。この傷病者は、貴重なゴールデンアワー13を、トリアージを待つことのみで、費やしてしまうことになる。もし、この傷病者が重症だった場合、トリアージを開始した時点で、既に手遅れということにもなりかねない。このため、トリアージにかける時間は、短くする必要がある。また、トリアージを行う順番も重要である。ある傷病者の状態が、一見して明らかな場合には、30秒もかけずに、瞬時に判断することも可とされる。

このように、迅速性を追求するため、トリアージのミスを、完全に防ぐことはできない。トリアージは、70%以上の正確性が確保できれば、合格点との見方もある。即ち、トリアージでは、ミスを過度に意識する必要はないとされる14

3|トリアージは、トリアージオフィサーが行う
トリアージは、トリアージオフィサー(TO)の決定にしたがって行われる。TOは、災害医療における、司令塔の役割を果たす。TOを担う職種に制限はないが、通常は、医師、歯科医師、看護師、理学療法士、作業療法士、救急救命士などが適しているとされる。トリアージは、TOと、判定記録者とで、トリアージチームを編成して行われることが一般的である。

4|トリアージの際は、トリアージタッグが装着される
トリアージの際は、各傷病者にトリアージタッグが装着される。装着位置は、原則として右手首とされる。ただし、負傷や切断等のために、右手首に装着できない場合には、左手首、右足首、左足首、首の順で装着することとされている。

トリアージタッグは、被災地内外の医療機関における簡易カルテの役割を果たす。そのため、誰が見ても、一目で傷病者の緊急度や重症度が判別できるよう、項目の一部が、標準化されている。
図表10. トリアージタッグの記載事項
トリアージタッグは、3枚の複写式であり、1枚目は災害現場用、2枚目は搬送機関用、3枚目は収容医療機関用である。記載の際は、黒ボールペンの使用が推奨される。記載事項のうち、氏名、年齢、性別等の傷病者の情報や、トリアージ実施月日・時間、トリアージ実施者氏名等のトリアージ実施情報は、必ず必要な項目である。もぎり部分は、黒(0)、赤(I)、黄(II)、緑(III)の4区分からなる。トリアージを行い、区分を判定したら、その判定結果に従って、不要な部分をミシン目に沿ってもぎり取ることとされている。

赤(I)は、迅速な救命処置を必要とする、最優先治療群の傷病者を指す。黄(II)は、赤(I)の後の外科的処置や救急処置が許容される、待機的治療群の傷病者を指す。緑(III)は、赤(I)や黄(II)の後の処置が許容され、軽微な処置で対応可能または処置不要の、保留群の傷病者を指す。黒(0)は、無呼吸群および死亡群を指す。搬送や治療は、判定された区分に従って、赤(I)、黄(II)、緑(III)、黒(0)の順番で行われる。
図表11. トリアージカテゴリー/図表12. トリアージタッグ (イメージ)
 
11 トリアージの概念は、もともと17世紀に品質の優れたコーヒー豆を選別することに端を発したといわれる。その後、この概念は、ヨーロッパにおいて、18世紀のフランス革命から、19世紀のクリミア戦争にかけての戦争期に、定着していった。即ち、戦争で傷ついた多くの兵士の中で、どのように優先順位を付けて、医療処置を行うかという問題に活用された。
12 英語では、“Do the greatest good for the greatest number.”とされる。
13 平時の救急医療では、防ぎえた外傷死(Preventable Trauma Death, PTD)を防ぐために、受傷から1時間以内に、手術などの治療を開始することが重要とされる。この最初の1時間を「ゴールデンアワー」と呼んでいる。
14 後述の通り、何回もトリアージを繰り返していく中で、ミスが是正される場合もある。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

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