2016年06月20日

高齢者雇用政策の新たな展開~地域における高齢者の多様な就業機会の確保・拡充に向けて

生活研究部 上席研究員・ジェロントロジー推進室兼任 前田 展弘

文字サイズ

3――高齢者雇用政策の経緯と今回の法律改正内容

さて、以上のような高齢者の就業実態に至るまで、どのような雇用政策が講じられてきたのか、そして今回どのような新たな展開が見られるのか概説する。

1|65歳までの雇用確保の道程
政府による高齢者雇用対策が進められたのは1960年代からである。当時は50歳あるいは55歳くらいで定年を迎える時代であった。当時の引退した高齢者は子供と同居して扶養(私的扶養)されて余生をすごすのが通例であった。1961年に公的年金制度(国民皆年金)が制定されたが、当時の受給対象者は極僅かで、ほとんどの高齢者は自らの貯蓄を取り崩すか子供に世話になる形で引退後の生活をおくっていた。徐々に寿命が延伸し引退後の生活が長期化していくなかで、高齢期の生活(所得)保障のあり方が社会的に問題視され、当初に講じられた高齢者雇用対策は、引退後の「失業対策としての再就職(新規雇用)」に関する施策が中心であった。

1970年代に入ると労働市場内部における雇用維持施策、つまり「定年延長」の取り組みが始まる。1973年には改正雇用対策法で定年延長促進のための施策の充実が明示される等、「定年延長」が高齢者雇用対策の最重要課題として位置づけられるようになる。1960年代が定年後の事後的対応であったのに対し、70年代からは定年延長という予防的対応に高齢者雇用対策は切り替わっていったのである。

その後も「中高年齢者等の雇用の促進に関する特別措置法(1971年制定)」(略称:中高法)を中心に定年延長に向けた取り組みが進められ、1986年には前述の中高法が改称された「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」(略称:高年齢者雇用安定法)のもとで企業に対する60歳定年の努力義務化が立法化される。しかし、時を同じくして60歳定年では事足りない事態を迎える。それは1985年に実施された年金制度の抜本的大改革である。老齢年金支給開始年齢を現行の60歳から65歳へ段階的な引き上げを行うことが決定される。高齢者雇用対策としてもこの年金制度改正を受ける形で1990年から「65歳までの継続雇用確保」の取り組みをスタートさせ、その前提として1994年には「60歳定年」の義務化がはかられることとなる。

60歳定年がほぼ定着すると、2004年には65歳までの雇用確保を確実なものとするべく措置の法的義務化(段階的対応)がはかられる。この結果、企業は、(1)定年の廃止、(2)定年の引き上げ、(3)継続雇用制度の導入、のいずれかの措置を講じなければならなくなった。(2)(3)については2013年4月1日までに雇用確保義務年齢を65歳以上に引き上げる必要があり、これで我々国民としては少なくとも65歳までの雇用確保の道筋がついたことになった。また2013年には継続雇用制度の対象者を限定する仕組みを廃止し、希望者全員が継続雇用されることになった。さらにこの間、厚生労働省主導のもと、70歳まで働ける企業推進プロジェクトが継続され、70歳までの雇用確保の延長に向けた取り組みも進められている。
 
2|生涯現役社会づくりに向けた検討
このように少なくとも65歳までの雇用の道筋をつけることで、高齢者雇用政策は一定の役割を終えたかと思われたが、平均寿命は延び続け、やがては人生90-100年時代となろうとしていること、また高齢者の身体機能の若返りも確認され、高齢者の就労意識も高いことなどを背景に、高齢者雇用政策もさらなる検討が求められるようになる。その方向は、年齢に関わらず活躍できる「生涯現役社会」を創造することである。ただ、それは言うほど簡単なことではない。65歳以降の雇用をさらに企業(事業者)に求めることは現実的でもない。そこで厚生労働省では2013年から有識者会議を重ね5、2015年6月の段階で次のように「生涯現役社会の実現に向けた課題及び施策の方向性」が整理された。
図表5:生涯現役社会の実現に向けた課題及び当面求められる施策の方向性(2015年6月)
 
5 「生涯現役社会の実現に向けた就労のあり方に関する検討会」(2013年2~6月、座長:大橋勇夫 中央大学大学院戦略経営研究科教授)。「生涯現役社会の実現に向けた雇用・就業環境の整備に関する検討会」(2015年2~6月、座長:清家篤 慶應義塾長)

 
3|「地域」における高齢者の就業支援の強化(2016年~)
こうした経緯を経て、厚生労働省では今年度から高年齢者雇用安定法等を一部改正し、「地域」において高齢者がさらに活躍できるような就業環境の整備をはかる政策を打ち出したのである。主なポイントは次の2点である。

(1)「生涯現役促進地域連携事業」の推進
これは前述の「地域における多様な雇用・就業機会の確保(図表5(ⅳ)部分)」の課題を踏まえ、新たに展開される事業である(全体の事業概要は図表6参照)。地方自治体が中心となって構成する「協議会」等が中心となり、地域における高齢者の就労促進に資する事業を実施することを推進する厚生労働省の新たな施策である。当事業を行うかどうかは各自治体(都道府県・市区町村)の判断(任意)ではあるが、この事業を行う場合、自治体が中心となってシルバー人材センターやハローワーク(公共職業安定所)、また商工会議所や民間の人材派遣会社等、それらの地域の関係機関が密接な連携をはかる「協議会」を設けるなかで、自治体が策定する「地域高年齢者就業機会確保計画」にもとづき、地域の高齢者の就業機会の確保及び拡大をはかることが求められる。同様の事業は2014年度からあくまでモデル事業(厚生労働省「地域人づくり事業」)として一部の地域で展開されてきたが、今回、高年齢者雇用安定法の中に「地域の実情に応じた高年齢者の多様な就業機会の確保」に関する事項が明記されるなかで、新たな高齢者雇用政策として推進されるものである。地域が一丸となって、高齢者の新たな活躍を支援する新たな政策と言える。
図表6:「生涯現役促進地域連携事業」の概要
(2)シルバー人材センターにおける取り扱い業務の要件緩和
これは前述の「シルバー人材センターの機能強化(図表5(ⅴ)部分)」の課題を踏まえ、2016年4月から施行される。シルバー人材センターの概要及び取り扱う主な業務は図表7①に示したが、これまで取り扱うことのできた業務は、「臨時的・短期的」(概ね月10日程度まで)または「軽易な業務」(概ね週20時間程度まで)に限定されていた。それが図表7②にあるとおり、これからは『都道府県知事が市町村ごとに指定する業種等においては「派遣・職業紹介」に限り、週40時間までの就業が可能』となる。高齢者の就業ニーズは多様であり、いわゆる「臨・短・軽」の業務に止まらず、それ以上の仕事を求める高齢者も多い実態を踏まえて、このような要件緩和がはかられたのである。
図表7:シルバー人材センターの事業概要及び「臨・短・軽」要件の緩和概要
<参考>雇用保険の適用対象者の拡大(雇用保険法の一部改正)
高齢者の就業に関連する法律の改正としては上記に加え、雇用保険も「65歳以降に新たに雇用される者を雇用保険の適用の対象とする」ように改正が行われている。これは2017(平成29)年1月から施行される(ただし、保険料徴収は平成31年度分まで免除される)。
Xでシェアする Facebookでシェアする

生活研究部   上席研究員・ジェロントロジー推進室兼任

前田 展弘 (まえだ のぶひろ)

研究・専門分野
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)、超高齢社会・市場、QOL(Quality of Life)、ライフデザイン

経歴
  • 2004年     :ニッセイ基礎研究所入社

    2006~2008年度 :東京大学ジェロントロジー寄付研究部門 協力研究員

    2009年度~   :東京大学高齢社会総合研究機構 客員研究員
    (2022年度~  :東京大学未来ビジョン研究センター・客員研究員)

    2021年度~   :慶応義塾大学ファイナンシャル・ジェロントロジー研究センター・訪問研究員

    内閣官房「一億総活躍社会(意見交換会)」招聘(2015年度)

    財務省財務総合政策研究所「高齢社会における選択と集中に関する研究会」委員(2013年度)、「企業の投資戦略に関する研究会」招聘(2016年度)

    東京都「東京のグランドデザイン検討委員会」招聘(2015年度)

    神奈川県「かながわ人生100歳時代ネットワーク/生涯現役マルチライフ推進プロジェクト」代表(2017年度~)

    生協総研「2050研究会(2050年未来社会構想)」委員(2013-14、16-18年度)

    全労済協会「2025年の生活保障と日本社会の構想研究会」委員(2014-15年度)

    一般社団法人未来社会共創センター 理事(全体事業統括担当、2020年度~)

    一般社団法人定年後研究所 理事(2018-19年度)

    【資格】 高齢社会エキスパート(総合)※特別認定者、MBA 他

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【高齢者雇用政策の新たな展開~地域における高齢者の多様な就業機会の確保・拡充に向けて】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

高齢者雇用政策の新たな展開~地域における高齢者の多様な就業機会の確保・拡充に向けてのレポート Topへ