2016年06月14日

予測分析の生保への活用-生保の契約査定には、どこまで予測を織り込めるか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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4――契約査定へのPAの活用 (アメリカの場合)

アメリカの生保業界では、PAによるビッグデータ活用の大きな効果として、契約査定の効率化が挙げられている。しかし、当初の想定に比べて、その進捗は緩やかなものとなっている。

1そもそも契約査定は、どのようなツールで行われているか
アメリカでは、申込書等の書類、血液・唾液等の検査、運動負荷検査10、自動車運転記録など、多くのツールをもとに、契約査定が行われている。このうち、いくつかは日本でも、用いられている。
図表2. 契約査定のツール (主なもの)
2PAによる契約査定の効率化
(1) PAによる契約査定の効率化の可能性
一般に、生保会社は、見込み顧客のプロファイル作成に、高い関心を有している。現在、契約の際に行われている診査や、リスク判定などの危険選択には、多額の費用や、時間を要することが多い。こうした作業を、ビッグデータを収集して、PAにより分析することで、効率的に行うことが考えられる。例えば、公開情報である、FacebookやTwitterなどのソーシャル・メディアのプロファイル情報を組み込んだり、政府の社会保障データを用いることで、契約査定を簡素化することが考えられる。

一方、顧客は、申込みから保障開始までの期間が短縮される。例えば、ウェブサイト上で、簡易な告知項目に回答するだけで足りるなど、加入が、容易になる利点が考えられる。

(2) 契約査定の効率化が期待されるゾーン
PAと、従来の危険選択とでは、選択の精度が異なる場合がある。従来の危険選択では、評価スコアが不良な場合、追加のコストや時間をかけて検査等を行い、死亡率の測定精度を高める。一方、PAでは、評価スコアによらず、予測のベースとなる情報は同じものを用いる。この結果、健康状態が良好とみなせる層では、両者の精度に大きな違いはないが、健康状態が不良とみられる場合、従来の方法に比べて、PAは死亡率を低く見積もる傾向が生じる。即ち、PAでは、将来の給付支払を、過少に見積もりかねない。特に、給付金が高額な契約では、死亡率の差が、支払額に大きく影響する恐れがある。そこで、PAの活用は、健康状態が良好とみなせる層を中心に用いられるべきと、考えられている。
図表3. PAと従来の危険選択での死亡率 (イメージ)
3現在のところ、契約査定には、PAがなかなか浸透していない
実際には、PAは当初の想定に比べて、契約査定への浸透がもう一歩という状態にある。これには、次のような、いくつかの原因が考えられる11

・生命保険は長期に渡るため、契約の途中で、契約者の行動特性が、変化してしまう場合がある。
・生命保険で給付の対象となる保険事故(被保険者の死亡)は、若年・中年では、まれにしかに起こらない。このため、データの蓄積が進まず、PAの機械学習が、効率的に行えない。
・従来、契約査定の最終手段は、主治医の診断書を用いた判定とされてきた。契約査定の担当者の間では、診断書への信頼が厚いため、PAによる実務の代替が、進んでいかない。

そこで、まず、健康状態が良好な契約や、告知項目が数個に限られている限定告知型保険12などで、試験的にPAを導入して、契約査定での経験を積んでいく、という取り組みが進められている。

4加入申込トリアージにより、従来の契約査定と、PAを融合する取り組みが始まっている
契約査定の担当者は、PAによる結果を、追加情報の1つとみて、査定時に考慮する。例えば、申込書の記載内容(年齢、性別、住所、保障額、本人および家族の受療歴など)、処方薬の服用歴、診査情報センターの情報、自動車運転記録等を、あらかじめ用意したプログラムで評価する。その結果、評価が「従来の危険選択を実施せよ」と出れば、1ヵ月以上の時間をかけて、従来どおりの査定を行う。一方、「優良体を促進せよ」と出れば、医的査定は不要となり、数日程度で契約が成立する。このプログラムによる振り分けは、加入申込トリアージと呼ばれ、PAが用いられている。13
図表4. Principal社の加入申込トリアージの事例
 
10 被験者にウォーキングマシンで運動をしてもらって、その際の心電図をとるもの。
11 ここで挙げたPAが浸透しない理由は、次の記事などを参考に、筆者がまとめたもの。
“‘Predictive Analytics’Tantalizes Life Insurers-But Obstacles Remain”Andrew Singer (Bank Insurance & Securities Marketing, Spring 2013)
“Protecting Bradley”Stephen Abrokwah (The Actuary, Society of Actuaries, Dec 2015/Jan 2016 Vol.12 Issue 6)
12 英語では、Simplified Issue で、SIと略されることがある。加入時に医的診査をせずに、簡易な告知で済む。ただし、健常者の場合には、通常の保険に加入するよりも、保険料率が割高になることが一般的。
13 この節の内容は、“Big Data and Advanced Analytics: Are You Behind the Competition?” Chris Stehno and Priyanka Srivastava (Deloitte, Nov. 2014)および“Get Ready For The Age Of Application Triage”Cyril Tuohy (Insurance News Net.com, Jan 12, 2016)などを参考に、筆者がまとめたもの。

5――おわりに (私見)

5――おわりに (私見)

現在、ビッグデータ関連の研究が進み、データ収集や分析のための技術は、着実に進化している。多くの産業分野で、これらを生かした、新商品・サービスの開発や、事業の効率化が図られている。
生保分野でも、保険設計やサービス提供の実務に、ビッグデータをもとにしたPAが本格的に導入される時代が、近づいている。その際、経験や直感に基づく既存の実務を、一掃するのではなく、良いものは残しながら、従来のものとPAの融合を図っていくことが、望ましい姿ではないかと考えられる。

今後も、引き続き、生保会社のPAの導入の取組みに、注目していく必要があるものと思われる。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2016年06月14日「保険・年金フォーカス」)

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