2016年05月20日

G7伊勢志摩サミットに集う欧州首脳の胸中-協調的財政出動が困難なそれぞれの事情-

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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英国のキャメロン首相は1カ月後の国民投票での残留支持獲得が最優先課題

英国のキャメロン首相は、来月23日にEU残留か離脱かを問う国民投票を控えている。景気認識という面では財政出動の必要性は低く、政治サイクルの面で余裕に乏しい。

英国経済では世界金融危機後の不況が長引いたが、13年に入ってからは前期比年率で2%台半ばの成長が続くようになり、失業率も一気に低下した。足もとは国民投票を控えた不透明感から景気拡大ペースが鈍っている。国民投票が残留支持多数で終われば、不透明感の払拭から再加速する可能性があるが、離脱多数となれば資本の流出や資本流入の停滞で市場が混乱、景気に急ブレーキが掛かるおそれがある2。現在のキャメロン首相には、国際的な政策協調について検討するような余裕はなく、残留支持獲得のためのキャンペーンに全精力を注ぎたいところだろう。

英国は、EU加盟国だが、ユーロは導入していないため、EUの欧州委員会による事前審査や制裁発動といった厳格化された財政ルールの対象とはなっていない。しかし、キャメロン政権は第一次政権期(2010年5月~)から、EUのルールと整合的な形で、財政ルールを強化し、財政赤字の削減と政府債務残高の安定化に取り組んできた。その結果、15年度(15年4月~16年3月)の財政赤字は対名目GDP比3.9%でピークの09年度の同10.3%から大きく減っているが、EUの基準値(同3%)を超えている。政府債務残高の対GDP比も増加ペースこそ鈍っているが、未だ増加が続いている。

財政赤字が解消しない一方、経常収支の赤字は15年にG7で最大の5.2%と現行統計開始以来の水準まで膨らんでいる(図表4)。急激な資本流出が経済活動に及ぼすリスクが高いという面からも、財政赤字の削減が求められている。

今年3月16日に公表した16年度予算案では、景気下振れリスクと不確実性の高まりに対応して追加的な歳出削減措置は見送ったものの、従来からの2019年度の財政収支黒字化の目標は維持した。成長に優しい財政健全化、生産性向上を掲げ、インフラ投資などを拡大する方針だ。2020年に標準税率を現在の20%から17%も目指している。

国民投票の結果はこうした財政健全化のシナリオにも大きく影響する。離脱派は、EU離脱のベネフィットの1つとしてEUへの拠出金が節約できるため、財政面での余裕が生まれると主張するが、英国財務省や国際機関等は景気の落ち込みによる歳入減の効果が上回ると試算する。離脱の影響は、EUとの関係やEU域外との関係についての協定がまとまるまでの期間や内容によって変わるため幅を持って考える必要があるが、短期的には財政悪化要因になると考えられよう。
 
2 英国の国民投票が離脱支持多数に終わった場合の影響などについては、基礎研レポート2016-05-18「近づく英国の国民投票 経済的コストへの警鐘が相次いでも落ちないEU離脱支持率」をご参照下さい。
 

ドイツは十分に拡張的な財政運営を行なっていると認識。政治的最優先課題は難民対策

 

ドイツは十分に拡張的な財政運営を行なっていると認識。政治的最優先課題は難民対策

ドイツの財政収支は15年も名目GDP比0.7%の黒字、政府債務残高は同71%(表紙図表参照)でEUの基準値を上回っているが、すでに低下トレンドに乗っている。財政収支が黒字の国も、政府債務残高が減少に転じている国もG7ではドイツだけだ。しかも、経常収支の黒字は15年には名目GDPの8.5%に達しており、財貿易の領域ではG7で一人勝ちの様相を呈する(図表4)。

世界経済の下振れリスク回避のための国際的な政策協調という観点では、余裕のあるドイツの役割が期待される。国際通貨基金(IMF)も、ドイツには「インフラ投資への必要性を効率的に満たす」よう求めている。

しかし、ドイツ政府の財政政策の活用に対する慎重なスタンスは当面は変わらないだろう。新興国の減速など悪材料でも景気は堅調だ。潜在成長率も、他のG7とは異なり、2000年代の平均水準よりも現在の方がむしろ高い(図表5)。ECBがユーロ圏全体に照準を合わせて決定する金融政策はドイツのファンダメンタルズに対して著しく緩和的である。シュレーダー政権期(1998年~2005年)に実施した税・社会保障制度の改革によって、国際競争力の強化と雇用促進を目的とする包括的な改革で単位労働コストの割高感を解消した。単位労働コストで調整した実質実効為替相場はフランス、イタリアとドイツの間には大きな乖離がある(図表6)。ドイツには、ユーロ安の追い風が止む影響も相対的に小さいと思われる。

財政政策に関しては、EUのルールへの抵触が問題となることはないが、昨年の難民の受け入れ急増に合わせて補正予算を組むなど、ドイツとしては十分に「拡張的」という認識もある。

メルケル首相は、仏伊首脳と異なり、景気や国内の雇用への悩みはなく、財政にも余裕があるが、難民危機対策では深い悩みを抱える。ドイツは2017年秋には総選挙を迎えるが、昨年夏以降、40%を超えていた与党キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)への支持率は10%余り低下している。一般に難民に寛容なドイツ国民の間でも急激かつ大規模な流入への不安が広がり、支持率に影響したものと思われる。

替わって躍進が目立つのが、ユーロ圏からの脱退を唱え、難民受け入れ制限を求める「ドイツのための選択肢(AfD)」だ。今年3月の州議会選挙で大躍進したAfDの支持率は10%を超える水準まで上昇しており、17年秋の連邦議会選挙でも議席獲得が可能な勢いだ3

ドイツが率先して進めるEUの難民対策としてはEU域内への流入のコントロールの重要性が増している。地中海を経由したEUへの難民流入は、ギリシャに到着した移民をトルコに送還する合意が発効した3月20日以降、落ち着いてきた。しかし、トルコ側が、EUが求めたテロ対策法の改正を拒否しており、6月末までのトルコ国民の入国査証(ビザ)免除実現の目処が立たず破談の危機に瀕している。難民危機は終息とは程遠い状況にある。
図表5 G7の潜在成長率/図表6 ユーロ圏主要3カ国の実質実効為替相場
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

(2016年05月20日「Weekly エコノミスト・レター」)

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