2016年03月09日

米国経済の見通し-個人消費主導の景気回復持続も、懸念される資本市場の実体経済への影響

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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1.経済概況・見通し

(経済概況)10-12月期は成長率が大幅に低下。労働市場回復も個人消費の伸びが鈍化
米国の10-12月期実質GDP成長率(以下、成長率)は前期比年率+1.0%と、7-9月期の+2.0%から大幅に低下した(図表1、図表4)。需要項目別にみると、住宅投資が+8.0%(前期:+8.2)と好調を維持したものの、民間設備投資が▲1.9%(前期:+2.6%)と前期からマイナスに転じたほか、純輸出の成長率寄与度が▲0.25%ポイント(前期:▲0.26%ポイント)と前期に続いてマイナスとなった。これらは原油安やドル高の影響とみられる。また、在庫投資の成長率寄与度も▲0.14%ポイント(前期:▲0.71%ポイント)と、前期からマイナス幅は縮小したものの、2期連続でマイナス寄与となり成長を押下げた。さらに、当期は雇用者数の増加など、労働市場の回復が持続する中で、個人消費が前期比年率+2.0%(前期:+3.2%)と伸びが鈍化したことが成長率低下に響いた。
(図表2)米国の実質個人消費支出(寄与度) 個人消費の伸びは、実質可処分所得+2.5%(前期:+3.2%)を下回っており、所得対比で消費が伸び悩んでいる(図表2)。また、個人消費の内訳をみると、自動車関連が▲6.5%と3四半期ぶりにマイナスに転じたほか、非耐久消費財のうち、ガソリン・その他燃料が▲2.8%、衣料・靴が▲0.2%とマイナスとなった。とくに非耐久消費財の落ち込みは、記録的な暖冬の影響で暖房や冬物衣料の需要が後退したためとみられる。
もっとも、16年1月の個人消費は、引き続き可処分所得が底堅い伸びを示す中で、ガソリン・その他燃料こそ前月比▲0.5%と、マイナスが続いているものの、自動車関連が+2.2%とプラスに転じるなど、全体では+0.4%と15年5月以来の高い伸びとなっており、10-12月期の伸び鈍化が一時的である可能性が高い。
一方、FRBは12月に06年以来およそ10年ぶりとなる政策金利の引き上げを実施した。原油価格の下落に伴い、物価目標の達成時期は見通せない状況となっていたが、労働市場の回復に自信を深め、リーマン・ショック後に実施してきた異例の金融政策から正常化に向けて舵を切った。資本市場は12月の利上げ開始を事前に相当程度織込んでいたほか、利上げ後も暫くは資本市場が安定していたため、金融政策は正常化へスムーズに移行できたとの見方もでていた。
 
(図表3)金融環境指と社債スプレッド しかしながら、16年初から中国株式市場の大幅下落、イランとサウジアラビアの関係悪化に伴う中東の地政学的リスクの高まりなどを背景に、世界的に株式市場が軟調になるなど、資本市場でリスク回避の動きが加速した。さらに、原油相場についてもイランの経済制裁解除に伴う供給増加観測を背景に、原油価格が1月中旬に一時1バレル=30ドルを割り込むなど、下落が加速した。原油価格の下落は、一般的には原油輸出国からの所得移転により、純輸入国である米国経済全体ではプラスの効果が期待できる。しかしながら、米国のエネルギー関連企業の株価や社債価格の下落に伴い、株式市場や信用力の低い高金利社債市場で原油価格下落に連動する動きが強まった。とくに、高金利社債市場では、10年国債との金利スプレッドが一時8%を超えるなど、金融危機以来の水準に上昇した(図表3)。このため、1月のFOMCでは海外経済・資本市場の動向を注視すると言及されたほか、資本市場の不安定な状況が実体経済に影響を与えるとの一部懸念が広がった。
もっとも、信用力の高い社債市場ではスプレッドが安定しているほか、より広範な金融市場の動向を示すシカゴ連銀の金融環境指数は比較的安定しており、金融市場全般にストレスがかかっている状況ではない。さらに、2月下旬以降はOPEC産油国を中心に増産回避に向けた動きもあり、直近(3月7日時点)では原油価格が30ドル台半ばまで反発しているほか、高金利社債スプレッドも6%台後半まで縮小しており、資本市場には安定する動きがみられている。このため、現状では16年以降の不安定な資本市場の動きが実体経済に悪影響を及ぼす可能性は限定的と判断している。

 
(経済見通し)成長率は16年+2.3%、17年+2.5%を予想
米国の成長率は、資本市場の不安定な状況が長期化しない前提で16年が前年比+2.3%、17年が+2.5%を予想する(図表1、図表4)。米国経済は17年にかけても、個人消費主導の底堅い成長が持続しよう。
労働市場の回復基調が持続する中で、堅調な所得の増加が消費を下支えするとみられる。個人消費は1-3月期以降に再び伸びが加速し、その後も2%台半ばから3%程度の堅調な伸びが持続すると予想する。さらに、住宅市場についても、雇用不安の後退に加え、政策金利の引き上げペースが緩やかに留まることから、伸びは鈍化するものの、拡大基調は持続しよう。
一方、民間設備投資は、製造業を中心にドル高に伴う輸出不振もあり、当面回復はもたつくとみられる。もっとも、当研究所では原油価格は16年1‐3月期を底に緩やかな上昇基調に転じると予想しており、資源関連の成長率押下げが緩和することで設備投資は緩やかに回復すると見込む。
外需は、ドル高や米国経済が相対的に好調な状況が暫く続くことから、予測期間を通じてマイナス寄与を見込むものの、日本や欧州などの景気回復やドル高の緩和に伴いマイナス幅は縮小すると予想する。
最後に政府支出は、引き続き景気に中立の状況が持続するとみられるが、17年以降は、大統領選挙の結果によって大きく変わる可能性があるため、11月の選挙結果が注目される。
 
物価は、当面上昇圧力が抑制された状況が持続しそうだ。当研究所では、原油価格は17年末でも40ドル台前半に留まるとみているため、原油価格上昇に伴う物価上昇圧力は限定的となろう。
 
一方、金融政策は12月に政策金利引き上げを開始した後、16年は2回(0.50%)の追加利上げを予想している。これは、FOMC参加者の予想(1.00%)を下回るペースである。物価が抑制されているほか、海外経済や資本市場の動向とその実体経済への影響を見極めるため、FRBは追加利上げ時期を慎重に判断するとみられる。

 
最後に長期金利は、原油価格の反発、資本市場の安定化、追加利上げもあり、緩やかに上昇すると見込まれる。もっとも、物価上昇圧力は限定的であることから、金利の上昇幅も限定となろう。
(図表4)米国経済の見通し
(図表5)大統領予備選挙動向 上記見通しに対するリスク要因としては、中国経済をはじめ新興国経済の減速懸念などを背景にリスク回避姿勢が強まり、米資本市場の不安定な状況が長期化することに加え、11月の大統領選挙に伴う国内の政治リスクが挙げられる。
米国では共和党、民主党の大統領候補者を選出するための予備選挙が本格化している。3月7日現在、両党とも全体の3割半まで投票が終了した(図表5)。現時点では共和党でトランプ氏、民主党でクリントン氏の指名獲得の可能性が高まっている。
 
両候補の政策について、クリントン氏では、TPPを除き基本的に現政権の政策を継承するとみられる一方、トランプ氏では、現政権からの大幅な政策転換が予想されるため、トランプ氏が当選する場合には、政策の予見性の低下により実体経済にネガティブに働く可能性が高い(図表6)。
 
(図表6)主要な政策公約
とくに、トランプ氏は未だ多くの政策公約で具体的な政策を示していないほか、政策に関する発言内容が二転三転しているため、実際にどのような政策が実行されるか非常に不透明となっている。さらに、同氏の選挙活動における誹謗中傷により共和党内の確執が強まっており、来年以降、共和党議会内ですら意見集約が可能であるか不透明であることも政策の予見性を低下させよう。
 
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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

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