コラム
2016年03月07日

遠くに住む両親は大丈夫?特定商取引法を深く知り、悪徳商法の撃退を

保険研究部 常務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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特定商取引に関する法律(特商法)という法律をご存知だろうか。以前は、訪問販売法といったが、マルチ商法や内職モニター商法など幅広い商取引をカバーするようになったことに伴い、名称が変更されたものだ。特商法は公正な取引を確保し、クーリングオフ制度などを設けることにより不適切な商法等による消費被害の回復を図る法律である。昨年12月に消費者委員会で法改正に向けた諮問がなされたが、あまり話題にならなかったようだ。そのひとつの理由は改定内容が小幅のように見えることだと思われる。それでも特商法が規制の対象する範囲が拡大され1、訪問販売規制を回避する手法をふさぐ2など現状に即した改正が提言されている。
 

ところで特商法は少し面白い構造をしている。特商法はもともと事業者に対する監督法である。他の監督法、たとえば銀行法や保険業法等では事業者に免許を与えたり、登録をさせたりして事業者を行政庁の管轄下におき、そのうえで規制をかける。それに対し、特商法は事業者を行政庁の管轄下に置くことなく、ある一定の行為、典型的には訪問販売をすることにより、書面交付等の行為を求める規制や禁止行為等の規制が課せられ、法違反に対しては行政処分ができることとなっている。

たとえばリフォーム業者で考えてみよう。ある業者が広告を出して来店してきた顧客とだけ契約するような事業を行なっているだけでは、この法律の規制は一切かからない。一方、このリフォーム業者が勧誘のため戸別訪問をする場合は、その勧誘行為についてこの法律の適用を受ける。つまり同一事業者でも特商法の規律がかかったり、かからなかったりする。そして特に注目すべきは、このような規制手法をとっているため、一定の例外3を除き、すべての事業者に適用の可能性があることだ。
 

特商法は民事法的な規定も有している。主なものとしてクーリングオフや不実の説明があった場合の契約解除権を付与する規定がある4。この点に関し、先に述べたとおり、営業行為の種類によって特商法の規律がかかるかどうかが定まるため、難しい問題が生ずることがある。
有名な例が物干し竿の移動販売のケースである。物干し竿の移動販売では事業者はアナウンスをしているだけで、顧客が事業者を呼び止めて販売を行なう。しかし、アナウンスをしていた値段よりもはるかに高い値段のものを無理やり売りつける手法を用いる一部の不適正販売業者がいる。

この点に関する国民センターの説明は次の通りである。この場合、アナウンスしていた通りの物の販売をするならば訪問販売ではないが、まったく別の商品を販売する(この場合、竹ではなくステンレスだから値段が高いという手法を事業者が使っている)場合は訪問販売に該当し、クーリングオフが可能であるというものだ5。まず訪問販売は営業所等以外で取引を行なうことと定義されている。この点、移動販売は、トラック等に商品が積んであって消費者が自由に商品を選択できるような場合は営業所に類似する場所での販売であり、訪問販売ではないとされている。このように解しないと、焼き芋や豆腐、野菜などの移動販売も特商法の規律を受けてしまう。

一方で上述の物干し竿のケースは異なる。消費者が想定していない商品を無理やり購入させるのは、消費者が自主的に来店することと同等とは言いがたいであろう。ただ頭の体操的に言えば、豆腐の移動販売でおからや湯葉を販売する場合で、新商品だからといって強く推奨販売をした場合はどうなるかという疑問は残る6
 

しかし、重要なことは不適正販売を行なう事業者が特商法を意識していた(している)と考えられることである。そうであれば消費者としても現行法のあらまし程度は知っておく必要があるだろう。
特商法は訪問販売、通信販売、電話勧誘販売、連鎖販売取引(マルチ(まがい)商法)、特定継続的役務提供(エステや語学教室など)、業務提供誘引販売取引(いわゆる内職商法)、訪問購入と幅広く規制の網をかけている。このうち、訪問販売、電話勧誘販売、訪問購入などは高齢者の被害も多い。

取引類型によって規律内容が異なるが、前述の通りクーリングオフや不実の説明に対する解除権などが定められおり、また高齢者被害の多い過量販売取引7に対する解除権も規定されている。この解除権規定は現行法では訪問販売についてのみ存在するが、今回の報告書では電話勧誘販売にも導入するよう提言されている。

消費者庁が「特定商取引法ガイド」というサイトを設けているので、特に高齢の親族がおられるような方は一度覗いてみてはどうだろうか。
 
1 現行特商法では、権利販売については4つに限定している(指定権利制)。これを原則としてすべての権利に拡大する方針が示された。これによりCO2排出権等の訪問販売等が規制対象となる。
2 販売目的を告げずに営業所等に来させた上、再度営業所に再訪させて不意打ち的な勧誘行為を行なうことや、SNS・電子広告にも規制が及ぶようにすることが提言されている。
3 特商法の訪問販売等の規制は、他で事業者に販売規制をかけている業法がある事業(銀行、証券、保険など)には適用がない。
4 保険業法にもクーリングオフの規定があるなど、他に例がない訳ではない。<
5 国民生活センター 「移動販売等での物干し竿購入に関するトラブルに注意!」p4の注記参照 
6 今回の特商法改正に向けた論議における主要な論点のひとつが不招請勧誘の禁止であった。事業者からの訪問や電話勧誘を受けたくない消費者がリストに名前を登録し、事業者が訪問・架電したい先がリストにあるかどうか照会する方式など検討されていた。結局、不招請勧誘規制は健全な業者に対する影響が大きいこと等を踏まえ見送られたわけであるが、本文のように訪問販売の範囲に明確に線を引きがたいことも事業者への萎縮効果が無視できない理由のひとつのように思われる。<
7 通常必要とされる分量を著しく超える量を販売すること。
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保険研究部   常務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

(2016年03月07日「研究員の眼」)

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