2016年02月29日

投資運用対象としての米国不動産-投資対象都市の検討

加藤 えり子

文字サイズ

5――投資家の地域・投資形態選定の事例

これまで投資実績から算出した都市別不動産マーケットを見てきたが、実際の投資では、個別の物件によって、指数ベースのリターンを上回ることも下回ることもあり、優劣を見極めた物件選定が重要となる。機関投資家が投資する場合には、そうした見極めを自らのみで行う直接投資の他に、共同投資、セパレートアカウントによる運用委託、合同運用ファンドなどの形態がある。どの投資形態や投資対象地域を選定するかは、各投資家の運用体制や方針によるが、不動産取引額で上位に位置する政府系ファンド、大型年金基金、大手保険会社などは、直接投資や共同投資により多額の不動産投資を行っている。
その事例として、ノルウェー政府年金基金(以下、運用者の「NBIM(Norges Bank Investment Management)」と表記)、カナダ国民年金基金(同「CPPIB(Canada Pension Plan Investment Board)」)の米国でのオフィス投資物件の一覧を図表11に示した。主にニューヨーク、ワシントン、ボストン、サンフランシスコ、ロサンゼルスの中心地に所在する大型オフィスを対象としていることが分かる。
この他、物流施設については、NBIMは、運用会社1社との米国物流投資プログラムで、ニューヨーク、シリコンバレーなどの後背地で多数投資し(ニュージャージー州14棟、ペンシルベニア州11棟、カリフォルニア州23棟)、ワシントン州、イリノイ州などにも分散投資している。一方、CPPIBもカリフォルニアとニュージャージーで複数の物流施設に投資しているが、全米の物流ポートフォリオにもシェア11%で投資している(図表12)。


 
図表-11 大型投資家の米国オフィス投資/図表-12 大型投資家の米国物流施設投資
商業施設への投資については、eコマース分野の台頭もあり、取り組みが別れるところとなっている。ノルウェー政府年金基金は商業施設投資を米国ではまだ行っていないが、カナダ国民年金基金は早くから米国でモール型商業施設への投資に取り組んでおり、米国主要都市では39の施設に投資している。カリフォルニアでの投資が最も多く、ロサンゼルス、サンディエゴなどの大型モール12物件に投資している(図表13)。
これらはすべて共同投資の形態で、現地のマーケットに精通する不動産運用会社や保険会社などがパートナーとなっている。双方ともにオフィス投資はプライム都市の中心地に重点を置き、物流施設あるいは商業施設では、より広範囲な地域に所在する物件ポートフォリオを構築していることが分かる。
図表-13 大型投資家(カナダ国民年金基金)の商業施設投資
一方、米国の公務員年金や企業年金の多くが投資する、合同運用ファンドやセパレートアカウントによる運用委託プログラムでも、各々が対象地域を定めているが、あらかじめ定められた目標リターンの制約もあり、対象はより広範囲になる。米国不動産を対象としたオープンエンド・ファンドの指数NCREIF-ODCE3の構成銘柄による投資対象地域は、2015年6月時点で東部32%、西部39%、南部20%、中西部10%でとなっている(図表14)。カリフォルニア州教職員年金基金(CalSTRS)は不動産投資方針で、コア不動産投資の地域配分については、NCREIF-ODCEの地域配分をベンチマークとしており、±5%を超えて乖離する場合には、投資委員会へ報告することを義務付けている(バリューアッド、オポチュニスティック投資の場合には地域配分基準は設けていない)。CalSTRSの2014年以降の新規投資を見ると、セパレートアカウント、共同投資、ファンド投資の形態を偏りなく用いて米国不動産に投資している。ただし米国外の投資についてはファンド投資が主流となっている。
 
図表-14 NCREIF- ODCE構成ファンドの米国地域・用途配分
 
3 National Council of Real Estate Investment Fiduciaries - Open End Diversified Core Returns

おわりに

おわりに

国内から米国不動産に投資する場合、自ら現地でビジネスを拡大する不動産会社等は共同投資や単独での直接投資、あるいは現地運用会社を傘下に収めるなどの方法で投資取引に参画してきている。しかし機関投資家が投資する場合には、運用委託の形態をとることが想定される。
既に国内機関投資家向けに、外資系の不動産運用会社や資産運用会社の不動産部門が、海外不動産の合同運用ファンドやファンドオブファンズを提供する例が増えてきている。実際に投資を検討する国内機関投資家には、大手金融法人、その他の金融法人、企業年金基金、公的・公務員年金基金などがあるが、海外も含めた不動産投資の実績や、それに対応する人員体制はそれぞれ異なる。海外不動産投資を始めた投資家はまだ一部で、その多くはファンド運用での実績を積み上げている状況にあるが、より本格的に海外不動産投資に取り組もうとする投資家も少数ではあるが存在する。米国不動産はそれらの投資家全般が、海外不動産投資を考える時、まず検討する対象であり、実際に投資を行うことの多い対象といえる。
不安定な金融市場と、米国経済の足踏み状況、既に懸念される過熱感などから、今後投資実行に至るハードルが高まる可能性はあるものの、資産運用の対象としての米国不動産の存在の大きさは容易には変わらない。米国不動産投資を検討するにあたっては、投資の形態にかかわらず、データの制約はありながらも、多様な地域、用途の投資特性を踏まえての投資先やパートナーの選別が今後進んでいくと思われる。

 
Xでシェアする Facebookでシェアする

加藤 えり子

研究・専門分野

(2016年02月29日「基礎研レポート」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【投資運用対象としての米国不動産-投資対象都市の検討】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

投資運用対象としての米国不動産-投資対象都市の検討のレポート Topへ