2016年02月26日

中国経済見通し~構造改革の本格化で成長率鈍化も、財政の発動で景気失速は回避へ

三尾 幸吉郎

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1.国内総生産(GDP)

(図表1)実質GDP成長率(前年同期比) 2015年の中国マクロ経済を振り返ると、「新常態」への移行を目指す構造改革が本格化した年であった。また、それに伴って資源に対する需要が減退したため、世界経済に波乱をもたらした年でもあった。
2015年の経済成長率の推移を見ると、第1四半期(1-3月期)は実質で前年同期比7.0%増、その後は同7.0%増、同6.9%増、同6.8%増と減速傾向が続いたものの、急激な景気失速とはならず、緩やかな鈍化に留まった(図表-1)。経済成長率が緩やかに鈍化する中で、“第2次産業から第3次産業への構造転換”が進んだ。第2次産業では中核となる工業部門(採掘業、製造業、電力ガス水生産供給業)が第1四半期の前年同期比6.0%増から第3四半期には同5.8%増へと伸びが鈍化、名目成長率は前年比0.4%増と極めて低いレベルに留まった。一方、第3次産業は8%台の実質成長率を維持、名目成長率では前年比11.7%増と二桁成長となった。不動産業は低い伸びが続いたものの、金融業が二桁増と好調だった。また、卸小売業と宿泊飲食業は低位ながら右肩上がりで伸びを高め、2割近いシェアとなってきたその他(情報、教育、文化・体育・娯楽、ヘルスケアなど)も右肩上がりで伸びを高め、第4四半期には前年同期比9.9%増に達した(図表-2)。また、“投資から消費への構造転換”も進んだ。2015年の成長率に対する寄与度を見ると、総資本形成ではプラス寄与が前年より0.9ポイント低下、純輸出もマイナス寄与となった一方、最終消費は4.6ポイントのプラス寄与と前年より0.9ポイント上昇している(図表-3)。
従って、世界経済の視点に立てば、中国の構造改革で資源需要が減退し、世界経済にとってはひとつの波乱要因となったが、中国経済の視点に立てば、成長率は前年より鈍化したものの「7%前後」とした成長率目標をほぼ達成し、雇用不安に陥るのも回避できた。また、「成長の壁」にぶつかっている第2次産業から第3次産業への構造転換、過剰投資・過剰債務に陥っている投資から消費への構造転換もゆっくりとではあるが着実に一歩前進したと評価できる。
 
(図表2)産業別に見た実質成長率/(図表3)需要別の寄与度

2.デフレ懸念の深刻化

2.デフレ懸念の深刻化

一方、2015年のインフレ率を見ると、消費者物価(CPI)は低位で落ち着き、生産者物価は大きく下落した。CPIは前年比1.4%上昇と前年の同2.0%上昇を0.6ポイント下回るとともに、抑制目標(3.0%前後)も大きく下回った。また、生産者価格(工場出荷)は前年比5.2%下落と前年の同1.9%下落を3.3ポイント下回る大幅な下落となった(図表-4)。工業製品の価格が下げ止まらなかった背景には、世界的な原油安に加えて、中国が抱える過剰生産設備の問題があった。
(図表4)インフレ率の推移/(図表5)世界の投資(総固定資本形成)の比率(2013年)
図表-5に示したのはGDPに占める投資(総固定資本形成)の比率を諸外国と比べたものである。これを見ると、中国の比率は主要先進国(G7)の約2倍に達しており、経済発展が遅れたインドやインドネシアと比べても10ポイント超高いなど投資に偏った経済構造になっている。また、歴史を振り返って見ると、文化大革命を終えて改革開放に乗り出した中国は、外国資本の導入を積極化して工業生産を伸ばし、「世界の工場」と呼ばれるようになった。こうして高成長を遂げた中国だが、経済発展とともに賃金が上昇、また中国の通貨(人民元)が上昇したこともあって、賃金上昇と人民元高で製造コストは急上昇した。そして、より安く生産できる製造拠点を求めて後発新興国へと工場が流出し始めたことで、過剰生産設備の問題が深刻化し、構造改革が必要となった1
(図表6)金融市場の動き この過剰生産設備を解消する過程では、投資が抑制されて、経済成長には負のインパクトが生じる。前述のとおり2015年にはこの構造改革が本格化したことで、経済成長率は鈍化、工業製品には大きな下落圧力がかかった。これを受けて、中国人民銀行は金融を緩和方向へ調整した。2014年11月以降6回に渡って預金基準金利(1年)を引き下げ、下げ幅は累計1.5%に達した。また、預金準備率も2015年2月以降4回に渡って引き下げた(図表-6)。そして、企業の調達コストを引き下げ、個人が住宅ローンを借り易くすることで、景気が失速するのを回避した。

3.ポイントとなる投資と消費の行方

(図表7)固定資産投資(農家の投資を除く)の推移 1|投資の行方
構造改革が本格化した2015年、投資は大きく減速した。投資の代表指標である固定資産投資(除く農家の投資)は前年比10.0%増と前年の同15.7%増を5.7ポイント下回った。内訳を見ると、製造業は前年比8.1%増と前年の同13.5%増から5.4ポイント低下、不動産業も同2.5%増と前年の同11.1%増から8.6ポイント低下した。その他も伸びは鈍化したが、インフラ関連や消費サービス関連では二桁の高い伸びを維持した(図表-7)。
2016年以降についても、製造業は輸出の不振などで回復は期待できそうにない。「中国製造2025」2に関連する領域では積極的な投資もでてきてはいるが、過剰生産設備を抱える分野などでは、安価で豊富な労働力を求めて後発新興国へ工場を移転する中国企業が増えているため、一桁台後半(5~7.5%程度)の低い伸びに留まると見ている。
(図表8)固定資産投資(除く農家の投資)の内訳 不動産業に関しては、沿海部の巨大都市では住宅販売が持ち直し住宅価格も上昇しているが、地方都市では依然として低迷から脱却できないでいる。また、販売待ちの住宅在庫が積み上がっており、新規住宅着工が落ち込んでいることから、2016年は一桁台前半(2.5~5%程度)の低い伸びに留まると見ている(図表-8)。但し、新型都市化に伴って巨大都市と中小都市を結ぶ交通物流網が整備されるに連れて、不動産に対する新たな需要(商業不動産、オフィス、物流不動産、レジャー観光、高齢者向け住宅など)が生み出される可能性はある。今後の動きに注目していきたい。
消費サービス関連に関しては、所得水準の向上や店舗販売から電子商取引(EC)へのシフトなど潮流が大きく変化する方向であることから、10%台後半の高い伸びを維持すると見ている。特に、所得向上関連では文化・体育・娯楽や教育、ECでは物流網整備関連(農村のサービス拠点、コールドチェーン構築など)の伸びが高まりそうだ。
インフラ関連に関しては、新たな成長モデルの基盤を整備する必要性から10%台後半の高い伸びを維持すると見ている。また、景気が失速しそうになれば、テコ入れ策として長期計画を前倒し執行する可能性が高い。大気汚染対策、水質汚染対策、土壌汚染対策、ごみ処理能力増強など環境関連の需要や、中国共産党・政府が2014年3月に発表した「新型都市化計画(2014~2020年)3」に伴う交通物流関連の需要は依然として大きい。
 
2 中国政府は2015年5月19日に「中国製造2025」(国発[2015]28号)を発表し、“製造大国”から“製造強国”への転換を図る道筋を示した。なお、戦略的新興産業との対比については「“中国製造2025”と日本企業」(研究員の眼2015年4月13日)を参照。
3 新型都市化が生み出す投資需要は巨大で2020年までの累計で42兆元(約800兆円)に達すると試算されている(中国財政部)。スケジュールとしては2017年までが試行地域における先行実施期間となり、その成果を踏まえて2018-20年には全国展開される予定。
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三尾 幸吉郎

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