2016年02月25日

健康経営とジェロントロジー~従業員の退職後までを視野に入れた健康経営を

生活研究部 上席研究員・ジェロントロジー推進室兼任 前田 展弘

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5――経営にとっての「セカンドキャリア支援」の意義

以上のように、「セカンドキャリア支援に向けた研修の充実」及び「退職従業員に対する取り組みの充実」について述べてきたが、これまでの主張は従業員側の視点に立ちすぎた内容であったかもしれない。では、一方でこうした退職後までを視野に入れた取り組みを行うことが「経営」にとって果たして意味があるのかどうか最後に考えてみたい。
退職後までの支援を行うことが、現役の従業員の満足度であったり、企業イメージの評価に寄与することが明らかであれば、経営にとっての効果はわかりやすい。しかし、残念ながらそうした調査は見当たらず客観的なエビデンスを見つけられることはできなかった。ただ、経営や人事に精通する複数の識者が、経営にとって生涯を通じた「ライフキャリア支援」を行うことの重要性を指摘している。例えば、花田氏5はハーバードメディカルスク-ルの研究報告書の内容を引用しながら、「これから先、いくつになっても自分が前向きに生きられるか」という自信や、前向きに生きることに対する気持ちの強さが、毎日を健康に生きる工夫や努力の習慣化等に影響していると言う。そのことを踏まえて、健康経営については、健康の「管理」ではなく、前向きに生きるための「開発」が重要であると述べている。また人事コンサルタントの平康氏6も、筆者と同様に社内のセカンドキャリア研修のあり方を見直すべきと主張する。これまでの企業の中で行われる研修は“出て行かせる”ための仕組みであり、参加する従業員も後ろ向きで臨む場合が多い。他方、社外で行われる研修は“新しく始める”ための仕組みであり、参加する人のほとんどが前のめりになって講師の話を聞いていると言う。以上の違いを踏まえながら、社内の中高年従業員の士気を高めるためにも、これからの企業におけるセカンドキャリア研修は「新しく始めるため」に力点を置いたものに変えるべきと述べている。
両者の見解は非常に賛同できるところである。共通するのは従業員の人生の「開発」を支援することが従業員にとって前向きに受け止められて、それは従業員の健康やモチベーションに転化されることによって経営にもプラスになる、ということである。セカンドキャリアに向けて積極的に取組むことがかえって世の中から“肩たたき”として批判されることを懸念し二の足を踏まれていた企業もあるかもしれないが、セカンドキャリア・ライフキャリアの「開発」を経営が支援することを否定する従業員はまずいないであろうし、世の中からみても“従業員に優しい企業”として逆に称賛されるに違いない。セカンドキャリア、ライフキャリアの支援を充実させていくことは、経営にもプラスになる、「健康経営」に資する、との認識のもとでさらなる取り組みの充実がはかられていくことを期待したい。またこうした企業の経営努力を世の中全体で後押しするような動き(例えば、健康経営銘柄の評価項目に加えるなど)も併せて期待したいところである。なお、ライフキャリアに関連しては「介護(離職)」の問題もある。仕事が充実し、社内における役割も重要になってきた頃、親の介護に直面することは少なくない。すでに「仕事と介護の両立」の文脈で、様々な議論が世の中で行われているが、健康経営との関係でどのようなことができるかは今後の検討課題としたい。
 
本稿ではジェロントロジーの視点から健康経営について述べてきた。非常に僅かな視点に止まったが、いずれも国民(従業員)の「健康寿命」の延伸に貢献することと考える。人生90-100年にも及ぶ長寿の時代を国民(従業員)が一人ひとりが“より良く”生きていけるように、今後ますます健康経営が多くの企業の中で充実されていくことを期待したい。
 
5 花田光世(慶應義塾大学 名誉教授)。ベネッセ「Work &Care」HP・インタビュー特集掲載記事から引用https://kaigo-sodanshitsu.jp/biz/lp/interview/detail2/index.html
6 平康慶浩(セレクションアンドバリエーション㈱代表取締役社長)。WEB労政時報「Point of view(第44回)」から引用
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生活研究部   上席研究員・ジェロントロジー推進室兼任

前田 展弘 (まえだ のぶひろ)

研究・専門分野
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)、超高齢社会・市場、QOL(Quality of Life)、ライフデザイン

(2016年02月25日「基礎研レポート」)

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